Sítio その2 色のある世界

近所の挨拶回りも一段落し,お昼御飯の頃に地元の祭りに出かける

ことになった。

私達だけだったら絶対に入り込めないようなめちゃくちゃローカル祭りに

連れて行ってもらうことになったのだ。

田舎の道をさらにいけどもいけども山道をいくと、

いきなり現れた何も無い牧場。

場違いに沢山停まっている車を見てようやく会場に着いたという

事がわかった。

さすがローカル祭り、こんな目印もなさそうな所に

いとも当たり前のように人が大勢集まってくる。

そして来てる人たちは地元のカウボーイの格好をしている人が多い。

この祭りは日本でいうところの盆踊り的な感じで

来る人は自分のセイント(神様)を持ってきて、いくつか作られている祭壇に

祀って歌と踊りを捧げる。5〜6カ所にある祭壇は一列に並び、それぞれに

赤や青、緑の色鮮やかなセイントが置かれてあってその前に人が列を作って

ギターの伴奏と独特の高音の歌声で、はもりながら歌を歌い手を叩いて

足踏みをする独特のダンスをする。そうやって自分のもってきたセイントに

みんなで祈り,歌う事で再び神聖なエネルギーをチャージして

また家に連れて帰るらしい。

踊ってるのは殆ど老人で時折孫と見られる子供がいる。

祭りに来る人々の中にはもちろんいい年のお姉ちゃん達もいるけど,

セイントなんか見向きもせず携帯をみながら人待ち顔でその辺を

うろうろしている。

若者達はこの片田舎でこんなに人が集まるチャンスを逃すまいと

いわんばかりにかっこつけて明らかに出会いを、何かが起こるのを待っている

ようだった。

老人達は目に見えぬ世界へ酔いしれるかのように真剣に

セイントへの祈りを捧げ、

かたや若者達は今まさに目の前にいる男と女に焦点を絞っている。

祭りの楽しみ方はそれぞれだ。

そんな対比が面白くどこか日本の夏祭りのような雰囲気を彷彿させる

のだった。

今の季節にしては日差しの強い午後、いよいよ一つ、また一つと

セイントの前に組んでいた列が歌を歌い始める。

日陰になる屋根はここにしかないからか、それともみんなそれほど

熱心なのかセイントの祀られた小屋の下は人であふれていた。

老人たちは目を閉じ,耳をおさえて自分の歌の音程に集中している。

あってるのか、あってないのか分からないほど高音で歌い始める

老人達。ギターがじゃんじゃか鳴り響く。

いたこも真っ青というほど皆、踊りに酔いしれている。

ローカルの人々の中で、いやすくなくともブラジル人のなかで

私達の浮いた存在を感じる。いかにも観光者っぽいみかけの

外人は私達だけだった。時折「何だこのアジア人は?」とう視線を

背中に感じつつブラジル人の友達がローカルの友達に話しかけるのをみて

「あぁ、まぁ仲間か。」的な感じで幸運にもここにいるのを許された

ようだった。

そんなためらいも忘れるほどの熱烈な歌と踊りを眺めていると

踊る人々の個性的な顔に目が止まる。どれ一つ同じ人がいない。

不揃いな個性。歯のないひと、しわの深く刻まれた日に焼けた顔、

牛のような女性、お尻の異様に大きい人、マンガに出てきそうな鼻のおじさん。

まるで写真集のように赴き深い人々の顔。人々の人生がそこに

浮き彫りになっているかのようだった。

どれ一つ同じ顔がないというのは当たり前のようだけど

ここまでずば抜けた個性を見たのはいつぶりだろう?

