引っ越し

クリスマスも過ぎ、2014年も終わろうとしてる今日。

まさかこんなに早くこの日が来るとは思わなかったけど

ブラジルに来てからずっと住んでた家から引っ越した。

見た事もないブラジルという国で初めて暮らし始めた家。

家族みんなに囲まれて五番目の子を出産した家。

私達の新しい人生が始まったのもあの家からだった。

ブラジルに来てからここまでの道のりが一気によみがえる。

 

思えばこの家との出会いは奇蹟以外の何物でもなかった。

もしくはこれは運命の出会いだったのかもしれない。

この家が素晴らしかったとかそういう事でなくて

ここにこうして暮らせたのはこの家を含めて数ある

妙なる縁と導き以外言いようがないからだ。

引っ越しの作業を進める中でわたしは何度もそのことが

頭によぎった。

「あぁ不思議だなぁ、あぁ奇蹟だったなぁ」

そしてまたこの引っ越しも妙なるご縁と運命としか

思えない絶妙さの中で起こったのだった。

人生ってのは不思議だ。

 

さて、いざ引っ越しとなるとブラジルは日本とは違う。

引っ越しは業者に頼もうと思ったのだけど近所の人に聞いたら

安い所で頼んで物が無くなってしかも物を壊された、といわれて

怖じ気づき自力でやる事にした。

今更自分たちで未知のブラジルの引っ越しやを頼むより頑張って自分たちで

やった方が色んな意味安全でリーズナブルだと言う気もした。

それにどうせ引越し先は住んでいた所から車で10分ほどの

場所だった。

不思議なことには、たったスーツケース12個で日本からやってきたのに

気がつけばどこからどうやってきたのか物は増え、

何度もスーパーマーケットで頑丈なバナナの箱をもらいに

行かなくてはならなかった。

これまた人生の不思議。

 

日に日に暮らしの香りがそがれていく家の中で暮らした12月。

そうはいっても普通の引っ越しよりは物はうんとすくなく

子供たちは早々と部屋を空っぽにしてしまい

ベッドもあっという間に片付けられてしまったので

ぽつんと部屋の真ん中に置かれたマットレスでキャンプのように

眠る日々が続いたが,普段別々に寝ていたのに一緒に寝るのが

楽しかったのか、それとも新しい家へ旅立つ予感が興奮させるのか

既に夏休みに入っていた我が家の子供部屋からは

毎晩遅くまできゃっきゃと楽しげな声がひびいていた。

 

しかし引っ越しの荷造りは思いがけず時間がかかった。

というのも掘り起こせばブラジルに来たばかりのころの

日記やら学習ノートやら、はたまた日本から持ってきた思い出の品が

ごろごろと出てくるのだから

気がつけばパッキング前よりも酷い状態の部屋で

思い出に浸り時空を超えている人が何人もいた。

そんな訳で、気持ちは分からなくもないが

「もしも〜し、そこ!思い出に浸らない!」と何度

叫んだかしれない。

ともあれ全ての荷物はいつの間にか片付いてしまって

それはそれでなんだか嬉しいような悲しいような複雑な気分だった。

思い出を箱に詰めて持っていく時に

少しこぼれ落ちてしまう何かがあるような気がするからかもしれない。

引っ越しセンチメンタルとでも言うべきか。

 

いざ始まった引っ越しはまるで戦の様だった。

大きめの自家用車で赤土のでこぼこ道をこれでもか

というほど荷物を詰めて運ぶ。

運んでも運んでも終わらない。

途中大雨の日もあった。クリスマスイブだって関係なしだ。

冷蔵庫に洗濯機を搬出し終わると家はすっかり生気を失い

長い時間見ない事にしておいた壁の裏側には何かの

因縁の歴史のようにびっしり汚れがこびりついていて

それは明らかに私達だけのものでなく

この家を貸してくれたオーナーからの年代物であるにも

関わらず、なんだかこれを綺麗にしてしまうのが

私達の使命であるように感じられた。

殆ど不可能に思われるほどこびりついた汚れが

少しずつ頑固さを和らげていくのを見るのは気持ちよかった。

これが私にとっての今年の、そしてきっとある意味では

人生の大掃除だったのかもしれない。

そうこうするうちに家は本当にすっからかんになった。

クリスマスがやってきた後だった。

 

