Sítio その3 乳搾り

田舎での一日はあっという間で怒濤のように夜が来て、

焚き火を味わう間もなく子供たちは眠りについた。

ようやく静かな火を囲んで大人はしばし談話にいそしみ

眠りこけるともう既に朝だった。

恐るべし子供たちはすっかりエネルギーチャージされ早朝から

かけずり回っている。また一日が始まった。

そんな姿を遠目で見ながら「一体あの体力はどこから来るのか?」と

溜息と微笑みを交えて友人と見守る。男の子のお母さんってのは

体力勝負なのだ。

元気な子供たちと同じく田舎の朝は早い。

早速近所のおばさんが自分の家の牛の乳を搾る時間だと

いうので参加させてもらう事になった。学校の体験学習の乳搾り

とは一風違うリアルな体験。

赴いてみるとおばさんは既に庭にいる子豚と鶏にえさをやり終えて

いて、次は牛に餌をあげる為のサトウキビを畑から刈り取り

担いで帰ってきたところだった。

静かな佇まいにマッチョな風貌、言数少なく手際よく

力む事無くそれでいてスムーズに事を運ぶ恐るべし達人おばちゃん。

この色の黒いがっしりした体格のおばちゃんは何でもやる。

あるときはクリスマスか?と思わせるほど大きなバナナの木を

一本かついで道を歩いていたらしい。

田舎の女性は強くて働き者なのだ。

そして家畜の世話から畑の事まで良く知ってるという知恵者でもある。

そんな知恵者でありながらとにかくタフなこのおばちゃんは

大きな体に締まった筋肉とふくよかな乳房をぴちぴちの服に

押し込めて既に50歳は越えていそうなのに

セクシーさを忘れない辺りブラジル人女性らしくて印象的だった。

家畜の世話とておしゃれは忘れない。

豚や牛や鶏の為に朝6時頃はにサトウキビ畑からサトウキビを

とって来て鉈で一口にカットする。その様の手慣れた事。

高級中華料理店の包丁さばきのようにぬかりなく

子気味よい音が辺りに響く。

 

穫れたてのサトウキビを刻みながら何も言わずにザクザクと皮をむき

おばちゃんはおもむろにサトウキビを私達皆に配ってくれた。

朝ご飯前の子供たちは夢中でするめのごとくしゃぶりつく。

甘くて元気な味がしたたる。

いよいよ牛のお母さんに餌を持って乳を絞りにいく。

これまたこなれたワザで牛の後ろ足を縛り、ささっと乳房を洗い

あっという間におばちゃんは乳を絞りだした。

「じゅっじゅっ」と勢いよくアルミの缶にお乳が湯気を出して

集まる。

子供たちはチョコレートパウダーの入ったアルミのカップを手に

順番を待つ。

おばちゃんは次々子供のカップにお乳を搾ってくれる。時々子供たち

が一緒にしぼってみてもおばちゃんのような勢いで乳を搾る事は

なかなかできない。乳搾りは見るとやるとでは大違いなのだ。

暖かな牛の体温で湯気の立ち上るミルクがカップを一杯に

満たしていく。

できたてほやほやのホットチョコがひんやりした田舎の朝に心地いい。

私はお乳をチョコレートなしで飲んでみることにした。

牛乳の概念が覆る。これはおっぱいだと感じた。

おっぱいは牛乳とは別物なんだ。これは大発見だった。

これは確かにあかちゃんにあげる為のものなんだとはっきりわかったのは

自分も授乳中だからなのだろうか。

癒されるような、満たされるような滋養の味がする。

お母さんの愛を感じるような乳の味。美味しいような

美味しくないような味。確かに栄養がたっぷりな感じがする。

これで牛が育つというのが感覚でわかる。

暖かな自分のおっぱいの味を想像しながら目の前の牛のお母さんの

おっぱいを味わいながら不思議と私達が別物に思えなかった。

私達がお乳を搾ったあとには、お母さん牛にサトウキビの御飯をあげて

次は子牛がおっぱいを飲む。そうするとまたお乳がよく出るらしい。

そんなシステムだって人間とおんなじだ。

お乳を搾らせてもらう時も、お乳を引っ張るとおっぱいが張ってくる

ような感じでおっぱいがでる。子牛がおっぱいを飲んでる様子も

まるで我が子と同じじゃないか。

そう思っていると子牛に触発されたのか我が家のあかちゃんも

私のおっぱいにしがみついておっぱいを飲み始めた。

牧場で牛の親子と共に「あぁ、お宅もですかぁ」という感じで

授乳するのもなかなか悪くない。妙な親近感が漂う牛小屋の朝。

 