スーパーに並ぶような単一なみかんではなく不揃いの野性みかん

のような人々。まだ自然の原型がそこにあるかのような

不思議な人たちの集まり。

今や絶滅危惧と思われるほどローカルでオリジナルな人々は

なんだか祭壇のセイントと同じくとてもカラフルだと思った。

そして歌う老人の周りにいるおばちゃん達の色気付いたおしゃれも

まだまだ若者には負けていない。女はいつだって女でいたいのだ。

ここにも色があるようだ。

そんな色々な風景に圧倒されつつ、おじいちゃん達の互いに耳を

抑えながら高音ではもり合うかなり真剣な叫び声に近い歌声

と振動に包まれると不思議と気持ちよかった。

ふと見ると10歳くらいの男の子が先頭に立つギター弾きのおじいさんに

習いながら自分も伴奏のギターを誇らしげにひいていた。きっと

昔からずっとこの祭りにでておじいさん達を見ていたのだろう。そして

今日とうとう自分もこの祭りの列に加わる事が許されたのだろう。

この地域の歴史と,人々の暮らしと繰り返されるつながりを

感じるようなお祭り。

その音のただ中に挟まれ私もセイントと同じようにりチャージされた

気分になった。世界には色があふれてるんだ。

 

さて、踊りも一段落して周りをみるとお祭りらしく昼食が振る舞われて

いた。

話にきくとその日はお祭りの為に牛が2頭殺されたらしい。

牛2頭。みんなが食べる為に締めたのだ。

私は普段は菜食だがこの日は皆と同じ物を食べた。フェジャンオという

豆と牛の臓物の煮込み、肉とジャガイモの煮込み、御飯、なにやら

ぐつぐつ煮えてるでかい鍋。

ぞっとするほど大量の肉と生々しいエネルギーに圧倒されながらも

そこで生きる人々がそこであるがままに料理し、食べ、わかちあう

何かがそこにあった。

肉の味、料理の味、命の味。

味は塩味かどうかというより、肉味かどうかというよりも

エネルギーなんだと思った。

生々しい命の味。強い命の味。牛が私達にくれた味だった。

個性的な命を彷彿させるブラジルのローカルの人々の命と

今まさにここで命を与えてくれた牛の命と,全てが

生々しくいかにも生きていて、時に気持ち悪く

時に華やかで暖かく、生きるという事の本質を

目の前に突きつけられたような気がしたのだった。

そのあまりの衝撃に普段は何でも食べられる長女はお皿を

手にする事すらできず、ただその風景をじっと見つめ

その場を早く立ち去りたいという気持ちを抱いているようだった。

 

こうして照り付ける太陽の中、あの祈りの音と足踏みの振動が

鳴り響く中、人々の雑踏の中で私達は本物の命に本当のブラジルに

出会った気がしたのだった。

 

 

