やっと…

先週をもってブラジルの学校は夏休みに入った。

正確に言えば、今年度が修了したのだ!

また一年が過ぎた。(この言葉は私にハリーポッターのダンブルドア校長

を彷彿させる)

子供たちも一回り大きくなった。

そんな訳で先週は学期最後の大きなフェスタ「フェスタ ド ナタウ」

(クリスマス祭り)が行われ

子供たちのそれぞれのクラスでノートや作品が展示された。

長女のクラスは今学期手彫りの皿を作り、ここだけの話、

この器は主人へのクリスマスプレゼントになることになっている。

絵を描くこととノートを綺麗に仕上げる事に

命を懸けている次女は(もうちょっと他のことに

命をわけてあげてもいいと思うのだけど。。)

作品が沢山展示されていた。

好きこそ物の上手なれ、というところか。

 

ブラジルの先生の黒板画もにぎやかで素敵だ。

まさにブラジルのクリスマス!

 

そしてやっぱりクリスマスには靴下ね。

こちらもカラフルな靴下の数々はまるでオーナメントに

なってしまいそうなかわいらしさ。

色彩感覚がどれも南米らしくて美しい。

次女はターコイズブルーとショッキングピンクの靴下を

作った。これはクリスマスプレゼントにしないのかなぁ。。

そして双子君達も可愛いお人形を仕上げていた。

「なんだ!やればできるじゃないか!」

低学年らしい素朴な指人形がこれまた愛らしい。

こうして今年も子供たちの力作を眺めつつ、

一年の成長の足跡を確かめつつ幕を閉じた。

あぁ母は感無量なり。

 

そして週末には毎年教師によって行われるクリスマスの

生誕劇を鑑賞。

夕暮れ時に屋外ホールで(っていうかほったて小屋的な?)

行われるこの生誕劇。

ドイツで生まれ、世界中どこの国のシュタイナー学校でも

全く同じ劇が教師によって行われているというこの劇。

あの懐かしい歌の響きと、日本語で覚えている台詞が

ポルトガル語で演じられ、「マリア役はどの先生だ?

ヨセフ役は今年はあの先生か!」という子供たちの期待と

興奮に包まれ繰り広げられるこの劇もブラジルで観るのは

二回目になる。

去年は日本の静けさとともに贈られる劇と違って

大盛り上がりをみせるクリスマス劇に驚き、

真っ暗闇での日本のクリスマスと真夏の宵の明るさを

残すブラジルのクリスマスの雰囲気の違いをあの生誕劇の

中で感じ私達は異文化の中にいるんだと思ったものだった。

今年は同じ生誕劇をみながら日本でみていた生誕劇を

懐かしく反芻しながら世界中の生誕劇を思った。

毎年毎年、世界中で教師達が心をこめて行われるこの生誕劇を。

こうして世界中で色んな言葉でいろんな人が、けれど

思いを同じくして演じてくださるこの生誕劇を。

この世界もまだまだ悪くない。

いろんなことが起こってる時代だけど、まだまだ未来は明るい。

そう思った。

そんな心の灯火を感じるひとときだった。

 

こうしてようやく長い一年が幕を閉じた。

私達家族にとって今学期はおそらくとてつもなく

大変な山場になるだろうと踏んでいた。

博士号をとる主人のスケジュールは目一杯だったし

子供たちのスケジュールも目一杯だった。

赤ちゃんにも手がかかり暮らしはとてつもなく忙しかった。

毎日眠かったし毎日疲れてた。

なんだかんだで週末も学校があったりで休みが殆ど

無かったと思う。

だけど最後の山場を越えどうやら頂上が見えてきた様だ。

残す所今年も後少し。

あとはドイツ語の補習を食らった3名の子供たちが

数回学校に呼び出されるだけだ。それくらいお茶の子さいさいだ。

 