昨日の祭りの牛の肉料理といい、この牛のお乳といい

本物の食べ物には命をはっきりと感じたのだった。

肉も,ミルクも命でできているんだ。

ブラジルに来て初めて食べた穫れたてのマンゴーやバナナとも

ある意味で質は違わない。

植物か動物かの違いで命の生々しさはどちらも一緒なのだ。

一言で言えば「生々しい」。

命はちょっと気持ち悪いくらい生々しいのだった。

それを食べるという事が気持ち悪くもあり、気持ちよくもあり。

生きるってことはどっちもあるってことなのかと思ったのだった。

そんな命が枯れる事無く一年中わき起こっている国が

ここブラジルなのだ。

 

ともあれ人生初の乳搾りも無事に終え、あっという間の

一泊二日を終え、電気のない家から家路に着いた。

楽しかったいろいろな思いではさておき,早速洗濯物で

てんやわんやとなりあっという間に夜になった。

その夜は双子と末っ子、我が家の男の子3人と一緒に久々に

バスタブにお湯をためて入ることにした。

もう次は10歳になる双子はいつまでこうしてお風呂にはいって

くれるだろうか?

皆気がつけばうんと大きくなってお風呂はとても狭くかんじられた。

しばしそんな感慨に耽っていると双子の一人が私のおっぱいをしげしげと

見てふと何かに気がつく。

「ママ、そのおっぱいあと2個同じのがついてたら牛になれるよ。」

「。。。」

「いや、ならなくていいけど。。」

そんなオチが用意されていようとは。

シーチウでの様々な思い出を残して今日も夜が更けていく。

牛のお乳と私のおっぱい。数は違うけどわたしもまた

生々しい命を与えるお母さんなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sítio その2 色のある世界