Sítio その1 電気の無いところ

先週末同じコンドミニウに住む家族に誘われて

Sítio(シーチウ、田舎のエリアのこと)にお泊まりに

家族で出かけた。

ここは「木の家」と彼らが呼ぶ場所で、ホリーデーハウスのように

週末だけ訪れている。我が家から車で1時間半ほどのところに

ある「木の家」の辺りはブラジルのローカルが多く住んでいて

田舎の暮らしが未だ残っている場所だそうだ。

こりゃ行くっきゃない!私達の家の周りも牧場でまぁまぁ田舎の

方だと思うのだけど、それより田舎でしかもローカルの暮らしを

拝見できるなんて!こんな所にいけるなんて私達の力だけでは無理だろう、

そう思うとやっぱり世界中どこでも持つべき物は友達だ。

ここの家族にはうちの子と同じ学校に通う1年生と幼稚園の男の子がいて

我が家の双子とマブダチでもある。お母さんはブラジル人,

お父さんはアメリカ人なので家族全員英語とポルトガル語を話して

くれるのも私達がコミュニケーションをとるのに幸いした。

また彼らはブラジルの伝統的な遊び等の研究をしていてスローな

ライフスタイルが似ていたこともあり我が家とすぐに仲良くなったのだった。

こうしてとうとうブラジルに来て初めて家族ぐるみで仲良くできる

家族とであったのである。

話にきくと「木の家」はもともと友人の友達が住んでいた場所で

しかもその人はドイツ人で5人の子供を持つシングルマザーの

アーティストだった。

若干私と経歴は違う物のその話を聞いただけで、なんとなく親近感を持たずに

いられない。なんだかご縁がありそうだ。

高速をおりてぐんぐん山を登っていくとちらほら現れる家や集落。

私達の住むエリアとは随分違って色の黒い人たちが多く見られる。

馬に乗って何処かへ出かける人や、自宅に動物を飼う人も多くみられる。

いよいよその辺りに来たらしい。

草原に放たれた馬の子供がお母さんのお乳を飲んでいる風景は

日常的であたたかだった。牛も馬も鳥もみんなリラックスして

その辺をふらふらしてる。

道もいよいよアスファルトはなくなり、7人乗りに荷物を詰め込んだ

車が重たそうに坂道を上る。「ここは道か?」というような場所を

ぎりぎり通りながらこの辺では見かけない車が来るのでじろっとにらむ

ローカルの人と目が合うのにどきどきしながらも、

友人が窓から顔を出して「Oi(やぁ!)」と声をかけるとみんな

「なんだ、あんただったのかい!」という感じで挨拶をする。

どうやら近所の人らしい。

そうこうしてゆっくり挨拶をしながら道を走りいよいよ

私達は「木の家」に到着した。

そこには既に昨日から向こうのお父さんと一緒に泊まっていた

双子がそこの家の子供とかけずり回って遊んでいた。

小さな小高い山の中にある家。ハンモックがいくつもかかっていて

南国のリラックスした雰囲気が醸し出されている。

中を見ると,以前の持ち主が置いていったままのドイツ風の

インテリアがブラジルの家にしっくりとなじんでいた。

また何故かこの雰囲気は慣れ親しんだ場所のように私達を安心させた。

ブラジルとドイツのミックススタイルというのは悪くないものだ。

そしてこの辺りはほんの10年ほど前まで電気のない地域だった

のでこの家にも電気はない。ガスは一応あるが

お風呂もお湯もすべて台所にあるかまどのような場所で

火をを起こして料理もし、お湯を作りシャワーに使う

システムだ。もう完全にスローライフ。

ついたら早速周りを見がてら近所の人の家に挨拶にいく。

なんだか昔おばあちゃんちに夏休みに長期滞在したときみたいだ。

お土産を持って村中をおばあちゃんと一緒に挨拶して回ったものだった。

「こんにちは東京からきました。」

そうすると田舎の近所の人が「よくきたねぇ、挨拶できてえらいねぇ。」

といってお菓子をくれた。「今夏休みで遊びにきてるのよ。」とおばあちゃんが状況を

説明しながら玄関先でお茶飲みながら話し込む。そんな懐かしい

村の挨拶巡りを思い出す。

さて近所を巡ってみると,確かにスローライフはあちこちにみうけ

られる。みんな電気こそあれ、家はこの「木の家」とほぼおなじ

作り。台所にはガスもあるがかまどがあって火もおこしていた。

そのかまどの上には何か動物の臓物のような物が竿にかかって

干してあって,聞いてみると豚の内臓だといっていた。料理に

使うらしい。庭には豚に鶏に果樹があってどれも彼らの生活の

為にともに生きていた。

けれど既に街の力はここにも及び、インターネット、電気、

今風の内装に改築されピカピカに掃除された家は10年前のそれと

残念なことに随分違うと友人は言った。確かに「木の家」の方が

雰囲気はぐっとしぶかった。あの家は幸運にもその頃から時間がとまった

まま引き継がれていたからだ。

もちろん、電気やガスのない暮らしが不便な事はわかっているし

それがあることで日々の女の仕事がどれだけ助かるかもわかっている。

のどかな風景の昔ながらの面影を残してほしいが故に

その不便な暮らしや日々の慎ましく厳しい自然との共存を

都会で便利に暮らす私達がこのような地域に住む人々に託そうと

思うのは勝手かもしれない。

けれど、やっぱりこんな素敵な面影がいつかなくなってしまうのかと思うと、

家だけでなくもしかしたらこの暮らしぶりさえもなくなってしまう

時が来るのかもしれないと思うと、私達のルーツを失ってしまうような

心もとなさと友にとても心が痛んでならないのだった。

けれど幸いにもこの近所の人は便利な物も取り入れてはいるが

いまのところ、豚も牛も鳥も一緒に暮らし、畑があって果物があって

村中でコーンフレークをつくり、家中で豚を締め丸ごと頂くような

暮らしを紡いでいらっしゃるのだった。

日本でもブラジルでも本当の田舎暮らしの危機はあるんだなぁ。

次の世代の私達がどういう風にそれを紡いでいく助けができるんだろう。

日本の裏側の電気の無い木の家にやってきてそん事をふと思った

のだった。

 

