クリスマスがやってきた

実はもうすぐ引っ越しで

家の中はどたばたしてて

乱れに乱れまくっているのだけど

そんな時に限って料理したくなったりする人がいたりする。

普段は全然料理に興味がなさそうな長女が

クリスマスクッキーを作ってご近所のなかよしさんに

配りたいっていいだした。

いや〜ん。なぜ今?忙しいのにさ!

と思いつつも

でも料理したいって言うなんて、なかなかいいじゃん?!

って思い直し、大量のバタークッキー制作にかかりました。

ざっくりレシピを教えたら、後は奮闘していただきましょう。

そんなこんなで家中クッキーの香りに包まれて

パッキングが進みます。

今年のクリスマスは引っ越しと前後するので

実は我が家にはアドベントのかけらもやってきていません。

私達大人は早々と計画的に子供たちのプレゼントを購入し

クリスマスの面影が見えるのは

せっせと手作りで家族それぞれにクリスマスプレゼントを作ってる

子供たちの姿だけ。

今まで私達がやってきた事を今年は子供たちがやってくれてる。

色気も静けさも無いクリスマスではあるけれど

なんだかこれも悪くない。

そしてこの忙しい中でもクッキーの香りに包まれて

かごにたっぷり用意されたプレゼントをみると

我が家にもクリスマスがやってきたんだぁって雰囲気が。

やっぱりクリスマスって楽しいね。

 

荒らし放題荒らした台所をほっておいて近所の友達に

クッキーを配り終えた長女はおもむろに私のもとに

やってきて

「Feliz Natal!」(メリークリスマス!)と言って

クッキーと折り紙で折ったサンタクロースをくれた。

思春期まっただ中にあってもこういうニクイことをして

くれるから母はほろっとしてしまうんだよね。

子供って奴はさぁ!あったかいなぁ!

一足先に私の元にやってきたクリスマス。

みなさんも素敵なクリスマスをお過ごしください!

Feliz Natal!!(って日本はもうクリスマスだね=)

 

 

 

 

嵐の夜に

夏なのに今年は嵐がやってこない。

夕立もあまりないものだから

熱帯特有の夕方から突然やって来る冷たく強い風とともに

やってくるあの激しい雷雨が懐かしくなってきたところだった。

 

でも昨晩遅くに嵐がやってきた。

地面をたたく雨音はラテンミュージックのように

心地よい。

もう真夜中になっても雨はじゃんじゃんふりしきる。

もちろん雷もやってきた。

しばらく懐かしいブラジルの嵐のエネルギーと激しいリズムに

耳を澄ませていたが眠くなったのでベッドに入った。

雨は一向に手を緩めず激しく地面をたたいてる。

とうとう眠りに落ちたけどあまりの激しい雨と雷に

半分意識は嵐を体験し続けていた。

次第に嵐の心地よさに不安の色も交ざってきた。

眠りと覚醒の間で近づいて来る嵐の中心を感じつつ

雷はすぐそこで脅威を見せつけていた。

雷が落ちる度に地面が響き、窓がびりびりとゆれた。

そんな中でロックバンドの会場のようになってる我が家の外で

おこってる出来事に関係なく壁一枚隔ててこんなにも

穏やかな眠りを守ってくれている事に

しみじみと感謝していた。もちろん半分夢の中で。

 

そう。

私は嵐を体験してる時のこのコントラストが好きだ。

もし今外に放り出されたら,私は一体どうなってしまうのだろう?と

思うほど激しい自然の驚異のただ中にあって、

たった一枚の壁、屋根、窓ガラスのある家というものの

中に佇んでいられるだけで、こんなにも安心していられるのだ。

いや、この家だってたいした物じゃない。

壁はレンガを積み上げただけの物だし、窓だってアルミサッシのように

密閉されていないガラスがはまった木枠で網戸もないし

雨戸だって隙間だらけなんだ。

屋根だって、雨漏りするような簡単な作りで、到底この家に

シェルターのような完全な要塞は期待出来ない。

でも

こんな家でも、実際嵐の時に私達を守ってくれる。

屋根が家があるおかげで

雨にぬれず風に吹かれず、雷からも守ってくれる。

この安心感というのは一体どこからくるのだろうか?