クリスマスの余韻に浸る間もなく子供たちを動員して

最後の大掃除にはいる。

あちこちにある蜘蛛の巣をとり、窓の桟のほこりも床の

ぞうきんがけもぬかりなく。

はじめは「もうこれくらいでいいじゃ〜ん」って

言ってた子供たちも最後は真剣になって

「自分が住みたいと思う家にしてください!」との

私の指令通り、はたまた恩返しと思ってか

ぴかぴかにしてくれた。

有終の美をかざるという良い言葉が日本にはあるけれど

やっぱり気持ちのいいものだ。

大雨の過ぎた後のブラジルはうだるほど暑く

この日もプール日和。

そうこのコンドミニウにあった共有プールとも今日で

お別れ,ということで最後は

夏休みでみんな旅行に出かけてがらんとしている

コンドミニウで貸し切り状態のプールに

「おつかれさまでした〜!」と言って飛び込んだ。

ちなみに私はと主人は水着を持ってなかったけど

パンツとブラで飛び込んだ。もうやけくその楽しさだった。

また夏がやってきたのを今年になって初めて感じた。

 

がらんと片付き静まり返った家とは対照的に

新しい家はカオスの状態が続いている。

けれど年末差し迫る今でもようやく台所でなんとか

食事を作れるようになったのはありがたい。

そして何故か子供部屋は早々に片付き子供たちは

既に新しい家の庭で探検を始めている。

 

新しい家、違う国、いつもと違う場所であっても

はたまた長い旅行から帰ってきた後の気持ちもとても

似ていると思うのだけど

私は台所が動き出すと我が家になった、帰ってきた、と

感じる。

前夜の疲労を引きずっている朝にめちゃくちゃに

散らかってる家の中を横目に台所でお番茶を

わかす。

家一杯に番茶の香りが充満するとここはブラジルなのか

日本なのかなんてもうどうでも良いような気がする。

「ここは我が家だ。」

 

こうしてまた我が家が動き始めた。

前の家からちょっとしか離れていない引っ越しなはずだけど

なんだかすごい大きな変化だったきがする。

というよりも、ひょっとすると

なんだか大きな変化の前なのだろうか。

いや、今はそんな事は宇宙しかしらないけれど

こうして人生はまた何処かに流れて変化して

進んでいくのだろう。

 

引っ越しを持って終了した2014年と言う

もう一つの激動。

全てのことにありがとうさようなら。

そして来る2015年に

新たな出会いに

こんにちは、よろしく!(お手柔らかに=)

 

皆さんもどうぞ良いお年をお迎えください!

 

 

 

 

 

 

クリスマスがやってきた

実はもうすぐ引っ越しで

家の中はどたばたしてて

乱れに乱れまくっているのだけど

そんな時に限って料理したくなったりする人がいたりする。

普段は全然料理に興味がなさそうな長女が

クリスマスクッキーを作ってご近所のなかよしさんに

配りたいっていいだした。

いや〜ん。なぜ今?忙しいのにさ!

と思いつつも

でも料理したいって言うなんて、なかなかいいじゃん?!

って思い直し、大量のバタークッキー制作にかかりました。

ざっくりレシピを教えたら、後は奮闘していただきましょう。

そんなこんなで家中クッキーの香りに包まれて

パッキングが進みます。

今年のクリスマスは引っ越しと前後するので

実は我が家にはアドベントのかけらもやってきていません。

私達大人は早々と計画的に子供たちのプレゼントを購入し

クリスマスの面影が見えるのは

せっせと手作りで家族それぞれにクリスマスプレゼントを作ってる

子供たちの姿だけ。

今まで私達がやってきた事を今年は子供たちがやってくれてる。

色気も静けさも無いクリスマスではあるけれど

なんだかこれも悪くない。

そしてこの忙しい中でもクッキーの香りに包まれて

かごにたっぷり用意されたプレゼントをみると

我が家にもクリスマスがやってきたんだぁって雰囲気が。

やっぱりクリスマスって楽しいね。

 