そんな訳で今日はたっぷり寝坊した。

寝たいだけ寝た。

そんな私の気持ちを分かってくれてか、赤ちゃんも一緒に

寝坊してくれた。

そして一日中食べれるほどのスープをた〜っぷり作って

どかっとテーブルにおき、セルフサービス準備完了。

「後の事は任せた!」といって洗濯物も子供に託す。

昼には赤ちゃんと3時間も昼寝をした。

お母さんだって時々そういう日が必要だ。

そんでもって十分休んだら何週間も前から取りかかろうと思っては

「あ、でもやっぱ今週は無理。。」と伸ばし伸ばしにいていた

中濃ソース作りを始めた。

スパイスの香りが立つ鍋を目の前に

俄然エンジンがかかって来る。

さぁ、明日はラー油を作ろう。

 

こうして我が家の山場はやっと終わり

私の怠け病もやっと抜けそうだ。

けれど実はまだクリスマスの飾りもしていない。

それに夏休みがやってくるんだ。

やっぱりまだまだ山場は続くのかもしれない。。

 

夢の弁当

ブラジルに来てからというもの我が家の食事は随分変化した。

菜食で育ててきた子供たちには欲しがるだけ肉も卵もあげる。

マクロや菜食の枠を取っ払って、ただ子供が食べたい物を

出来るだけ作ってあげるようにしてきた。

それに伴ってお弁当も変わった。

今日はパスタがいいとか、サンドイッチがいいとか

どんどんリクエストしてくる。

もちろん玄米はやだからね〜と言われる=)

それでもいい。自分の欲しい物を欲しいと言ってくれれば

それはそれでいい。そう出来るか出来ないかは別にして。

でも言われて作るのと,言わずに分かってあげるのとでは随分

違うようだ。

「これ欲しい」と言われなくても、阿吽の呼吸で入れたてのお茶を

出せる熟年夫婦のように、子供たちの「欲しい」を

汲み取ってあげられたらいいなぁと思う。

 

ある時、子供たちに初めて鳥の唐揚げを作った。すると大好評で

大騒ぎになった。

なので長女のお弁当の日に朝から鳥の唐揚げに卵焼きに、と

いわゆる代表的なお弁当メニューを作ってみた。

朝起きてきて今日の弁当をチェックする長女。

すると

「あ。夢の弁当。。。」としばし呆然としながら小声でつぶやいた。

「?何が?」と私が聞き返すと

「これ、本物の唐揚げでしょ?卵焼きでしょ?それにサラダも

ついてるのでしょ?」

「うん。作ってみた。好きかと思って」と私。

「ほら〜やっぱり。すごい。これずっと夢にみてた弁当だよ〜

こういう弁当つくってもらえたら夢みたいだなって思ってたんだよ」と

長女。

「へぇ。。」と私。

ブラジルに来る前は給食もあって弁当を作る事も少なかった。

その前は菜食でお弁当を作ってきた。

今でも「あの頃の弁当にこんなおかずよく入ってたよね〜」と

木のワッパに持たせていた弁当の話題になる事がある。

それはそれで楽しい思い出らしい。

だけど、長女はその日作った弁当をずっと夢見てたのだった。

「きっとうちは菜食だからこんなのは作らないんだよね。」と

思っていたのだろうか。

どれくらいそのお弁当を食べたかったのだろうか。

どれくらいの間そういう風に思ってたんだろうか。

 

私も私で一生懸命出来る限り子供に寄り添って弁当を作ってきた。

私の判断で食べさせたり,食べさせなかったりしてきた。

それが子供たちを守り育てもしたと思う。

だけど。

「夢の弁当」の一言は私にずしっと響いた。

毎日夢見てばかりじゃいられないのもわかる。

欲しい物ばかり与えて言い訳もないだろう。

だけど、子供それぞれにそれぞれの必要があり、欲求があり

生きる道がある。

それに私は果たして本当に寄り添ってきたのだろうか。

 