 

 

 

盆生まれ

日本では夏休みまっただ中の8月ににこちらでは

新学期がはじまる。

初めてブラジルに来たときも日本では夏休みに入ったばかり

だったのにもう学校に行かねばならずあの年は

夏休みを損した気分になったのだった。

あれから一年。今年もとうとう8月になり

あっという間の冬休みが終わって新学期が始まったのに

いつもより嬉しそうにしているのはお盆生まれの次女。

次女はお盆うまれだから誕生日には来てくれる友達が

今まで殆どいなかった。というか盆に誕生日会を開こうと

思った事は殆どなくたいてい家族で慎ましく誕生を祝ってきた。

けれどようやく日本の裏側ブラジルで日の目をあびる時が来た。

「こんな日が来るなんて!」地球を半周してよかったと

いわんばかりにウキウキしてる。

新学期はじまってからは「誰を呼ぼうか?」

「誕生日ケーキはチョコがいいからね!」などなど

その話で持ち切りだった。

そんな風にして新学期始まってそろそろみんな

エンジンがかかってきましたよと言う感じの8月下旬に初めて

ブラジルで次女の誕生日パーティーを開く事になった。

吟味して吟味して仲のよい友達を何人か呼ぶ事にした。

それだってやはり女の子は一苦労。

「あの子とあの子はあんまり仲良くないんだよね〜でも

あかりはあの子好きだから呼びたいんだよね〜どうしよっか?」

などなど5年生ともなると子供世界の人間関係も複雑らしいのは

ブラジルでも同じようだ。

それでもどうにかこうにか仲良しさんに招待状を作り

私はバースデーケーキのリハーサルをさせられ、ランチの

メニューを提示しなんとか合格サインをもらった。

みんなでやるゲームはこの国の人は知らないであろう、

パン食い競走のおかしバージョンと飴食い競争に決定しており

普段めったに買ってもらえないキャンディーの色々に

既に弟達は興奮しつつ「誕生日っていいなぁ!」という

空気は家族全体に広がっていった。生真面目で入念な次女は

そんな浮き足立った弟らに喝をいれつつ、あくまで主役は私だ!

