一年。

とうとうブラジルでの生活が一年を迎えた。

今でもよく覚えてる到着した夜のこと。

真夜中に到着した新しい我が家の景色。疲れと興奮と

安堵の気持ち。

そしてそのすぐ後にあった近所の子供の誕生日パーティー。

「誕生日おめでとう」の言い方も知らなかったあのころ

ひょっこり顔を出させていただいたあの日から一年。

まさしく丸一年目のその日に再び近所の男の子は一つ大きくなり

誕生日パーティーを開き、もちろん今ではすっかり

「マブダチ」になった双子君とともに招かれた私は感慨深く

誕生日をお祝いさせてもらいました。

あの頃子供たちは毎日日記をつけていて、ふとそれを手に取ってみると

「8月19日晴れ 今日はブラジルではじめて学校に行ってみんなに

いろんなことをブラジル語でおしえてくれたけどそんなにわかりなかった。

Bom dia-おはよう。Oi-やぁ。」

と書いてありました。

あぁなんて初々しい。

あぁ一年でこんなに大きくなったんだねぇ。

誕生日でブラジルの友達と遊び回る双子を眺めつつ

その家のお母さんと話をしていると

「今日であなたも丁度ブラジルに来て一年ね、おめでとう!」と

言ってくれた。暖かいブラジルの人たち。

感謝の気持ちで一杯だった素敵な夕べ。

 

家族旅行

長かったワールドカップもドイツの優勝で幕を閉じ

気がつけば一ヶ月ほどもある冬休みも

間もなく終わろうとしていた頃、家にいるのが退屈になって

学校が始まるのが楽しみになってきた子供たちを

最後の最後で思いがけない旅行に連れ出す事にした。

ブラジルにいる間に絶対に訪れておきたかった場所

イグアスの滝。

地球ががくっとずれ落ちたまま、そこに命が湧き出たように

あふれる水が流れ落ちるその滝の写真を見た時に

心臓がゾワッと毛羽立つような力強さを感じたのを覚えている。

そんな地球が生きていると感じられるような、地球が生きていたと

感じるようなそんな場所に家族旅行にでかけた。

今回も見事に無計画というかあまりにも突拍子もない

旅行だったが、もうそれに慣れたのか準備の手際は良い。

宿泊先はアルゼンチンにあるイグアスの町の小さなシェアハウスの

ような場所だから料理も出来る。

あかちゃんを連れて初めての長旅、しかも異国(って言ってもブラジルも

すでに異国と言えるけど)とあれば料理が出来るのはありがたい。

スーパーでもらって来る頑丈なバナナの箱に

圧力鍋やお米や梅干し、味噌などを詰め込むと不思議と心強くなる。

日本でよくキャンプに子供を連れていっていたころを思い出しながら

パッキングを進める。

気がつけば食料のパッキングだけは念入りであとはイグアスについての

インフォメーションもアルゼンチンについての検索もほとんどしないまま

車は既に旅に出ていた。

私の住む町から車で1500キロ。

1500キロと言えば日本の本州を横断出来るほどの距離だ。

それなのに「へぇ1500キロかぁ,遠いね」程度で

旅行に出ようと思ったのは土地感覚のない外国ならではだろう。

日本にいたとしたら、青森から下関まで車で行くのはかなりきつそうだと

簡単に察しがつきそうなものだけど、その辺のイメージがうまくできない

のが良くも悪くも外国なのだ。

見慣れた景色がぐんぐん遠ざかり、行けども行けども麦とトウモロコシが

広がる広大な土地をひた走る。

どこまでも見渡す限りの畑。こんなに遠くまで町もなく、家も無く

ひたすら畑が広がっているなんて本当にブラジルはとてつもなく広い。

それにしても広大な畑に植えられたこの麦やトウモロコシは

一体誰が食べるというのだろう?