たった一つのお弁当。ただの弁当。

毎日の御飯。ただそれだけだけど

それを皆で美味しく紡いでいくというのは本当に

難しいなぁと思った。

いや、本当は難しくかんがえることなんかないのかもしれないのだけど。

 

これからもいろんな変化をしながら、子供たちに,家族に

はっとさせられながら

台所の日々を紡いでいけたらいいなぁ。

 

 

赤ちゃんのいる暮らし

ドイツから主人のご家族が遊びにきてくださって

なんやかんやしていると、ちびすけが風邪ひいて

ちょっとお楽しみの仕事をしていたらもう11月が終わろうとしてる。

っていうかもう2014年も終わろうとしてる。

やっぱり今年も早い!というわけでご無沙汰しておりました。

 

ともあれひさしぶりに風邪ひいたうちの5番目が元気になった。

赤ちゃんが風邪ひいたら一緒になってゴロゴロするのが一番いい。

一緒に側で寝て、ちょっと食べて、部屋はカオスになろうとも

くぐもるような空気感の中でメローにスローにのんびりと

しているのが一番いい。

もういやだな、飽きたなぁ。と思った頃には赤ちゃんもそろそろ

元気になって。そこまでにゆうに1週間はかかるんだけど。

ホメオパシーとかお手当とか色々やりながら過ごす。

そんで時々そのまま次の人に風邪がうつってたりして子供が沢山

いると次々巡って気がつくとあっという間に1ヶ月過ぎてるなんてことも

多々ある。

上の四人が幼児期の頃はそんなこんなで冬が春になったりしてたなぁって

季節が過ぎるのも早かったなぁって懐かしく思い出したりして。

あのころは大変だったけどこうして風邪を一緒になってのんびりと

経過していけたのは今ではありがたいことだと思う。

 

そんでもって元気になった赤ちゃんは早速遊びだし私の周りを

うろうろしている。

ふと見ると台所の床がお砂場に?

「あ〜!!」

お手当用に日本から持ってきた貴重な節レンコンの粉を撒いてお砂場を

作っておりました。

いやん。

レンコン粉は没収で〜す。

と、次なるターゲットはポロネギでした。

気がつくと、ネギを持って箒にしてそこら中を掃いていました。

ネギだから箒の先はないけど箒の柄みたいではあるよね。。と

なぜか納得しそのままにしておくと。。。やけに静か。

これは嫌な予感。

いや〜ん。ねぎ剥いてる〜

確かにね、面白いよね。ねぎってさ、むいてもむいても中身がないもんね。

ってこれまた妙に納得。でもネギも没収で〜す。

そんなこんなで台所をあらして、いや遊んでいます。

ジャガイモはボールになり、時々バナナをちぎって勝手に食べる。

転がるココナッツを玉転がし。ボールやおなべでパーカッション。

いやぁおもちゃなんていらないのねぇとやや感心。

そしてちょっと小腹がすくと。。

これくださいというかんじで引き出しから持ってくるのは

とろろ昆布。

そんじゃ、どうぞ。ってカップにいれてあげるとネバネバしながら

食べております。

その他、海苔,梅干しをみるとおやつだと思うあかちゃんに

ドイツ人の主人は「やっぱり日本人の血が入ってるなぁ〜」と

妙に納得。

そして何故か外に出ると犬の餌を食べたがる。。

「こら、いけません!」

でも笑ってるから、ま、いいか。。

ともあれこうして5番目の赤ちゃんもいくつもの風邪を乗り越え、

数えきれないほどのいたずらをしながら大きくなるのでしょう。

 

 

水星逆行

みなさん水星逆行というのをご存知だろうか?

