ワールドカップ

いよいよ待ちに待ったワールドカップが始まった。

思えば2013年、「ブラジルという国に引っ越す事になりました。」

と子供たちに告げた時に外国を全く知らない子供たちが

様々な「つて」を基に集めて知り得たブラジルに関する唯一の

情報が「ブラジルは2014年ワールドカップ開催国」だった。

ワールドカップの意味は知らない。ブラジルの場所も知らない。

サッカーのルールもよく知らないけど、なんかかっこいいじゃん。

双子はそう思ったのだろう。

そして友達の「いいなぁワールドカップ見られるじゃん〜」という半ば

いい加減な情報もあいまって

「そっか、みんなうらやましいのかぁ、じゃいいか=)」と

言う感じで双子の坊やはすっかり引っ越しが嬉しくなってしまった

のだった。

また友達からのお別れのお手紙には

「ワールドカップを見に行ったらネイマールのサインをもらってきてね」

という無邪気な期待まで寄せられていた。

「俺、ブラジル行ったらサッカー見に行くんだ!それでサインももらうんだ!」

と張り切る双子を横目に、ブラジルに引っ越したからといってそう簡単に

ゲームのチケットを手に入れられる訳もなく、ましてサインをもらうなど

到底無理だろうなんてことは当時は口が裂けてもいえなかった。

この淡い男の約束はどんな形で果たしてやることができるのだろう?

そんなささやかな悩みを抱きつつ私たちはブラジルの地に降り立った。

あれからもうすぐ一年。

そしてとうとう始まったワールドカップ。

未だサッカーのルールすらはっきり理解していないにも関わらず

このブラジルの沸き立つサッカー熱に飲まれ私たちも

待ちに待ったサッカーを観戦することになった。

もちろん、テレビでだが。

 

試合は夕方5時からキックオフ。

当日の朝には「今日は午後に友達の家でみんなでサッカーみるからね!」と

早々と予告しておいた。

子供たちも「今日なんだ!わかった!」と嬉しそうだ。

うきうきしながらアウブン(サッカー選手の乗ってる本)を手に

今日のゲームブラジルとクロアチアの選手を眺める。

「こいつかっこいいんだよね〜」

「ネイマールいいよね〜」と試合など見た事無いくせに

何となく知ったかぶって会話をするのがかっこいいと思ってる男子陣。

それを横目にまだ仕上がらないアウブンの写真をカウントしている

冷静な女子陣。

その姿には運動会の当日朝にその日の競技スケジュールを

確認しているような高揚と興奮が感じられた。

学校への通学中に通る高速道路にもブラジルの国旗を掲げた車が

その日は特に沢山走っていた。

既に試合への期待と士気が漂ようブラジルの街。

 

子供を学校に送り届けてからは、夕方のスナックを作る為の材料を

買うためスーパーに出かけた。

駐車場の入り口にいるおじさんは「いらっしゃいませ」でも

「Bom dia(おはよう)」でもなく

「今日はワールドカップだよ!お店は早く締めちゃうからね!」と言った。

なんだか買い物をしにきて悪かったなぁという気分になりつつ

店の中に入ると、店内はいつもより人が少なく、品物も少ない。

みんな既に応援の準備態勢に入ってるのか?試合当日にあわてて

スナックの用意をするなんて野暮な事するのは私たち外人だけ

なのかもしれない。

既に閉店前のような静けさと、いつもと違う様子をみせるスーパーの佇まいに

私たちも「こうしちゃおれん!」という気持ちになりさっさと買い物を

すませて家路を急いだ。

そしてまた帰宅の道すがらもブラジルの国旗が街の至る所で

増殖しているのを発見したのだった。

 

昼に子供を迎えにいくと、学校の生徒の数割が黄色いT シャツを

着ているのが目に入った。もちろんブラジルのユニフォームだ。

事務のおばさんも、お迎えにきた親御さんでも何かの目印のように

黄色い。

スクールバスにもよく見るとブラジルの緑の国旗がデコレート

され、お迎えの車にも国旗がデコレートされている車が何台もあった。

子供たちの中には朝から顔にブラジルの国旗をペイントして

その日の授業を受けた子供もいたと聞いた。

ブラジルのシュタイナー学校でもワールドカップのムードは盛り上がり

の絶頂を迎えていた。

 

帰宅すると急いでスナックの準備にとりかかる。

お祭りにはおいしい食べ物がつきものだ。

みんなでテレビの前に集まりサッカー観戦しながら

ビールを飲み、フィンガースナックをつまむ。

これがブラジルの観戦スタイルらしい。

私は手でつまめるものをと考えてのり巻きを作る事にした。

ブラジルサッカーとのり巻き。

中身はツナとマンゴー。

なんだか村上春樹の小説に出てきそうな組み合わせだ。悪くない。

たっぷりののり巻きを作り終り、めまぐるしいサッカー観戦の準備を

終えると、既にゲームの30分前だった。

まだサッカーを見ていないのに、なんだか忙しい一日だったなぁ

と思った。

本場ブラジルでサッカーを見るのも楽じゃない。

テレビで試合を見るなんてもっと気楽に考えていたのだが、

あまりのブラジル人たちの試合にかける情熱に私は緊張していた。

当のブラジル人はシリアスではあるけれど、もちろん

緊張している訳もなく、みな楽しそうに盛り上がっているのだが

それだけにその輪の中でこの波に乗り遅れないようにせねば!との

プレッシャーがあったのかもしれない。

それともブラジル引っ越しの頃からささやかれていた

あのワールドカップがついにこの目の前で開催されるという

現実にやや困惑していたのだろうか。

ともあれ大急ぎで車に乗り込み友人宅へ車を走らせた。

 