と主張せんばかりにお菓子の類いを厳しく取り仕切り

自分はゲーム用のキャンディーを袋に詰める作業や、

ゲームのリハーサルまでやった。

前日には運動会の前夜のような緊張感に包まれ
眠れなくなるほどどきどきしながらいよいよその日を迎えた。

当日は気持ちのいい晴天。朝早くから来てケーキ作りを手伝ってくれる

友達がきてにわかに舞台裏は動き出す。

たった今冬が終わったばかりなのにどうやら今日は

真夏日になりそうだ。

お手伝いのはずの友達も主役の次女も仕込み半ばで気がつけば水着に

着替えてプールに飛び込む。準備は入念な割にその辺は適当

らしい。

そんなこんなをしているうちに続々と友達が到着する。

近所の家の子供たちもちらほら集まって来る。

こうして流れるように総勢十数名の子供たちが群がって

誕生日会は始まっていた。

春とは思えない夏の天気と次々と元気にプールに飛び込む子供たちの

姿に日本も今夏休みだったなぁと思い出した。

けれどお盆の雰囲気はここでは全く感じられない。

次女の誕生日とお盆はいつもセットだったから

お盆の無い国にいるというのはなんだか変な感じだった。

何もかもがぐるっと姿を変えてしまっているのだ

ということに改めて気がつく瞬間でもあった。

リハーサルのかいあって、ランチも好評,ゲームの

飴食い競争やパン食い競走は顔を粉まみれにした子供たちが

「もう一回もう一回!」とせがんでくるほど

ブラジルの子供たちにも大人気だった。

一通りはしゃぎきったところでバースデーケーキに行く前に

仕込んでおいたクッキー生地をもってきてみんなで型抜きして

焼いてお土産にした。こういうちょっとした手の仕事は女の子は

大好き。次々とプールから飛び出して水着姿でクッキーを作る

様子はさすが南国ブラジルという感じだった。

どの子も一杯遊んで喋って、女子達のかしましさもかわいらしく

真夏の太陽のようにきらきらした時間のなかではしゃぎ回る

次女の思い切りの笑顔がまぶしい誕生会だった。

今までと違う音、違う空気、違う光の

なかで懐かしく思い出す11年前のあの瞬間。

 日も暮れかけた頃いよいよほぼ1キロの粉で作った

特大チョコレートケーキの登場でパーティーはクライマックスを

迎える。

ブラジルの誕生日ソングを皆に歌ってもらって思い切り

ロウソクを吹き消すとまた一つ大きくなったんだってことが

ひしひしと感じられた。

「お一つどうですか?」お迎えにきた親御さん、物見に

来てくれたご近所さん、周りにいる全ての人にケーキを振る舞う

のがブラジルスタイル。まるで家の上棟式の餅まきのように

おめでたい気持ちをふりまき分かち合う。

生まれて初めての盛大な誕生日パーティーはこうして無事に幕を

閉じた。

片付けが終わって一息つく頃にはもうすっかり辺りは暗くなって

次女はハンモックであっという間に寝てしまった。

いつもは長女の下、双子の上、という微妙なポジションで

主役になれる事の少ない次女という立場。私も二番目の子供

だからなんとなく気持ちはわかる。

けれどとうとうブラジルで初めて迎えた主役の座。

輝く太陽と子供たちの笑い声に包まれた次女の日焼けし

いきいきとした笑顔を見ながらこれからもいつまでも

自分の人生の主役でいてほしいと願った。

お盆だろうと次女だろうと

こうして一人一人に燈がともる誕生日。

その光をあびた次女の顔が忘れられない一日だった。

 

 

 

 

一年。

とうとうブラジルでの生活が一年を迎えた。

今でもよく覚えてる到着した夜のこと。

真夜中に到着した新しい我が家の景色。疲れと興奮と

安堵の気持ち。

そしてそのすぐ後にあった近所の子供の誕生日パーティー。

「誕生日おめでとう」の言い方も知らなかったあのころ

ひょっこり顔を出させていただいたあの日から一年。

まさしく丸一年目のその日に再び近所の男の子は一つ大きくなり

誕生日パーティーを開き、もちろん今ではすっかり

「マブダチ」になった双子君とともに招かれた私は感慨深く

誕生日をお祝いさせてもらいました。

あの頃子供たちは毎日日記をつけていて、ふとそれを手に取ってみると

「8月19日晴れ 今日はブラジルではじめて学校に行ってみんなに

いろんなことをブラジル語でおしえてくれたけどそんなにわかりなかった。

Bom dia-おはよう。Oi-やぁ。」

と書いてありました。

あぁなんて初々しい。

あぁ一年でこんなに大きくなったんだねぇ。

誕生日でブラジルの友達と遊び回る双子を眺めつつ

その家のお母さんと話をしていると

「今日であなたも丁度ブラジルに来て一年ね、おめでとう!」と

言ってくれた。暖かいブラジルの人たち。

感謝の気持ちで一杯だった素敵な夕べ。

 