壁や屋根や家であるだけでなくもっと他のなにかが

安心感をもっと確かな物にしているように思えてならなかった。

そしてはたとひらめいた。

嵐の中で家の中にいる安心感は、人生を歩き始めた自分が

家族を思う気持ちに似ているのではないだろうか。

人生を歩み始めたとき、大海原に放り出されたように感じる事も

また嵐にもみくちゃにされることもある。

だけど心の何処かに家族が,もしくは家族と思えるような

心の家をもてたなら

そんな嵐も大海原も何故か安心してわたっていけるような

気がしないだろうか?

いよいよやってきたブラジルの嵐の季節。

真夜中の激しい雷の地響きのなかで

夢と現実の狭間でふとそんな風に家族のことを

想った。

 

 

 

 

 

 

やっと…

先週をもってブラジルの学校は夏休みに入った。

正確に言えば、今年度が修了したのだ!

また一年が過ぎた。(この言葉は私にハリーポッターのダンブルドア校長

を彷彿させる)

子供たちも一回り大きくなった。

そんな訳で先週は学期最後の大きなフェスタ「フェスタ ド ナタウ」

(クリスマス祭り)が行われ

子供たちのそれぞれのクラスでノートや作品が展示された。

長女のクラスは今学期手彫りの皿を作り、ここだけの話、

この器は主人へのクリスマスプレゼントになることになっている。

絵を描くこととノートを綺麗に仕上げる事に

命を懸けている次女は(もうちょっと他のことに

命をわけてあげてもいいと思うのだけど。。)

作品が沢山展示されていた。

好きこそ物の上手なれ、というところか。

 

ブラジルの先生の黒板画もにぎやかで素敵だ。

まさにブラジルのクリスマス!

 

そしてやっぱりクリスマスには靴下ね。

こちらもカラフルな靴下の数々はまるでオーナメントに

なってしまいそうなかわいらしさ。

色彩感覚がどれも南米らしくて美しい。

次女はターコイズブルーとショッキングピンクの靴下を

作った。これはクリスマスプレゼントにしないのかなぁ。。

そして双子君達も可愛いお人形を仕上げていた。

「なんだ!やればできるじゃないか!」

低学年らしい素朴な指人形がこれまた愛らしい。

こうして今年も子供たちの力作を眺めつつ、

一年の成長の足跡を確かめつつ幕を閉じた。

あぁ母は感無量なり。

 

そして週末には毎年教師によって行われるクリスマスの

生誕劇を鑑賞。

夕暮れ時に屋外ホールで(っていうかほったて小屋的な?)

行われるこの生誕劇。

ドイツで生まれ、世界中どこの国のシュタイナー学校でも

全く同じ劇が教師によって行われているというこの劇。

あの懐かしい歌の響きと、日本語で覚えている台詞が

ポルトガル語で演じられ、「マリア役はどの先生だ?

ヨセフ役は今年はあの先生か!」という子供たちの期待と

興奮に包まれ繰り広げられるこの劇もブラジルで観るのは

二回目になる。

去年は日本の静けさとともに贈られる劇と違って

大盛り上がりをみせるクリスマス劇に驚き、

真っ暗闇での日本のクリスマスと真夏の宵の明るさを

残すブラジルのクリスマスの雰囲気の違いをあの生誕劇の

中で感じ私達は異文化の中にいるんだと思ったものだった。

今年は同じ生誕劇をみながら日本でみていた生誕劇を

懐かしく反芻しながら世界中の生誕劇を思った。

毎年毎年、世界中で教師達が心をこめて行われるこの生誕劇を。

こうして世界中で色んな言葉でいろんな人が、けれど

思いを同じくして演じてくださるこの生誕劇を。

この世界もまだまだ悪くない。

いろんなことが起こってる時代だけど、まだまだ未来は明るい。

そう思った。

そんな心の灯火を感じるひとときだった。

 