途中にいくつもの集落や町を通り越しながら目的地へ向かう。

時々出て来る町の名前を地図でチェックしてみると、思ったより

進んでいない事がわかり愕然とする。もしかすると一日10時間ほどの

ドライブというのは何かの間違いで以外と5時間くらいでなんとか

なるんじゃないか、なんて根拠のない期待は見事に打ち砕かれる。

はるかかなた、1500キロの旅の重みをリアルに感じながらも

車はひたすら目的地を目指す。

今回もいつも通り地図はグーグルマップを手書きで写した紙切れのみ

で見知らぬ異国の地を走る。

詳細なデータのないこの状況も今やすっかり慣れてしまった。

この手書きの地図だって今や頼りないどころか信頼のおける

ものに感じられる。

私達はここに来てからいつだってこんないい加減な地図と

ちょっとの勘で目的地にたどり着いてきたのだから。

長時間ドライブの車内では子供たちがハリーポッターの

オーディオブックに釘付けになっている。

荷物と人で狭苦しい車内をハリーの大冒険と私達の大冒険が交差する。

家族旅行と言えば子供の頃よく渋滞を避ける為に深夜出発で

車に毛布を持ち込んで、暗い中お父さんが運転をしてくれたものだった。

夜中に起こされて「さ、行くよ起きて!」といわれると眠いような

わくわくするような変な気持ちがしたものだ。

朝方起きると車はすっかり東京のコンクリートを離れ、木々と土

から上昇する朝のさわやかな空気が飛び込んできたて長時間ドライブの

疲れを吹き飛ばしてくれた。

車のフロントガラスは夜じゅう走ったという疲れを見せるかの様な

小さな虫達のつぶれた死骸で随分汚れていて、

その澄んだ空気と汚れたガラスのギャップが余計遠くまで来たんだ、

と実感させてくれるのだった。

朝になりおなかが空いた子供たちには母が用意してくれたおむすびや

手でつまめるおかずが待っていて車の中はにわかに騒がしくなる。

何度も見た車内の朝の風景だ。

そんな時母はまだ運転している父に助手席からおむすびを食べさせて

あげていた。それを見るのが私は好きだった。

その思い出のせいなのか、私は車での旅行が今でも好きだ。

遠くても出来るだけ車がいい。もちろん快適な空の旅の良さもあるけど

このお家を持ち込んだような親密な空間が好きなのだ。

そんなわけで私ももちろん車ピクニックを準備していた。

必須アイテムおむすびは梅干しをいれて傷みにくく,酸味が

疲れを癒してくれる。それに若布ふりかけを混ぜて少し

塩気を強くしておくと疲れた体に美味しく感じられる。また

のり巻きも外せない。閉め切った車内では酢飯の酸味も美味しい。

キュウリと梅を巻き込んで、これまた子供たちに人気のピクニック

メニューになる。その他に、みかんやリンゴ、キュウリに味噌。

「だれか食べる人〜?」の声に

誰しもが「は〜い!」と威勢良く声を上げる。

おむすびの匂いってどうしてこんなに食欲をそそるのだろう。

車内に広がる匂いにおなかが空いていなくても、

つい一つ手に取ってしまうのがおむすびの魔力だ。

続いてもわっとした車内に広がるみかんの爽快に香りに、

みんなにわかに元気が出て来る。

幼い頃乗り物酔いしやすかった私はよくこうして車でみかんを

食べた。新幹線に乗ったら冷凍みかんを買ってもらった。移動に

みかんはつきものだった。

あの密室のような乗り物のなかで食べるみかんはいつも私を

助けてくれたのだった。まさかここブラジルでも日本のみかんが

手に入り、それをお供に車で旅をするとは思わなかったのだけど。

おむすびやのり巻きを食べる子供たちを横目に、運転手の主人に

「梅にする?それとものり巻きにする?」と尋ねる。

「梅にしようかな」というドイツ人の主人。なかなか日本人らしい

風情がわかる人なのだ。

助手席から手を伸ばし梅のおむすびを口に運んであげながら旅路を

進む。

みかんの香り、おむすびの匂い。日本とブラジル,思い出と今が

交差する車内。

ブラジルの国境を越え,橋一つ先はもうアルゼンチンだった。