家族旅行

長かったワールドカップもドイツの優勝で幕を閉じ

気がつけば一ヶ月ほどもある冬休みも

間もなく終わろうとしていた頃、家にいるのが退屈になって

学校が始まるのが楽しみになってきた子供たちを

最後の最後で思いがけない旅行に連れ出す事にした。

ブラジルにいる間に絶対に訪れておきたかった場所

イグアスの滝。

地球ががくっとずれ落ちたまま、そこに命が湧き出たように

あふれる水が流れ落ちるその滝の写真を見た時に

心臓がゾワッと毛羽立つような力強さを感じたのを覚えている。

そんな地球が生きていると感じられるような、地球が生きていたと

感じるようなそんな場所に家族旅行にでかけた。

今回も見事に無計画というかあまりにも突拍子もない

旅行だったが、もうそれに慣れたのか準備の手際は良い。

宿泊先はアルゼンチンにあるイグアスの町の小さなシェアハウスの

ような場所だから料理も出来る。

あかちゃんを連れて初めての長旅、しかも異国(って言ってもブラジルも

すでに異国と言えるけど)とあれば料理が出来るのはありがたい。

スーパーでもらって来る頑丈なバナナの箱に

圧力鍋やお米や梅干し、味噌などを詰め込むと不思議と心強くなる。

日本でよくキャンプに子供を連れていっていたころを思い出しながら

パッキングを進める。

気がつけば食料のパッキングだけは念入りであとはイグアスについての

インフォメーションもアルゼンチンについての検索もほとんどしないまま

車は既に旅に出ていた。

私の住む町から車で1500キロ。

1500キロと言えば日本の本州を横断出来るほどの距離だ。

それなのに「へぇ1500キロかぁ,遠いね」程度で

旅行に出ようと思ったのは土地感覚のない外国ならではだろう。

日本にいたとしたら、青森から下関まで車で行くのはかなりきつそうだと

簡単に察しがつきそうなものだけど、その辺のイメージがうまくできない

のが良くも悪くも外国なのだ。

見慣れた景色がぐんぐん遠ざかり、行けども行けども麦とトウモロコシが

広がる広大な土地をひた走る。

どこまでも見渡す限りの畑。こんなに遠くまで町もなく、家も無く

ひたすら畑が広がっているなんて本当にブラジルはとてつもなく広い。

それにしても広大な畑に植えられたこの麦やトウモロコシは

一体誰が食べるというのだろう?