荒らし放題荒らした台所をほっておいて近所の友達に

クッキーを配り終えた長女はおもむろに私のもとに

やってきて

「Feliz Natal!」(メリークリスマス!)と言って

クッキーと折り紙で折ったサンタクロースをくれた。

思春期まっただ中にあってもこういうニクイことをして

くれるから母はほろっとしてしまうんだよね。

子供って奴はさぁ!あったかいなぁ!

一足先に私の元にやってきたクリスマス。

みなさんも素敵なクリスマスをお過ごしください!

Feliz Natal!!(って日本はもうクリスマスだね=)

 

 

 

 

嵐の夜に

夏なのに今年は嵐がやってこない。

夕立もあまりないものだから

熱帯特有の夕方から突然やって来る冷たく強い風とともに

やってくるあの激しい雷雨が懐かしくなってきたところだった。

 

でも昨晩遅くに嵐がやってきた。

地面をたたく雨音はラテンミュージックのように

心地よい。

もう真夜中になっても雨はじゃんじゃんふりしきる。

もちろん雷もやってきた。

しばらく懐かしいブラジルの嵐のエネルギーと激しいリズムに

耳を澄ませていたが眠くなったのでベッドに入った。

雨は一向に手を緩めず激しく地面をたたいてる。

とうとう眠りに落ちたけどあまりの激しい雨と雷に

半分意識は嵐を体験し続けていた。

次第に嵐の心地よさに不安の色も交ざってきた。

眠りと覚醒の間で近づいて来る嵐の中心を感じつつ

雷はすぐそこで脅威を見せつけていた。

雷が落ちる度に地面が響き、窓がびりびりとゆれた。

そんな中でロックバンドの会場のようになってる我が家の外で

おこってる出来事に関係なく壁一枚隔ててこんなにも

穏やかな眠りを守ってくれている事に

しみじみと感謝していた。もちろん半分夢の中で。

 

そう。

私は嵐を体験してる時のこのコントラストが好きだ。

もし今外に放り出されたら,私は一体どうなってしまうのだろう?と

思うほど激しい自然の驚異のただ中にあって、

たった一枚の壁、屋根、窓ガラスのある家というものの

中に佇んでいられるだけで、こんなにも安心していられるのだ。

いや、この家だってたいした物じゃない。

壁はレンガを積み上げただけの物だし、窓だってアルミサッシのように

密閉されていないガラスがはまった木枠で網戸もないし

雨戸だって隙間だらけなんだ。

屋根だって、雨漏りするような簡単な作りで、到底この家に

シェルターのような完全な要塞は期待出来ない。

でも

こんな家でも、実際嵐の時に私達を守ってくれる。

屋根が家があるおかげで

雨にぬれず風に吹かれず、雷からも守ってくれる。

この安心感というのは一体どこからくるのだろうか?

壁や屋根や家であるだけでなくもっと他のなにかが

安心感をもっと確かな物にしているように思えてならなかった。

そしてはたとひらめいた。

嵐の中で家の中にいる安心感は、人生を歩き始めた自分が

家族を思う気持ちに似ているのではないだろうか。

人生を歩み始めたとき、大海原に放り出されたように感じる事も

また嵐にもみくちゃにされることもある。

だけど心の何処かに家族が,もしくは家族と思えるような

心の家をもてたなら

そんな嵐も大海原も何故か安心してわたっていけるような

気がしないだろうか?

いよいよやってきたブラジルの嵐の季節。

真夜中の激しい雷の地響きのなかで

夢と現実の狭間でふとそんな風に家族のことを

想った。

 

 

 

 

 

 

やっと…

先週をもってブラジルの学校は夏休みに入った。

正確に言えば、今年度が修了したのだ!