驚いた事は橋一つでこんなに音が違うということだった。

私はそのとき初めて国が違うという事は音が違うという事だと

理解した。

音が違うと空気も違う、振動が違う、雰囲気が違う。

話す言葉が,リズムが違う。そして姿かたちも変えていく。

この南米という一続きの大きな大陸はこうして

国境を一またぎするだけで空を飛ばなくてもこんなにも

違いを生み出すことができるのだ、いうことは日本人の私には

衝撃だった。

そんな衝撃を受けながら人の会話を聞いてみると

ポルトガル語とスペイン語は似ていると言われるが

音はやっぱり違った。

そしてよく聞いてみると同じような単語があるのに

ポルトガル語を話す我が家の双子は

スペイン語を聞き取れなかった。おそらくリズムと音が

違うので全く知らない言語に聞こえたのだろう。

そんな子供たちの姿をみていると彼らがどれだけ音や振動の

相違をまたは共鳴を大人よりも繊細に感じ、

そしてそれらからいかに多くを吸収

しているのかということを思わずにいられなかった。

なじみの無い音ではあるがスペイン語は心地よかった。

優しく猫がそばにすりよってくるようなそんな感じがした。

親しみと戯れと、アルゼンチンはブラジルとはまた違う

ラテンの雰囲気だった。

そしてとうとう目的地イグアスの滝に向かった。

木々の中に見え隠れする川を眺めつつ遠くから「ど〜」と

絶え間なく、まるでこの森全部がその音に包まれるような

滝の落ちる音が遠くから響いている。そこには確かに滝が

あるのだ。

歩道を急ぎ足で進む。もちろんこの先を歩けば滝があるなんて

ことはわかりきっているにもかかわらず、体中でこの滝から

響く大きな振動をキャッチしながら少しずつ確かに滝の

目前に近づいているという感覚を歩道からでなく、自分の

内側から感じつつ歩みをすすめるのはとてもスリリングだった。

体が振動に呼応する。自然と体は畏れを抱く。

あまりにも大きな何かに、自分を越えた何かに出会うのを

楽しみにしながらも畏敬の念が否めない。

あぁ自然とはなんて大きく強いのだろう。

飲み込まれそうな大きな滝、しぶきをあげる水は

絶え間なく、この力は一体どこから湧いてくるのか。

まるで大海原の波を抱くような地球のパワーを目前にして

すっかり体も意識も飲み込まれる。

この場をしっかり咀嚼するにはまだまだ時間がかかりそうだった。

そこを通り過ぎて,見て、水しぶきをあびて

帰ってくるだけではすまないような気がしたのだ。

現実と非現実が交差するイグアスの滝で私はしばし呆然と

立ち尽くした。

目を閉じて周りにいる人も、滝さえも見ずにただ滝の側に

佇んでみた。

目をつぶるとあの恐ろしいほどの滝は絶え間ない振動に

なり、吸い込まれるほどの激流となった滝壺から吹き上がる

水しぶきは命を潤わすようなしっとりと優しい沐浴のように

感じられた。

夢中で歩いてきて随分な距離を歩いたからか、それともこの数日の

車移動によるものか、体は随分と疲れていたようだった。

イグアスの滝はそんな私の体を命の根底から癒し再び

歩き出す力を与えてくれたようだった。

大自然と異国との狭間で興奮冷めやらぬまま、あっという間に

時間は過ぎ、再びあの親密でありながらやや疲れをもたげた

狭苦しい車での旅路に戻る頃となった。

ブラジルの国境に入り人の話声が聞こえる。

「あぁ帰ってきた。」

私にとって初めてポルトガル語がなじみ深く親しみ深く

感じられた瞬間だった。

このリズムこの音、そうだもうここに来て一年だ。

まだ明るいうちに家に着く。

帰りを待っていた犬達は嬉しそうに飛び回る。

家に入るときちんと片付けられた空っぽのリビングが

この上なく気持ちいい。

誰ともなく「あ〜やっぱり家がいちばんいいなぁ。」

と口々に話しだす。決して旅行がつまらなかった訳でも

辛かった訳でもないはずなのについ口からこぼれてしまう

この一言に何故か毎度ほっとしてしまう。