私もあまり詳しくはないが星占いは結構好きで

時々お気に入りのサイトをのぞいたりしているのだが

そのなかで水星の逆行というのを随分前に知った。

水星はコミュニケーションを司る星でそれが地球からみて

逆行しているようになる時期が年に数回あるらしい。

その時期には物事が滞ったり、コミュニケーションがうまくいかな

かったり、物をなくしたりなど色んな問題が起こりやすいと

されている。だからといっていやだなぁってことじゃなく

そういう時にこそ問題を解決したり,計画をじっくり練り直したり

懐かしい人との再会なんてこともあるわけで。

ともあれ星の動きによって人が影響をうけるというのは

とても面白いと思っている。これはなんとなく人間バイオダイナミック

とでもいうべきか。

バイオダイナミック農業が注目される今、やっぱり人間もちょっとは

星の動きを見ながら暮らしてもいいような気がする。

星占いっていうと乙女チックで馬鹿にされそうだけど、天体の動きが

人生に影響するという考えは以外と理にかなってると思う。

ともあれ、そんな水星逆行。面白い事に私はだいたいいつも

「あれ?」と思う事がおこるとやっぱり水星が逆行している。

今回も面白い事があった。というか実際にはそんなに面白くない。

ある日、ひょんな事から末っ子のユニオが私のiPhoneを手にした。

それを持って部屋を出て行ったのを見た時に「あ、返してもらわないと」と

ほんの一瞬頭によぎった。それが私の直感だったということにそのときに

気がつくべきだったのだが、残念ながらそうならなかった。後の祭りである。

つまり、そのまま次の瞬間ユニオを見た時にはiPhoneは消えていた。

そのときにあの直感がよみがえった。「やばい!どこにやったんだろ?」

すぐにユニオにかけよって「どこにもっていったの?」と聞いてみた。

もちろん、そんなこと答えられるわけないと半分以上わかっているのに

そうせずにいられない。

「あぁ、やっちゃった〜」

つぶらな瞳をわたしに向けて「ままどうしたの?」というかわいい

無邪気な顔で立ち尽くすユニオからこれ以上何も聞き出せる

わけはないのは百も承知だ。

それから私のiPhone捜索が始まった。

探す事2時間。ゴミ箱は2度さらい、物陰から洗濯物の山からすべて

ひっくり返して探しても見つからない。

とうとう子供たちを動員しての捜索に入る。

10分過ぎ15分過ぎると子供も飽きて助けてくれない。

もうやけっぱちになって懸賞金までつける。

「見つけてくれたらお礼に10レアル!」の声に再びやる気が

わく子供たち。

されども探せど,探せどiPhoneはでてこない。

もうこれは神隠しである。

もう諦め始めた子供たちは口々に「ユニオってすごいねぇ〜

こんな難しいことできるんだねぇ〜」と笑えないようなつぶやきを

吐きながら三々五々に捜索をやめる。

なぜ見つからない?

もう迷宮入りかと思われるほどの難題をふっかけてくれたユニオ。

それが起こったのはまさしく水星逆行まっただ中だったのだ。

「あぁ、やっぱり水星逆行かぁ」そう気がついた時には捜索を

私も諦めた。どっちにしても家の中には必ずある。家の何処かにある。

いつか誰かが見つける。そして水星逆行に無くして物は

あとででてくる可能性が高いとも言われているのを私は知っていた。

そう思うと急にリラックスして

「みんな〜いつか見つけたら絶対報告してね〜それでどこにあったか

わかったらきっとみんなで大笑いだね〜」

そういって一週間ほどが過ぎた。

そうはいってもやっぱり気になるので,ほぼ毎日何気なく

「ユニオ。そろそろiPhone見つけたいんだけど?教えてくれない?」と

無意味な質問を投げかけつつ、「意味がわかりませんが?」という

風にくりくりの可愛い目を投げかけるだけのユニオを眺めていた。

 

しかし今日。部屋を掃除している時にとうとう発見した。

私のiPhone。

何度も探したはずの場所の物陰からひょっこり姿を現したので

ある。

初め見たときは状況を理解出来ずにiPhoneをiPhoneと認識するまでに

しばし時間がかかったほどだった。

「あ〜!!!」と私が気がついて叫ぶまでには

天使が通り過ぎるほどの間があった。

とうとう見つけたのだ。やっぱりあったのだ。やっぱり!!