近所の挨拶回りも一段落し,お昼御飯の頃に地元の祭りに出かける

ことになった。

私達だけだったら絶対に入り込めないようなめちゃくちゃローカル祭りに

連れて行ってもらうことになったのだ。

田舎の道をさらにいけどもいけども山道をいくと、

いきなり現れた何も無い牧場。

場違いに沢山停まっている車を見てようやく会場に着いたという

事がわかった。

さすがローカル祭り、こんな目印もなさそうな所に

いとも当たり前のように人が大勢集まってくる。

そして来てる人たちは地元のカウボーイの格好をしている人が多い。

この祭りは日本でいうところの盆踊り的な感じで

来る人は自分のセイント(神様)を持ってきて、いくつか作られている祭壇に

祀って歌と踊りを捧げる。5〜6カ所にある祭壇は一列に並び、それぞれに

赤や青、緑の色鮮やかなセイントが置かれてあってその前に人が列を作って

ギターの伴奏と独特の高音の歌声で、はもりながら歌を歌い手を叩いて

足踏みをする独特のダンスをする。そうやって自分のもってきたセイントに

みんなで祈り,歌う事で再び神聖なエネルギーをチャージして

また家に連れて帰るらしい。

踊ってるのは殆ど老人で時折孫と見られる子供がいる。

祭りに来る人々の中にはもちろんいい年のお姉ちゃん達もいるけど,

セイントなんか見向きもせず携帯をみながら人待ち顔でその辺を

うろうろしている。

若者達はこの片田舎でこんなに人が集まるチャンスを逃すまいと

いわんばかりにかっこつけて明らかに出会いを、何かが起こるのを待っている

ようだった。

老人達は目に見えぬ世界へ酔いしれるかのように真剣に

セイントへの祈りを捧げ、

かたや若者達は今まさに目の前にいる男と女に焦点を絞っている。

祭りの楽しみ方はそれぞれだ。

そんな対比が面白くどこか日本の夏祭りのような雰囲気を彷彿させる

のだった。

今の季節にしては日差しの強い午後、いよいよ一つ、また一つと

セイントの前に組んでいた列が歌を歌い始める。

日陰になる屋根はここにしかないからか、それともみんなそれほど

熱心なのかセイントの祀られた小屋の下は人であふれていた。

老人たちは目を閉じ,耳をおさえて自分の歌の音程に集中している。

あってるのか、あってないのか分からないほど高音で歌い始める

老人達。ギターがじゃんじゃか鳴り響く。

いたこも真っ青というほど皆、踊りに酔いしれている。

ローカルの人々の中で、いやすくなくともブラジル人のなかで

私達の浮いた存在を感じる。いかにも観光者っぽいみかけの

外人は私達だけだった。時折「何だこのアジア人は?」とう視線を

背中に感じつつブラジル人の友達がローカルの友達に話しかけるのをみて

「あぁ、まぁ仲間か。」的な感じで幸運にもここにいるのを許された

ようだった。

そんなためらいも忘れるほどの熱烈な歌と踊りを眺めていると

踊る人々の個性的な顔に目が止まる。どれ一つ同じ人がいない。

不揃いな個性。歯のないひと、しわの深く刻まれた日に焼けた顔、

牛のような女性、お尻の異様に大きい人、マンガに出てきそうな鼻のおじさん。

まるで写真集のように赴き深い人々の顔。人々の人生がそこに

浮き彫りになっているかのようだった。

どれ一つ同じ顔がないというのは当たり前のようだけど

ここまでずば抜けた個性を見たのはいつぶりだろう?

スーパーに並ぶような単一なみかんではなく不揃いの野性みかん

のような人々。まだ自然の原型がそこにあるかのような

不思議な人たちの集まり。

今や絶滅危惧と思われるほどローカルでオリジナルな人々は

なんだか祭壇のセイントと同じくとてもカラフルだと思った。

そして歌う老人の周りにいるおばちゃん達の色気付いたおしゃれも

まだまだ若者には負けていない。女はいつだって女でいたいのだ。

ここにも色があるようだ。

そんな色々な風景に圧倒されつつ、おじいちゃん達の互いに耳を

抑えながら高音ではもり合うかなり真剣な叫び声に近い歌声

と振動に包まれると不思議と気持ちよかった。

ふと見ると10歳くらいの男の子が先頭に立つギター弾きのおじいさんに

習いながら自分も伴奏のギターを誇らしげにひいていた。きっと

昔からずっとこの祭りにでておじいさん達を見ていたのだろう。そして

今日とうとう自分もこの祭りの列に加わる事が許されたのだろう。

この地域の歴史と,人々の暮らしと繰り返されるつながりを

感じるようなお祭り。

その音のただ中に挟まれ私もセイントと同じようにりチャージされた

気分になった。世界には色があふれてるんだ。

 

さて、踊りも一段落して周りをみるとお祭りらしく昼食が振る舞われて

いた。

話にきくとその日はお祭りの為に牛が2頭殺されたらしい。

牛2頭。みんなが食べる為に締めたのだ。

私は普段は菜食だがこの日は皆と同じ物を食べた。フェジャンオという

豆と牛の臓物の煮込み、肉とジャガイモの煮込み、御飯、なにやら

ぐつぐつ煮えてるでかい鍋。

ぞっとするほど大量の肉と生々しいエネルギーに圧倒されながらも

そこで生きる人々がそこであるがままに料理し、食べ、わかちあう

何かがそこにあった。

肉の味、料理の味、命の味。

味は塩味かどうかというより、肉味かどうかというよりも

エネルギーなんだと思った。

生々しい命の味。強い命の味。牛が私達にくれた味だった。

個性的な命を彷彿させるブラジルのローカルの人々の命と

今まさにここで命を与えてくれた牛の命と,全てが

生々しくいかにも生きていて、時に気持ち悪く

時に華やかで暖かく、生きるという事の本質を

目の前に突きつけられたような気がしたのだった。

そのあまりの衝撃に普段は何でも食べられる長女はお皿を

手にする事すらできず、ただその風景をじっと見つめ

その場を早く立ち去りたいという気持ちを抱いているようだった。

 

こうして照り付ける太陽の中、あの祈りの音と足踏みの振動が

鳴り響く中、人々の雑踏の中で私達は本物の命に本当のブラジルに

出会った気がしたのだった。

 

 