山のような洗濯物と荷物を運び込むとあの静かだったリビングは

「またいつもの日々が戻ってくるのだ」

という予感とともに。一瞬にしてカオスとなる。

荷物を片付けてしまうと、私は待ちわびた自分の台所に

立つ。

どうやら私はどんなにごちそうを食べた旅行でも、

どんなつまらない物を食べたときでも結局はここに戻って、

きちんと料理をしたいと必ず最後には思うようだ。

「今日は御飯にみそ汁にしようね」

そういうと、みんな「うんうん。」と満場一致だった。

やっぱり原点はここなんだ。

きちんと米をといで、みそ汁を作る。空っぽの冷蔵庫での

やりくりだからたいした物は作れないけど旅行から帰って

来たときはこれが何よりのごちそうに感じる。

やっぱり旅の終わりはみそ汁で決まりだ。

ただの御飯もみそ汁も格別においしい、自分のベッドに入るのが

この上なく心地よい。

旅行によってもたらされるしばしの非日常は時に

日常を最上級にまで仕立て上げてくれる。

一週間、7人分の洗濯物は丸二日がかりで片付いた。

お天気が味方してくれてからっと乾いてく

洗濯物を見るのはなんとも気持ちよかった。

早速買い出しにいって冷蔵庫も満タンになった。

さて今日は何を食べようか?

いよいよ最後の洗濯物を取り込みタンスの

中もいつものように洋服が埋め尽くすようになると

いよいよ日常が戻って来る。

旅は終わった。

こうして長かった冬休みは幕を閉じ、満タンの冷蔵庫と

からっとおひさまの匂いを詰め込んだタンスが

また新しい毎日を連れて来る。

8月がやって来る。ブラジルでは新学期がはじまる。

 

 

 

 

 

 

豆腐と日本

大好きな穀物コーヒーにまったりとした豆乳を

注いでお茶の用意をする。

 

日本にいれば至って普通の午後のひとときだが

ブラジルではこんなひとときを至福と言わざるを得ない。

なんてったって,まず穀物コーヒーはここでは売ってるのを

見かけないから大変貴重な代物。

手に入れるにはドイツルートで飛行機に乗せて持ってきてもらう

ことになるという密輸気分すら感じられるこの穀物コーヒー。

そう簡単に飲む訳にはいかない。

けれど一度開けた缶を大事にしすぎてあまり長い間放っておいて

いざという時に湿気ていた。なんて事になったら悲劇なので

その辺のさじ加減も加味しなくてはならない。

 

 その上我が家の近所では豆乳すら売ってない。

豆乳と言えば訳の分からん添加物と甘味料や砂糖や

フレーバーや色々入った物しか売っていないのだ。

これは牛乳代わりに料理やお菓子作りに豆乳を

使いたい私としてはかなり頭がいたい。

以前はなんとか無糖の豆乳が買えたから何かの間違いだろうと

思い、何件ものスーパーを回り

「いや、きっと来週になれば入荷するだろう。」と

淡い期待を抱きつつもう半年が過ぎた。

ブラジル人は無糖豆乳は飲まないのか?

無糖豆乳が無くて料理は困らないのか?

地震のときや停電の時に懐中電灯がないと困るように

毎日無くてもいいけれど、いざという時

無いと困るもの、豆乳。

半年は長い。長過ぎる。

私はとうとうしびれを切らして自分で豆乳を作る決心をした。

そしてその記念すべき第一作目の豆乳がこの

穀物コーヒーラテに注がれたのだった。

 

まだ生暖かくとろっとクリーミーな仕上がりの豆乳。

2リットルほど出来た豆乳を満足げに眺めつつ

「煮て食おうか、焼いて食おうか」と鬼婆が

小僧さんをなめ回すように思案に暮れるもまた一興。

早速以前からやってみたかった豆腐を作り、残りの豆乳で

久々にマクロビ仕様のレモンクリームのタルトを作った。

初めて作った豆腐は食感こそいまいちだったものの,味は

あの懐かしの日本のまめまめしい豆腐の味。

ブラジルで売ってる豆腐は「豆腐」の顔をしていても悲しいかな、

やっぱり何処か豆腐ではない。

その点、豆から出来上がって姿を現したこの自家製豆腐は

郷愁の思いが込み上がるほど日本の味だった。

 