こうしてようやく長い一年が幕を閉じた。

私達家族にとって今学期はおそらくとてつもなく

大変な山場になるだろうと踏んでいた。

博士号をとる主人のスケジュールは目一杯だったし

子供たちのスケジュールも目一杯だった。

赤ちゃんにも手がかかり暮らしはとてつもなく忙しかった。

毎日眠かったし毎日疲れてた。

なんだかんだで週末も学校があったりで休みが殆ど

無かったと思う。

だけど最後の山場を越えどうやら頂上が見えてきた様だ。

残す所今年も後少し。

あとはドイツ語の補習を食らった3名の子供たちが

数回学校に呼び出されるだけだ。それくらいお茶の子さいさいだ。

 

そんな訳で今日はたっぷり寝坊した。

寝たいだけ寝た。

そんな私の気持ちを分かってくれてか、赤ちゃんも一緒に

寝坊してくれた。

そして一日中食べれるほどのスープをた〜っぷり作って

どかっとテーブルにおき、セルフサービス準備完了。

「後の事は任せた!」といって洗濯物も子供に託す。

昼には赤ちゃんと3時間も昼寝をした。

お母さんだって時々そういう日が必要だ。

そんでもって十分休んだら何週間も前から取りかかろうと思っては

「あ、でもやっぱ今週は無理。。」と伸ばし伸ばしにいていた

中濃ソース作りを始めた。

スパイスの香りが立つ鍋を目の前に

俄然エンジンがかかって来る。

さぁ、明日はラー油を作ろう。

 

こうして我が家の山場はやっと終わり

私の怠け病もやっと抜けそうだ。

けれど実はまだクリスマスの飾りもしていない。

それに夏休みがやってくるんだ。

やっぱりまだまだ山場は続くのかもしれない。。

 

夢の弁当

ブラジルに来てからというもの我が家の食事は随分変化した。

菜食で育ててきた子供たちには欲しがるだけ肉も卵もあげる。

マクロや菜食の枠を取っ払って、ただ子供が食べたい物を

出来るだけ作ってあげるようにしてきた。

それに伴ってお弁当も変わった。

今日はパスタがいいとか、サンドイッチがいいとか

どんどんリクエストしてくる。

もちろん玄米はやだからね〜と言われる=)

それでもいい。自分の欲しい物を欲しいと言ってくれれば

それはそれでいい。そう出来るか出来ないかは別にして。

でも言われて作るのと,言わずに分かってあげるのとでは随分

違うようだ。

「これ欲しい」と言われなくても、阿吽の呼吸で入れたてのお茶を

出せる熟年夫婦のように、子供たちの「欲しい」を

汲み取ってあげられたらいいなぁと思う。

 

ある時、子供たちに初めて鳥の唐揚げを作った。すると大好評で

大騒ぎになった。

なので長女のお弁当の日に朝から鳥の唐揚げに卵焼きに、と

いわゆる代表的なお弁当メニューを作ってみた。

朝起きてきて今日の弁当をチェックする長女。

すると

「あ。夢の弁当。。。」としばし呆然としながら小声でつぶやいた。

「?何が?」と私が聞き返すと

「これ、本物の唐揚げでしょ?卵焼きでしょ?それにサラダも

ついてるのでしょ?」

「うん。作ってみた。好きかと思って」と私。

「ほら〜やっぱり。すごい。これずっと夢にみてた弁当だよ〜

こういう弁当つくってもらえたら夢みたいだなって思ってたんだよ」と

長女。

「へぇ。。」と私。

ブラジルに来る前は給食もあって弁当を作る事も少なかった。

その前は菜食でお弁当を作ってきた。

今でも「あの頃の弁当にこんなおかずよく入ってたよね〜」と

木のワッパに持たせていた弁当の話題になる事がある。

それはそれで楽しい思い出らしい。

だけど、長女はその日作った弁当をずっと夢見てたのだった。

「きっとうちは菜食だからこんなのは作らないんだよね。」と

思っていたのだろうか。

どれくらいそのお弁当を食べたかったのだろうか。

どれくらいの間そういう風に思ってたんだろうか。

 

