節分と正月

今年はお正月に風邪をひいていたせいか、それともその頃が

水星逆行だったからなのか、それともただの気のせいか。

何故だか年が明けた気分にならないまま、不思議な時間をさまよいながら

節分になった。

もうそんなこんなだから、我が家はお正月を延期して、お年玉も延期して

恵方巻きもお雑煮も一緒に食べることになったのだった。

ちょうど今はドイツの学校は冬休みで一週間ほど学校がないし、気分的には

お正月っぽい。ゆっくりしきり直しのお正月を迎えられるだろうと思っていたけど

そんな訳は無かった。

お雑煮と黒豆こそ作れたが、具はほうれん草の茹でたのに人参だけ。

人参の飾り切りすら出来なかった。

恵方巻きはなんとかたっぷり作ったけれど飾り切りのないおせちもどきなんて

初めてだ。

小説「モモ」にでてくる「じかんどろぼう」という言葉が頭をよぎりながら

ともかくなんとかお正月を迎えた。

迎えてみると、どんなお正月だってやっぱり迎えたら気持ちがいいものだ。

お正月を過ごす、でなくて迎えるという気持ちが大事なのだろう。

やって来る新しい年を迎え入れる。受け入れる。そこに自分の意志を持って挑む。

そんな意気込みが、そんな決意がお正月の最大の意味かもしれない。

日々の生活の中でやり過ごしていく毎日のなかで、お正月だけが特別なのは

そんな風にして流れていく自分を一度拾い上げてもう一度行くべき道に

向かって方向を定める事ができる唯一のときだからかもしれない。

ともあれ、それがどんな風であれ私も、我が家もやっとこさ2017年という

年を迎え入れたのだった。

今年はどんな年になるのだろう。今更ながら思いを馳せる。

きっと何かが起こって、きっと何も起こらなくて、なんとかかんとかやっていくん

だろう。

子供たちはぐんと大きくなって、わたしはまたひとつしわを増やして、

読みたい本を読み終えるかもしれない、それすら出来ないかもしれない。

それでも子供は大きくなって、昨日はできなかったことが出来る様になってるのを

みせて驚かせてくれるのだろう。私はそれを側で見れるのだろう。

それだけでいいじゃないか。

それだけで満足出来なくなったら一度足を留めてそれがどれだけ

代え難い瞬間なのかを思い起こせるようでいたい。

 

お正月という時に自分の人生を立ち止まる。

自分の手の中にある幸せを数えてみる。

立ち止まる時にはいつだって見えなかった物が見えて、聞こえなかった音が

聞こえて来る。

さて、そろそろ歩きだそう。2017年を歩いてみよう。

今年は一体どんな景色がみえるのだろう。

 

 

 

 

 

3 コメント

  1. kiko

    美味しそうな綺麗な恵方巻きですね!
    最近日登美さんの著書をたくさん見返しています。
    いま見ているのは10年くらい前に買ったHOMELIfeです。
    ドイツの日登美さんの生活はとても興味深いです。
    ありのままのいま、何を考え生活しているんだろう〜
    久々のブログが本当嬉しかったです!

  2. あいこ。

    異国で子どもたちとどんな風に暮らしながら何を思いながら子どもたちと過ごしているのかとても興味深いです。マクロビオティックを素敵だと知り得たのは日登美さんのおかげなんです。
    私も更新嬉しいです。

  3. hitomi

    kikoさん、あいこさんありがとう!
    すっかりご無沙汰していたブログですが、またちょこちょこアップ出来る様にがんばりますので覗きにきてくださいね!