それにしても、豆乳にしろ豆腐にしろ,いざ自分で作ってみると

なんて手間がかかるだろう。こんなすばらしいものを

1つ200円くらいで売ってくれてるなんて日本の豆腐屋さんに

感謝状を送りたいほどだ。

日本を遠くはなれると日常のそこここで、

日本文化のすばらしさ、ありがたさに行き当たる。

そしていままで見えなかった姿を見た時に

遠く離れたこの地からどうかこの文化が消えないようにと

祈りたくなる。

こうして外国の不便のなかにあることで、

豆腐を作るチャンスを得て、

豆腐のおいしさを味わい、日本食のすばらしさを改めて

感じることができたことはありがたいことだと思う。

当たり前のありがたさと愛しさは

ある時には気がつきにくいものなのだ。

きっと日本人は一生に一回くらい豆腐を作り、味噌を作り、

納豆を作って,梅干しを干してみたら良いと思う。

自分の国の食べ物を自分で作ってみる。

たったそれだけのことで海外にいなくても

きっとなにか大きな発見を自分の内側にも外側にも

出来るんじゃないかと思うのだ。

こうして今日も日本の裏側で私の台所は日本の風を感じながら

紡がれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

台所の思い出

夕飯時にみそ汁を作っていると

ネギを刻む音に次女がやってきた。

「ねぇ、お母さん。どうやったらそんな風に

早く細かくネギを切れるようになるの?」

「それはね、毎日料理してたらそのうち出来るようになるんよ。」

(これ、大分弁です。私の母がこういうしゃべり方をするんです)

そう答えると,次女は嬉しそうに,おかしそうに

微笑みました。

「実はね、お母さんも子供の頃にお母さんのお母さん、

つまりあなたのおばあちゃんに同じ事を聞いた事があるんだよ。」

そういうと次女はまた嬉しそうな顔をしました。

「それでね、その時におばあちゃんは今言ったように

毎日料理したらそのうち出来るようになるんよ〜って笑いながら

答えたんだよ。」

するとますます嬉しそうに置かしそうに次女は笑いました。

「だからね、あーちゃん(次女)も大きくなってお母さんになって

子供が生まれて同じ質問をされたら、毎日料理してたらそのうち

出来るようになるんよ〜って言ってあげてね。」

と私は言いました。

すると次女は恥ずかしそうにはにかんでどっかに行ってしまいました。

 

「毎日料理してたらそのうち出来るようになるんよ。」

子供にとってはたいそうなワザに見えるネギ刻み。

とんとんと小気味よい音にリズミカルな包丁さばき。

自分ができない分,母の手元は魔法のように見えたものでした。

おなさい自分には到底無理だと半ば諦めていたその魔法が

「そのうちできるようになる」と笑いながら母がいってくれた

ことでとても嬉しくなったのを覚えています。

「わたしにもいつか出来る日がくるんだ」

その思いはもしかすると

「いつか私もお母さんになる日がくる」という思いと

同じだったかもしれません。

 

そして今、あの頃と同じ年頃に育った次女と

あの頃と同じ会話をする母になった私。

思いがけず台所の思い出が紡がれた夕暮れでした。

 

 

 

 

6月の祭り

ワールドカップまっただ中ではありますが

ただ今こちら一足お先に冬休みに入りました。

真夏の太陽輝く6月には学期末最後に「サンジョアンオの祭り」

が学校でありました。

日本のシュタイナー学校ではヨハネ祭とされるお祭りです。

一年の中で一番大きなお祭り、6月の祭り、火の祭りとも

呼ばれ、準備にも気合いが入っていました。

ちょっとご紹介したいと思います。

 

何をするにも食べ物がたっぷりないと始まらないブラジル人。

おなかをすかせている、ということはあり得ないのです。

というわけで

シュタイナー学校恒例の親による手作りケーキの販売に私も献品

しましたよ。

何つくろうか?と考えてブラジルの伝統的なケーキ

「Torta de Banana(バナナのトルテ)」を作ってみました。

一番人気なのはボーロジセボーラという人参ケーキなのですが

それが人参というよりは,黄色いケーキにチョコレートがたっぷり

かかっているというしろもので、人参の味など全くしません。

そう。ブラジル人はチョコレートが大好き。チョコレートの

使われていないケーキなんか見向きもしない、,と言っても過言ではないほど。

そんななかで私のタルトは大丈夫だろうか。。と心配していたけど

開店間もなくに,私のケーキを持って歩くおばあさんを発見!