私も私で一生懸命出来る限り子供に寄り添って弁当を作ってきた。

私の判断で食べさせたり,食べさせなかったりしてきた。

それが子供たちを守り育てもしたと思う。

だけど。

「夢の弁当」の一言は私にずしっと響いた。

毎日夢見てばかりじゃいられないのもわかる。

欲しい物ばかり与えて言い訳もないだろう。

だけど、子供それぞれにそれぞれの必要があり、欲求があり

生きる道がある。

それに私は果たして本当に寄り添ってきたのだろうか。

 

たった一つのお弁当。ただの弁当。

毎日の御飯。ただそれだけだけど

それを皆で美味しく紡いでいくというのは本当に

難しいなぁと思った。

いや、本当は難しくかんがえることなんかないのかもしれないのだけど。

 

これからもいろんな変化をしながら、子供たちに,家族に

はっとさせられながら

台所の日々を紡いでいけたらいいなぁ。

 

 

赤ちゃんのいる暮らし

ドイツから主人のご家族が遊びにきてくださって

なんやかんやしていると、ちびすけが風邪ひいて

ちょっとお楽しみの仕事をしていたらもう11月が終わろうとしてる。

っていうかもう2014年も終わろうとしてる。

やっぱり今年も早い!というわけでご無沙汰しておりました。

 

ともあれひさしぶりに風邪ひいたうちの5番目が元気になった。

赤ちゃんが風邪ひいたら一緒になってゴロゴロするのが一番いい。

一緒に側で寝て、ちょっと食べて、部屋はカオスになろうとも

くぐもるような空気感の中でメローにスローにのんびりと

しているのが一番いい。

もういやだな、飽きたなぁ。と思った頃には赤ちゃんもそろそろ

元気になって。そこまでにゆうに1週間はかかるんだけど。

ホメオパシーとかお手当とか色々やりながら過ごす。

そんで時々そのまま次の人に風邪がうつってたりして子供が沢山

いると次々巡って気がつくとあっという間に1ヶ月過ぎてるなんてことも

多々ある。

上の四人が幼児期の頃はそんなこんなで冬が春になったりしてたなぁって

季節が過ぎるのも早かったなぁって懐かしく思い出したりして。

あのころは大変だったけどこうして風邪を一緒になってのんびりと

経過していけたのは今ではありがたいことだと思う。

 

そんでもって元気になった赤ちゃんは早速遊びだし私の周りを

うろうろしている。

ふと見ると台所の床がお砂場に?

「あ〜!!」

お手当用に日本から持ってきた貴重な節レンコンの粉を撒いてお砂場を

作っておりました。

いやん。

レンコン粉は没収で〜す。

と、次なるターゲットはポロネギでした。

気がつくと、ネギを持って箒にしてそこら中を掃いていました。

ネギだから箒の先はないけど箒の柄みたいではあるよね。。と

なぜか納得しそのままにしておくと。。。やけに静か。

これは嫌な予感。

いや〜ん。ねぎ剥いてる〜

確かにね、面白いよね。ねぎってさ、むいてもむいても中身がないもんね。

ってこれまた妙に納得。でもネギも没収で〜す。

そんなこんなで台所をあらして、いや遊んでいます。

ジャガイモはボールになり、時々バナナをちぎって勝手に食べる。

転がるココナッツを玉転がし。ボールやおなべでパーカッション。

いやぁおもちゃなんていらないのねぇとやや感心。

そしてちょっと小腹がすくと。。

これくださいというかんじで引き出しから持ってくるのは

とろろ昆布。

そんじゃ、どうぞ。ってカップにいれてあげるとネバネバしながら

食べております。

その他、海苔,梅干しをみるとおやつだと思うあかちゃんに

ドイツ人の主人は「やっぱり日本人の血が入ってるなぁ〜」と

妙に納得。

そして何故か外に出ると犬の餌を食べたがる。。

「こら、いけません!」

でも笑ってるから、ま、いいか。。

ともあれこうして5番目の赤ちゃんもいくつもの風邪を乗り越え、

数えきれないほどのいたずらをしながら大きくなるのでしょう。