また一年が過ぎた。(この言葉は私にハリーポッターのダンブルドア校長

を彷彿させる)

子供たちも一回り大きくなった。

そんな訳で先週は学期最後の大きなフェスタ「フェスタ ド ナタウ」

(クリスマス祭り)が行われ

子供たちのそれぞれのクラスでノートや作品が展示された。

長女のクラスは今学期手彫りの皿を作り、ここだけの話、

この器は主人へのクリスマスプレゼントになることになっている。

絵を描くこととノートを綺麗に仕上げる事に

命を懸けている次女は(もうちょっと他のことに

命をわけてあげてもいいと思うのだけど。。)

作品が沢山展示されていた。

好きこそ物の上手なれ、というところか。

 

ブラジルの先生の黒板画もにぎやかで素敵だ。

まさにブラジルのクリスマス!

 

そしてやっぱりクリスマスには靴下ね。

こちらもカラフルな靴下の数々はまるでオーナメントに

なってしまいそうなかわいらしさ。

色彩感覚がどれも南米らしくて美しい。

次女はターコイズブルーとショッキングピンクの靴下を

作った。これはクリスマスプレゼントにしないのかなぁ。。

そして双子君達も可愛いお人形を仕上げていた。

「なんだ!やればできるじゃないか!」

低学年らしい素朴な指人形がこれまた愛らしい。

こうして今年も子供たちの力作を眺めつつ、

一年の成長の足跡を確かめつつ幕を閉じた。

あぁ母は感無量なり。

 

そして週末には毎年教師によって行われるクリスマスの

生誕劇を鑑賞。

夕暮れ時に屋外ホールで(っていうかほったて小屋的な?)

行われるこの生誕劇。

ドイツで生まれ、世界中どこの国のシュタイナー学校でも

全く同じ劇が教師によって行われているというこの劇。

あの懐かしい歌の響きと、日本語で覚えている台詞が

ポルトガル語で演じられ、「マリア役はどの先生だ?

ヨセフ役は今年はあの先生か!」という子供たちの期待と

興奮に包まれ繰り広げられるこの劇もブラジルで観るのは

二回目になる。

去年は日本の静けさとともに贈られる劇と違って

大盛り上がりをみせるクリスマス劇に驚き、

真っ暗闇での日本のクリスマスと真夏の宵の明るさを

残すブラジルのクリスマスの雰囲気の違いをあの生誕劇の

中で感じ私達は異文化の中にいるんだと思ったものだった。

今年は同じ生誕劇をみながら日本でみていた生誕劇を

懐かしく反芻しながら世界中の生誕劇を思った。

毎年毎年、世界中で教師達が心をこめて行われるこの生誕劇を。

こうして世界中で色んな言葉でいろんな人が、けれど

思いを同じくして演じてくださるこの生誕劇を。

この世界もまだまだ悪くない。

いろんなことが起こってる時代だけど、まだまだ未来は明るい。

そう思った。

そんな心の灯火を感じるひとときだった。

 

こうしてようやく長い一年が幕を閉じた。

私達家族にとって今学期はおそらくとてつもなく

大変な山場になるだろうと踏んでいた。

博士号をとる主人のスケジュールは目一杯だったし

子供たちのスケジュールも目一杯だった。

赤ちゃんにも手がかかり暮らしはとてつもなく忙しかった。

毎日眠かったし毎日疲れてた。

なんだかんだで週末も学校があったりで休みが殆ど

無かったと思う。

だけど最後の山場を越えどうやら頂上が見えてきた様だ。

残す所今年も後少し。

あとはドイツ語の補習を食らった3名の子供たちが

数回学校に呼び出されるだけだ。それくらいお茶の子さいさいだ。

 