Sítio その1 電気の無いところ

先週末同じコンドミニウに住む家族に誘われて

Sítio(シーチウ、田舎のエリアのこと)にお泊まりに

家族で出かけた。

ここは「木の家」と彼らが呼ぶ場所で、ホリーデーハウスのように

週末だけ訪れている。我が家から車で1時間半ほどのところに

ある「木の家」の辺りはブラジルのローカルが多く住んでいて

田舎の暮らしが未だ残っている場所だそうだ。

こりゃ行くっきゃない!私達の家の周りも牧場でまぁまぁ田舎の

方だと思うのだけど、それより田舎でしかもローカルの暮らしを

拝見できるなんて!こんな所にいけるなんて私達の力だけでは無理だろう、

そう思うとやっぱり世界中どこでも持つべき物は友達だ。

ここの家族にはうちの子と同じ学校に通う1年生と幼稚園の男の子がいて

我が家の双子とマブダチでもある。お母さんはブラジル人,

お父さんはアメリカ人なので家族全員英語とポルトガル語を話して

くれるのも私達がコミュニケーションをとるのに幸いした。

また彼らはブラジルの伝統的な遊び等の研究をしていてスローな

ライフスタイルが似ていたこともあり我が家とすぐに仲良くなったのだった。

こうしてとうとうブラジルに来て初めて家族ぐるみで仲良くできる

家族とであったのである。

話にきくと「木の家」はもともと友人の友達が住んでいた場所で

しかもその人はドイツ人で5人の子供を持つシングルマザーの

アーティストだった。

若干私と経歴は違う物のその話を聞いただけで、なんとなく親近感を持たずに

いられない。なんだかご縁がありそうだ。

高速をおりてぐんぐん山を登っていくとちらほら現れる家や集落。

私達の住むエリアとは随分違って色の黒い人たちが多く見られる。

馬に乗って何処かへ出かける人や、自宅に動物を飼う人も多くみられる。

いよいよその辺りに来たらしい。

草原に放たれた馬の子供がお母さんのお乳を飲んでいる風景は

日常的であたたかだった。牛も馬も鳥もみんなリラックスして

その辺をふらふらしてる。

道もいよいよアスファルトはなくなり、7人乗りに荷物を詰め込んだ

車が重たそうに坂道を上る。「ここは道か?」というような場所を

ぎりぎり通りながらこの辺では見かけない車が来るのでじろっとにらむ

ローカルの人と目が合うのにどきどきしながらも、

友人が窓から顔を出して「Oi(やぁ!)」と声をかけるとみんな

「なんだ、あんただったのかい!」という感じで挨拶をする。

どうやら近所の人らしい。

そうこうしてゆっくり挨拶をしながら道を走りいよいよ

私達は「木の家」に到着した。

そこには既に昨日から向こうのお父さんと一緒に泊まっていた

双子がそこの家の子供とかけずり回って遊んでいた。

小さな小高い山の中にある家。ハンモックがいくつもかかっていて

南国のリラックスした雰囲気が醸し出されている。

中を見ると,以前の持ち主が置いていったままのドイツ風の

インテリアがブラジルの家にしっくりとなじんでいた。

また何故かこの雰囲気は慣れ親しんだ場所のように私達を安心させた。

ブラジルとドイツのミックススタイルというのは悪くないものだ。

そしてこの辺りはほんの10年ほど前まで電気のない地域だった

のでこの家にも電気はない。ガスは一応あるが

お風呂もお湯もすべて台所にあるかまどのような場所で

火をを起こして料理もし、お湯を作りシャワーに使う

システムだ。もう完全にスローライフ。

ついたら早速周りを見がてら近所の人の家に挨拶にいく。

なんだか昔おばあちゃんちに夏休みに長期滞在したときみたいだ。

お土産を持って村中をおばあちゃんと一緒に挨拶して回ったものだった。

「こんにちは東京からきました。」

そうすると田舎の近所の人が「よくきたねぇ、挨拶できてえらいねぇ。」

といってお菓子をくれた。「今夏休みで遊びにきてるのよ。」とおばあちゃんが状況を

説明しながら玄関先でお茶飲みながら話し込む。そんな懐かしい

村の挨拶巡りを思い出す。