途中にいくつもの集落や町を通り越しながら目的地へ向かう。

時々出て来る町の名前を地図でチェックしてみると、思ったより

進んでいない事がわかり愕然とする。もしかすると一日10時間ほどの

ドライブというのは何かの間違いで以外と5時間くらいでなんとか

なるんじゃないか、なんて根拠のない期待は見事に打ち砕かれる。

はるかかなた、1500キロの旅の重みをリアルに感じながらも

車はひたすら目的地を目指す。

今回もいつも通り地図はグーグルマップを手書きで写した紙切れのみ

で見知らぬ異国の地を走る。

詳細なデータのないこの状況も今やすっかり慣れてしまった。

この手書きの地図だって今や頼りないどころか信頼のおける

ものに感じられる。

私達はここに来てからいつだってこんないい加減な地図と

ちょっとの勘で目的地にたどり着いてきたのだから。

長時間ドライブの車内では子供たちがハリーポッターの

オーディオブックに釘付けになっている。

荷物と人で狭苦しい車内をハリーの大冒険と私達の大冒険が交差する。

家族旅行と言えば子供の頃よく渋滞を避ける為に深夜出発で

車に毛布を持ち込んで、暗い中お父さんが運転をしてくれたものだった。

夜中に起こされて「さ、行くよ起きて!」といわれると眠いような

わくわくするような変な気持ちがしたものだ。

朝方起きると車はすっかり東京のコンクリートを離れ、木々と土

から上昇する朝のさわやかな空気が飛び込んできたて長時間ドライブの

疲れを吹き飛ばしてくれた。

車のフロントガラスは夜じゅう走ったという疲れを見せるかの様な

小さな虫達のつぶれた死骸で随分汚れていて、

その澄んだ空気と汚れたガラスのギャップが余計遠くまで来たんだ、

と実感させてくれるのだった。

朝になりおなかが空いた子供たちには母が用意してくれたおむすびや

手でつまめるおかずが待っていて車の中はにわかに騒がしくなる。

何度も見た車内の朝の風景だ。

そんな時母はまだ運転している父に助手席からおむすびを食べさせて

あげていた。それを見るのが私は好きだった。

その思い出のせいなのか、私は車での旅行が今でも好きだ。

遠くても出来るだけ車がいい。もちろん快適な空の旅の良さもあるけど

このお家を持ち込んだような親密な空間が好きなのだ。

そんなわけで私ももちろん車ピクニックを準備していた。

必須アイテムおむすびは梅干しをいれて傷みにくく,酸味が

疲れを癒してくれる。それに若布ふりかけを混ぜて少し

塩気を強くしておくと疲れた体に美味しく感じられる。また

のり巻きも外せない。閉め切った車内では酢飯の酸味も美味しい。

キュウリと梅を巻き込んで、これまた子供たちに人気のピクニック

メニューになる。その他に、みかんやリンゴ、キュウリに味噌。

「だれか食べる人〜?」の声に

誰しもが「は〜い!」と威勢良く声を上げる。

おむすびの匂いってどうしてこんなに食欲をそそるのだろう。

車内に広がる匂いにおなかが空いていなくても、

つい一つ手に取ってしまうのがおむすびの魔力だ。

続いてもわっとした車内に広がるみかんの爽快に香りに、

みんなにわかに元気が出て来る。

幼い頃乗り物酔いしやすかった私はよくこうして車でみかんを

食べた。新幹線に乗ったら冷凍みかんを買ってもらった。移動に

みかんはつきものだった。

あの密室のような乗り物のなかで食べるみかんはいつも私を

助けてくれたのだった。まさかここブラジルでも日本のみかんが

手に入り、それをお供に車で旅をするとは思わなかったのだけど。

おむすびやのり巻きを食べる子供たちを横目に、運転手の主人に

「梅にする?それとものり巻きにする?」と尋ねる。

「梅にしようかな」というドイツ人の主人。なかなか日本人らしい

風情がわかる人なのだ。

助手席から手を伸ばし梅のおむすびを口に運んであげながら旅路を

進む。

みかんの香り、おむすびの匂い。日本とブラジル,思い出と今が

交差する車内。

ブラジルの国境を越え,橋一つ先はもうアルゼンチンだった。

驚いた事は橋一つでこんなに音が違うということだった。

私はそのとき初めて国が違うという事は音が違うという事だと

理解した。

音が違うと空気も違う、振動が違う、雰囲気が違う。

話す言葉が,リズムが違う。そして姿かたちも変えていく。

この南米という一続きの大きな大陸はこうして

国境を一またぎするだけで空を飛ばなくてもこんなにも

違いを生み出すことができるのだ、いうことは日本人の私には

衝撃だった。

そんな衝撃を受けながら人の会話を聞いてみると

ポルトガル語とスペイン語は似ていると言われるが

音はやっぱり違った。

そしてよく聞いてみると同じような単語があるのに

ポルトガル語を話す我が家の双子は

スペイン語を聞き取れなかった。おそらくリズムと音が