そんな訳で今日はたっぷり寝坊した。

寝たいだけ寝た。

そんな私の気持ちを分かってくれてか、赤ちゃんも一緒に

寝坊してくれた。

そして一日中食べれるほどのスープをた〜っぷり作って

どかっとテーブルにおき、セルフサービス準備完了。

「後の事は任せた!」といって洗濯物も子供に託す。

昼には赤ちゃんと3時間も昼寝をした。

お母さんだって時々そういう日が必要だ。

そんでもって十分休んだら何週間も前から取りかかろうと思っては

「あ、でもやっぱ今週は無理。。」と伸ばし伸ばしにいていた

中濃ソース作りを始めた。

スパイスの香りが立つ鍋を目の前に

俄然エンジンがかかって来る。

さぁ、明日はラー油を作ろう。

 

こうして我が家の山場はやっと終わり

私の怠け病もやっと抜けそうだ。

けれど実はまだクリスマスの飾りもしていない。

それに夏休みがやってくるんだ。

やっぱりまだまだ山場は続くのかもしれない。。

 

夢の弁当

ブラジルに来てからというもの我が家の食事は随分変化した。

菜食で育ててきた子供たちには欲しがるだけ肉も卵もあげる。

マクロや菜食の枠を取っ払って、ただ子供が食べたい物を

出来るだけ作ってあげるようにしてきた。

それに伴ってお弁当も変わった。

今日はパスタがいいとか、サンドイッチがいいとか

どんどんリクエストしてくる。

もちろん玄米はやだからね〜と言われる=)

それでもいい。自分の欲しい物を欲しいと言ってくれれば

それはそれでいい。そう出来るか出来ないかは別にして。

でも言われて作るのと,言わずに分かってあげるのとでは随分

違うようだ。

「これ欲しい」と言われなくても、阿吽の呼吸で入れたてのお茶を

出せる熟年夫婦のように、子供たちの「欲しい」を

汲み取ってあげられたらいいなぁと思う。

 

ある時、子供たちに初めて鳥の唐揚げを作った。すると大好評で

大騒ぎになった。

なので長女のお弁当の日に朝から鳥の唐揚げに卵焼きに、と

いわゆる代表的なお弁当メニューを作ってみた。

朝起きてきて今日の弁当をチェックする長女。

すると

「あ。夢の弁当。。。」としばし呆然としながら小声でつぶやいた。

「?何が?」と私が聞き返すと

「これ、本物の唐揚げでしょ?卵焼きでしょ?それにサラダも

ついてるのでしょ?」

「うん。作ってみた。好きかと思って」と私。

「ほら〜やっぱり。すごい。これずっと夢にみてた弁当だよ〜

こういう弁当つくってもらえたら夢みたいだなって思ってたんだよ」と

長女。

「へぇ。。」と私。

ブラジルに来る前は給食もあって弁当を作る事も少なかった。

その前は菜食でお弁当を作ってきた。

今でも「あの頃の弁当にこんなおかずよく入ってたよね〜」と

木のワッパに持たせていた弁当の話題になる事がある。

それはそれで楽しい思い出らしい。

だけど、長女はその日作った弁当をずっと夢見てたのだった。

「きっとうちは菜食だからこんなのは作らないんだよね。」と

思っていたのだろうか。

どれくらいそのお弁当を食べたかったのだろうか。

どれくらいの間そういう風に思ってたんだろうか。

 

私も私で一生懸命出来る限り子供に寄り添って弁当を作ってきた。

私の判断で食べさせたり,食べさせなかったりしてきた。

それが子供たちを守り育てもしたと思う。

だけど。

「夢の弁当」の一言は私にずしっと響いた。

毎日夢見てばかりじゃいられないのもわかる。

欲しい物ばかり与えて言い訳もないだろう。

だけど、子供それぞれにそれぞれの必要があり、欲求があり

生きる道がある。

それに私は果たして本当に寄り添ってきたのだろうか。

 

たった一つのお弁当。ただの弁当。

毎日の御飯。ただそれだけだけど

それを皆で美味しく紡いでいくというのは本当に

難しいなぁと思った。

いや、本当は難しくかんがえることなんかないのかもしれないのだけど。

 

これからもいろんな変化をしながら、子供たちに,家族に

はっとさせられながら

台所の日々を紡いでいけたらいいなぁ。