やっぱりブラジルでもお年寄りは渋い味がお好み。

ともあれほっと胸をなでおろしたのでした。

さて、おいしい物をたっぷり食べていざ,祭りがはじまります。

 

そうそう。

今日のメインはサンジョアンオという神様ですから!

まずは双子達のいる3年生が神様を連れてきます。

長い竹竿をみんなでかつぎながら

ギターに合わせてみんなで歌を歌いながら学校中を練り歩き

ます。

子供たちの前後でギターを弾いたり楽器をならすのは

もちろん親御さんと先生。大人も子供も一緒になって

お祭りが始まります。

そして古今東西やっぱり祭りは練り歩きなんだね!と

なんだか親近感。

沢山の人を引き連れてとうとう広場に竹竿が立ちました。

「ビバ サンオジョアンオ!」のかけ声に

祭りは一気に盛り上がります。

このお祭りは収穫祭の一つでもあるようで

独特のカントリースタイルの洋服を着た人が沢山いました。

男の人はデニムのオーバーオール姿、女の人はカントリーガール。

軽く50歳を過ぎていようかという女性もフリフリのミニスカートの

カントリーガールドレスを着て踊りまくっている姿に圧倒

されつつも祭りは続きます=)

双子のクラスは収穫かごのモチーフを飾りました。

このお祭りの最大のイベントは各学年毎のダンス。

歌と踊りが大好きなブラジルならではという感じで

どの学年も気合いが入っていました。

それぞれブラジルの伝統の踊りや世界の踊りを衣装をきて

披露します。

双子のクラスは女の子と男の子が一緒にダンスをおどりました。

3年生だとまだまだ男の子と女の子が無邪気に踊りをおどってて

かわいいのです。

そして祭りで何を踊るか最後まで教えてくれなかった次女が

はじけるほど踊っていたのに「こんなキャラだったのね。」と

しばしボーゼン=)

最後は流石の長女。アフリカの踊りだったのですがさすが

棒を使ったり、ソロのダンスがあったりと複雑なダンスは高学年

ならではのものでした。

 

この学校の親御さんと話していたらこのお祭りが楽しいのは

毎年踊りも成長しているからだと言っていました。

1年生の頃はちょっとステップを踏むだけの簡単な踊りを

先生と。

それが学年があがる毎に少しずつ複雑な踊りをするようになり

「あぁ大きくなったなぁ」と思うそうです。

確かに全学年をみていると小さい学年のかわいらしさ、

大きな学年のすばらしさのコントラストがとても楽しかったな。

全ての学年が披露を終えて,空はすっかり夕暮れに。

しかし。

あ〜たのしかった!というのはまだ早い!

ここからが祭りの本番?というべきか。

広場に積み上げられた薪に火を付けてキャンプファイヤーが

まっていました。

教師による火の儀式のあとには

大きな焚き火が。

さぁここからが祭りだ!といわんばかりに

老若男女、火を囲んで踊るは踊る!

もちろんバックは先生や親御さんによる生伴奏。

ぐっとブラジルの雰囲気が漂います。

ボサノバあり、なんだか知らないけどブラジルの歌あり。

祭りはいよいよクライマックス。

そんなこんなで

恥ずかしいなんて言ってる場合じゃないです!これは。

ブラジルのForroという踊りやなんだか知りませんが

とにかく子供たちも大人もみんなとにかく火を囲んで

踊り狂う姿にまさに「ブラジル!」を感じつつ

真冬のブラジルではありますが

真夏の太陽のようにほとばしるブラジル人達の底抜けの明るさを

見るような歌と踊りを楽しむ姿に

祭りの神髄を見たような気分がした6月の祭り。

今年も実り多き年となりますように!

「ビバ サンオジョアンオ!!」