家を出ていつもの赤土の牧場の道を走る。

急いでいたってスピードはいつもと同じだ。

いつもならやや傾いた太陽は夕暮れの空へ向けて

疲れた光を投げかけているようなゆっくりとした

やわらかな時間だ。

けれど今日の夕暮れは「今日も一日お疲れさま」という雰囲気を

醸し出すどころか「やっと日が暮れたか!」というブラジル中の

せかすような期待に押されて申し訳なさそうにおずおずと引っ込もうと

している様に感じられた。

空気はぴんと澄んで静けさが辺りを包む。

いつものような夕飯前の騒々しさは微塵も感じられない。

そこここにある家々のドアは閉ざされ、人気がないかのように

ひっそりとしているが、そこには確かに息を潜ませた人のいる気配が

あった。

おそらくどの家ももう目の前に近づいている開戦前の興奮を

テレビの前で握りしめているのだろう。

目の前にはただの一台も車の走っていない赤土道を走りながら

「関ヶ原の合戦のときってこんな雰囲気だったのかなぁ」とふと

頭によぎった。この空気感は歴史的な大戦のそれに匹敵するのでは

ないだろうか?知る由もない疑問を抱きつつ、この不思議な空気を

ひしひしと味わいながら、これほどまでに緊迫した空気をブラジルに

来てから感じた事はなかったと思った。

 

友人宅まで車で10分ほど。

その道を何台かの車とすれ違った。

ローカルのブラジル人のかなり年期の入った角張った

デザインの車には後部座席にもすし詰めに人がのっている。

どう考えてもこの人たちもこれからサッカーを観戦する為に

友人宅へ急いでいるのだろう。

「お互い、急ぎましょうね、もう時間ないですから。」と心で

つぶやきながらそれぞれ目的地へ急ぐ。

そしてまたやはりぎっしり人がのっているローカルブラジル人の

車に出会った。

次にはカップルの乗っている車、国旗のデコレートしてある車。

今ではもうどの車を見ても何の根拠もないのに間違いなく

これから誰かの家に集まって試合を見るのだという気持ちがしていた。

どの車も急いでいるように感じられた。

テレビを持っていない人は友人の家に集い、持ってる人も何処かに

集まり、誰かの家で、はたまた街角のパブで、カフェで大勢でサッカーを

みようとしている姿に、昔に話で聞いた事のある

力道山というプロレスラーの試合を街角の電気屋で黒い人だかりを作って

応援していた時代の日本人の姿を重ねて思い出していた。

あの頃の日本と今のブラジルとどこか通じる物があるかもしれない。

サッカーと歴史が交差する夕暮れ時、開戦前のブラジル。

 

いよいよ到着した家にはブラジルの緑のTシャツに

ブラジルスタイルのスナックを準備する友人の姿があった。

 

それを見てなんだか一気に緊張は溶けてサッカー観戦準備は

整った。

あっという間に試合は始まり、とにかくゴールを決めそうになる

たびに一喜一憂しながら、美味しいスナックをつまみながら

わいわいと時間は過ぎていった。

そんな大人を尻目にあんなにワールドカップと騒いでいた双子達は

まだまだ人のプレーを観戦するよりも自分がボールを追いかけて

いる方が楽しいというかんじだった。

むしろテーブルに並んだ我が家ではみかけることのできない

ジュースのいろいろに舌鼓をうつ方に忙しかったようだ。

 

そして期待通りブラジルは一勝を勝ち取った。

期待通りに物事を進める事へのプレッシャーをはねのけ

当然の勝利を当然とするほどにブラジルは強いのだろう。

サッカーの事はよくわからない私でも試合はとても面白かった。

ブラジルだけでなく対戦した相手の国もすばらしかった。

クロアチアのゴールキーパーが画面に大きく映ったとき

その目はまるで侍のようだった。決死の覚悟で、おそらく本当に

「命を懸けて」試合に挑む人の目をしていた。

やはり関ヶ原の戦いに勝るとも劣らないゲームがここで繰り広げ

られているのではないだろうかと思った。

いつの時代にも本気で戦う人には心を打たれるものなのだ。

 

試合が終わると子供たちはすっかり眠くなっていた。

祭りのあとには,街頭もない真っ暗なこの小さな町の畑の

牧場のあらゆる場所から叫び声や笑い声とともに

勝利を祝う鉄砲のような花火の音が鳴り響いていた。

そして空には図らずもいよいよ満月になろうかという

どっぷりとした大きな月が輝いていた。

こうしてブラジルでワールドカップが始まった。

これから約一ヶ月こうして国中を魅了するサッカーという名の

盛大な祭りが繰り広げられることだろう。

そして本当に今ここでその場に私たちはいる。

 

 

4 コメント

  1. 3.11直後の四月頭、表参道ひとみさんヨガ教室に行ったtomokoより

    ひとみさんステキです。文章引き込まれます、たびたび応援したくて、ブログみてます、ブラジルに読み手もいる気分に浸れます、いいですね、これからも生活、のおはなし、読ませてくださいね。

  2. 日登美

    tomokoさんありがとう。
    その後お元気にしていますか?
    ちょっとでもブラジルの気分を感じていただければ嬉しいです。
    世界がぐっと近く感じるでしょ?=)

  3. Yamada

    確かに!!この大盛り上がりのブラジルにまさにいらっしゃるのですものね!!ベビーもちゃんとお座りして応援してますね!!なんだか読みながら興奮します!!笑
    それにしても双子くんたち、ナイスキャラです☆

  4. 日登美

    Yamadaさん、ありがとう!
    いまだに勝ち進むブラジル。今週も金曜日も試合があるので
    主人の大学は休みだって=)
    そんなサッカー中心の国ブラジル。いいよね=)
    熱はまだまださめやらず。です=)