違うので全く知らない言語に聞こえたのだろう。

そんな子供たちの姿をみていると彼らがどれだけ音や振動の

相違をまたは共鳴を大人よりも繊細に感じ、

そしてそれらからいかに多くを吸収

しているのかということを思わずにいられなかった。

なじみの無い音ではあるがスペイン語は心地よかった。

優しく猫がそばにすりよってくるようなそんな感じがした。

親しみと戯れと、アルゼンチンはブラジルとはまた違う

ラテンの雰囲気だった。

そしてとうとう目的地イグアスの滝に向かった。

木々の中に見え隠れする川を眺めつつ遠くから「ど〜」と

絶え間なく、まるでこの森全部がその音に包まれるような

滝の落ちる音が遠くから響いている。そこには確かに滝が

あるのだ。

歩道を急ぎ足で進む。もちろんこの先を歩けば滝があるなんて

ことはわかりきっているにもかかわらず、体中でこの滝から

響く大きな振動をキャッチしながら少しずつ確かに滝の

目前に近づいているという感覚を歩道からでなく、自分の

内側から感じつつ歩みをすすめるのはとてもスリリングだった。

体が振動に呼応する。自然と体は畏れを抱く。

あまりにも大きな何かに、自分を越えた何かに出会うのを

楽しみにしながらも畏敬の念が否めない。

あぁ自然とはなんて大きく強いのだろう。

飲み込まれそうな大きな滝、しぶきをあげる水は

絶え間なく、この力は一体どこから湧いてくるのか。

まるで大海原の波を抱くような地球のパワーを目前にして

すっかり体も意識も飲み込まれる。

この場をしっかり咀嚼するにはまだまだ時間がかかりそうだった。

そこを通り過ぎて,見て、水しぶきをあびて

帰ってくるだけではすまないような気がしたのだ。

現実と非現実が交差するイグアスの滝で私はしばし呆然と

立ち尽くした。

目を閉じて周りにいる人も、滝さえも見ずにただ滝の側に

佇んでみた。

目をつぶるとあの恐ろしいほどの滝は絶え間ない振動に

なり、吸い込まれるほどの激流となった滝壺から吹き上がる

水しぶきは命を潤わすようなしっとりと優しい沐浴のように

感じられた。

夢中で歩いてきて随分な距離を歩いたからか、それともこの数日の

車移動によるものか、体は随分と疲れていたようだった。

イグアスの滝はそんな私の体を命の根底から癒し再び

歩き出す力を与えてくれたようだった。

大自然と異国との狭間で興奮冷めやらぬまま、あっという間に

時間は過ぎ、再びあの親密でありながらやや疲れをもたげた

狭苦しい車での旅路に戻る頃となった。

ブラジルの国境に入り人の話声が聞こえる。

「あぁ帰ってきた。」

私にとって初めてポルトガル語がなじみ深く親しみ深く

感じられた瞬間だった。

このリズムこの音、そうだもうここに来て一年だ。

まだ明るいうちに家に着く。

帰りを待っていた犬達は嬉しそうに飛び回る。

家に入るときちんと片付けられた空っぽのリビングが

この上なく気持ちいい。

誰ともなく「あ〜やっぱり家がいちばんいいなぁ。」

と口々に話しだす。決して旅行がつまらなかった訳でも

辛かった訳でもないはずなのについ口からこぼれてしまう

この一言に何故か毎度ほっとしてしまう。

山のような洗濯物と荷物を運び込むとあの静かだったリビングは

「またいつもの日々が戻ってくるのだ」

という予感とともに。一瞬にしてカオスとなる。

荷物を片付けてしまうと、私は待ちわびた自分の台所に

立つ。

どうやら私はどんなにごちそうを食べた旅行でも、

どんなつまらない物を食べたときでも結局はここに戻って、

きちんと料理をしたいと必ず最後には思うようだ。

「今日は御飯にみそ汁にしようね」

そういうと、みんな「うんうん。」と満場一致だった。

やっぱり原点はここなんだ。

きちんと米をといで、みそ汁を作る。空っぽの冷蔵庫での

やりくりだからたいした物は作れないけど旅行から帰って

来たときはこれが何よりのごちそうに感じる。

やっぱり旅の終わりはみそ汁で決まりだ。

ただの御飯もみそ汁も格別においしい、自分のベッドに入るのが

この上なく心地よい。

旅行によってもたらされるしばしの非日常は時に

日常を最上級にまで仕立て上げてくれる。

一週間、7人分の洗濯物は丸二日がかりで片付いた。

お天気が味方してくれてからっと乾いてく

洗濯物を見るのはなんとも気持ちよかった。

早速買い出しにいって冷蔵庫も満タンになった。

さて今日は何を食べようか?

いよいよ最後の洗濯物を取り込みタンスの

中もいつものように洋服が埋め尽くすようになると

いよいよ日常が戻って来る。

旅は終わった。

こうして長かった冬休みは幕を閉じ、満タンの冷蔵庫と

からっとおひさまの匂いを詰め込んだタンスが

また新しい毎日を連れて来る。

8月がやって来る。ブラジルでは新学期がはじまる。