さて近所を巡ってみると,確かにスローライフはあちこちにみうけ

られる。みんな電気こそあれ、家はこの「木の家」とほぼおなじ

作り。台所にはガスもあるがかまどがあって火もおこしていた。

そのかまどの上には何か動物の臓物のような物が竿にかかって

干してあって,聞いてみると豚の内臓だといっていた。料理に

使うらしい。庭には豚に鶏に果樹があってどれも彼らの生活の

為にともに生きていた。

けれど既に街の力はここにも及び、インターネット、電気、

今風の内装に改築されピカピカに掃除された家は10年前のそれと

残念なことに随分違うと友人は言った。確かに「木の家」の方が

雰囲気はぐっとしぶかった。あの家は幸運にもその頃から時間がとまった

まま引き継がれていたからだ。

もちろん、電気やガスのない暮らしが不便な事はわかっているし

それがあることで日々の女の仕事がどれだけ助かるかもわかっている。

のどかな風景の昔ながらの面影を残してほしいが故に

その不便な暮らしや日々の慎ましく厳しい自然との共存を

都会で便利に暮らす私達がこのような地域に住む人々に託そうと

思うのは勝手かもしれない。

けれど、やっぱりこんな素敵な面影がいつかなくなってしまうのかと思うと、

家だけでなくもしかしたらこの暮らしぶりさえもなくなってしまう

時が来るのかもしれないと思うと、私達のルーツを失ってしまうような

心もとなさと友にとても心が痛んでならないのだった。

けれど幸いにもこの近所の人は便利な物も取り入れてはいるが

いまのところ、豚も牛も鳥も一緒に暮らし、畑があって果物があって

村中でコーンフレークをつくり、家中で豚を締め丸ごと頂くような

暮らしを紡いでいらっしゃるのだった。

日本でもブラジルでも本当の田舎暮らしの危機はあるんだなぁ。

次の世代の私達がどういう風にそれを紡いでいく助けができるんだろう。

日本の裏側の電気の無い木の家にやってきてそん事をふと思った

のだった。

 

 

 

 

盆生まれ

日本では夏休みまっただ中の8月ににこちらでは

新学期がはじまる。

初めてブラジルに来たときも日本では夏休みに入ったばかり

だったのにもう学校に行かねばならずあの年は

夏休みを損した気分になったのだった。

あれから一年。今年もとうとう8月になり

あっという間の冬休みが終わって新学期が始まったのに

いつもより嬉しそうにしているのはお盆生まれの次女。

次女はお盆うまれだから誕生日には来てくれる友達が

今まで殆どいなかった。というか盆に誕生日会を開こうと

思った事は殆どなくたいてい家族で慎ましく誕生を祝ってきた。

けれどようやく日本の裏側ブラジルで日の目をあびる時が来た。

「こんな日が来るなんて!」地球を半周してよかったと

いわんばかりにウキウキしてる。

新学期はじまってからは「誰を呼ぼうか?」

「誕生日ケーキはチョコがいいからね!」などなど

その話で持ち切りだった。

そんな風にして新学期始まってそろそろみんな

エンジンがかかってきましたよと言う感じの8月下旬に初めて

ブラジルで次女の誕生日パーティーを開く事になった。

吟味して吟味して仲のよい友達を何人か呼ぶ事にした。

それだってやはり女の子は一苦労。

「あの子とあの子はあんまり仲良くないんだよね〜でも

あかりはあの子好きだから呼びたいんだよね〜どうしよっか?」

などなど5年生ともなると子供世界の人間関係も複雑らしいのは

ブラジルでも同じようだ。

それでもどうにかこうにか仲良しさんに招待状を作り

私はバースデーケーキのリハーサルをさせられ、ランチの

メニューを提示しなんとか合格サインをもらった。

みんなでやるゲームはこの国の人は知らないであろう、

パン食い競走のおかしバージョンと飴食い競争に決定しており

普段めったに買ってもらえないキャンディーの色々に

既に弟達は興奮しつつ「誕生日っていいなぁ!」という

空気は家族全体に広がっていった。生真面目で入念な次女は

そんな浮き足立った弟らに喝をいれつつ、あくまで主役は私だ!