この感動を早くみんなに伝えたいとうずうずしながら

気がついたのはもう明日,あさってごろには水星逆行が

終わるという事だった。

あぁやっぱり。

 

これがただの偶然ならそれでもいい。別に信じられる根拠等いらない。

ただわたしはこうして日々の暮らしに訪れる

惑星達とのつながりを楽しんでいる。

 

 

 

 

 

 

フルーツ天国

何を隠そう私はフルーツが大好きだ。

子供の頃はフルーツだけ食べていきていけたら

どんなに幸せかと何度も思ったものだ。

そんなわたしにここブラジルは念願の

フルーツ天国を実現してくれた。

年中絶え間なく果実が実る様は見るだけで心躍り

ごろごろと収穫できる南国のフルーツのふとっぱらには

よだれがでる。

どの木も食べきれないほど果実をぶら下げ繁殖する様子は

ブラジルという国の生命力の強さを思い起こさせる。

あぁ素晴らしきかなフルーツ天国。

今日はそんなフルーツをシェアしたいと思う。

まずはバナナ、どこでもなってる。道路にも庭にも道ばたにも

バナナの木。バナナはこの国で筍のようなぞんざいで、根でどんどん

ふえるらしい。私はバナナの葉が大好きだ。そして紫色の重たげな花が

実に成る頃も大好きだ。あの花があんなたくさんの房になるなんて

本当に不思議だ。なんといっても不思議だ。神様はすごい。

そして忘れてならないのがマンゴー。

今はこんな風にどこでもざらざらと青い実を付けている。

今年は去年より実の着くのが早い。どうやらブラジルも異常気象で

今年は例年になく暑く乾いているせいかもしれない。

マンゴーも道ばたに、庭に、街路樹に、どこでもある。

マンゴーが街路樹ってとても素敵だとおもう。

そしてこれまたどこでも生えて来るパパイヤ。

パパイヤって不思議な木で、実は木ではないらしい。

草というか、そういう種類らしい。

なんだか知らないがこれもどんどん実をつける。そして

コンポストから勝手にどんどん生えて来る。一年もあれば

いつの間にか木になって実を付けてくれる恐るべき早さで成長する。

そんな訳でうちのフルーツかごはこんな有様になる。

ブラジル独特のフルーツも忘れてはならない。

ジャボチカバというすごくへんちくりんなフルーツ。

ある時一斉に木の幹に真っ白な綿毛のような花がさいて

それがこんな感じでフルーツになる。殆ど病気にみえるほど

グロテスクな様子はさすがブラジル。こんなフルーツの成り方って

あり?と目を疑いたくなる。

これが葡萄のような濃い紫に変わったら食べごろ。

しかしこれがまた美味しくてやめられない。

しかもこの木が年中咲いて年中実を付けて、を繰り返している。

かなり働き者なのだ。

友達の家にいくとだいたいどの家にもフルーツの木がある。

ブラジルに家を持っていたらフルーツの木を植えないなんてあり得ない。

友人の家にはこんな風にグレープフルーツがたわわになっていた。

しかもこのサイズ。大人の頭ほどもある。ほっといてもこんなのできるらしい。

うらやましい。

ちなみにピンクグレープフルーツだった。文旦ほどの大きさの

グレープフルーツ。中もそのまま大きかった。

まるで大男のいる国にやってきたみたいに何もかもでかい。

きっと原種に近かったのだろう。何故か苦みもつよくって

それがいかにも野生的でわくわくした。

まだまだあるブラジルのフルーツ。

アセロラはこれから旬を迎えるし、アボカドは山ほど食べて

次のシーズンを待っている。

そして実は年末から私達はマンゴーとアボカドとアセロラと

ジャボチカバとピタンガというフルーツの木がある家に住む事になった。

ますます天国に近くなるブラジルライフ。

今から収穫が楽しみでならない。