と主張せんばかりにお菓子の類いを厳しく取り仕切り

自分はゲーム用のキャンディーを袋に詰める作業や、

ゲームのリハーサルまでやった。

前日には運動会の前夜のような緊張感に包まれ
眠れなくなるほどどきどきしながらいよいよその日を迎えた。

当日は気持ちのいい晴天。朝早くから来てケーキ作りを手伝ってくれる

友達がきてにわかに舞台裏は動き出す。

たった今冬が終わったばかりなのにどうやら今日は

真夏日になりそうだ。

お手伝いのはずの友達も主役の次女も仕込み半ばで気がつけば水着に

着替えてプールに飛び込む。準備は入念な割にその辺は適当

らしい。

そんなこんなをしているうちに続々と友達が到着する。

近所の家の子供たちもちらほら集まって来る。

こうして流れるように総勢十数名の子供たちが群がって

誕生日会は始まっていた。

春とは思えない夏の天気と次々と元気にプールに飛び込む子供たちの

姿に日本も今夏休みだったなぁと思い出した。

けれどお盆の雰囲気はここでは全く感じられない。

次女の誕生日とお盆はいつもセットだったから

お盆の無い国にいるというのはなんだか変な感じだった。

何もかもがぐるっと姿を変えてしまっているのだ

ということに改めて気がつく瞬間でもあった。

リハーサルのかいあって、ランチも好評,ゲームの

飴食い競争やパン食い競走は顔を粉まみれにした子供たちが

「もう一回もう一回!」とせがんでくるほど

ブラジルの子供たちにも大人気だった。

一通りはしゃぎきったところでバースデーケーキに行く前に

仕込んでおいたクッキー生地をもってきてみんなで型抜きして

焼いてお土産にした。こういうちょっとした手の仕事は女の子は

大好き。次々とプールから飛び出して水着姿でクッキーを作る

様子はさすが南国ブラジルという感じだった。

どの子も一杯遊んで喋って、女子達のかしましさもかわいらしく

真夏の太陽のようにきらきらした時間のなかではしゃぎ回る

次女の思い切りの笑顔がまぶしい誕生会だった。

今までと違う音、違う空気、違う光の

なかで懐かしく思い出す11年前のあの瞬間。

 日も暮れかけた頃いよいよほぼ1キロの粉で作った

特大チョコレートケーキの登場でパーティーはクライマックスを

迎える。

ブラジルの誕生日ソングを皆に歌ってもらって思い切り

ロウソクを吹き消すとまた一つ大きくなったんだってことが

ひしひしと感じられた。

「お一つどうですか?」お迎えにきた親御さん、物見に

来てくれたご近所さん、周りにいる全ての人にケーキを振る舞う

のがブラジルスタイル。まるで家の上棟式の餅まきのように

おめでたい気持ちをふりまき分かち合う。

生まれて初めての盛大な誕生日パーティーはこうして無事に幕を

閉じた。

片付けが終わって一息つく頃にはもうすっかり辺りは暗くなって

次女はハンモックであっという間に寝てしまった。

いつもは長女の下、双子の上、という微妙なポジションで

主役になれる事の少ない次女という立場。私も二番目の子供

だからなんとなく気持ちはわかる。

けれどとうとうブラジルで初めて迎えた主役の座。

輝く太陽と子供たちの笑い声に包まれた次女の日焼けし

いきいきとした笑顔を見ながらこれからもいつまでも

自分の人生の主役でいてほしいと願った。

お盆だろうと次女だろうと

こうして一人一人に燈がともる誕生日。

その光をあびた次女の顔が忘れられない一日だった。

 

 

 

 

一年。

とうとうブラジルでの生活が一年を迎えた。

今でもよく覚えてる到着した夜のこと。

真夜中に到着した新しい我が家の景色。疲れと興奮と

安堵の気持ち。

そしてそのすぐ後にあった近所の子供の誕生日パーティー。

「誕生日おめでとう」の言い方も知らなかったあのころ

ひょっこり顔を出させていただいたあの日から一年。

まさしく丸一年目のその日に再び近所の男の子は一つ大きくなり

誕生日パーティーを開き、もちろん今ではすっかり

「マブダチ」になった双子君とともに招かれた私は感慨深く

誕生日をお祝いさせてもらいました。

あの頃子供たちは毎日日記をつけていて、ふとそれを手に取ってみると

「8月19日晴れ 今日はブラジルではじめて学校に行ってみんなに

いろんなことをブラジル語でおしえてくれたけどそんなにわかりなかった。

Bom dia-おはよう。Oi-やぁ。」

と書いてありました。

あぁなんて初々しい。

あぁ一年でこんなに大きくなったんだねぇ。

誕生日でブラジルの友達と遊び回る双子を眺めつつ

その家のお母さんと話をしていると

「今日であなたも丁度ブラジルに来て一年ね、おめでとう!」と

言ってくれた。暖かいブラジルの人たち。

感謝の気持ちで一杯だった素敵な夕べ。