クーヨンリレー連載

クーヨン育児の時期が過ぎたとおもったら

なぜか再び赤ちゃんとクーヨン育児がはじまったわたくし。

そんなわけで、長らく続けさせていただいた

「日登美のタベコト」連載終了からふたたび、連載をさせて

頂くことになりました。

今回は海外在住組子育てママでリレー連載。

4月よりブラジルの私からスタートし、

スペインの米田有希ちゃん、

NYのカヒミカリィさん、の3人でやってきますよ。

それぞれの国での子育て事情をいろいろエッセイします。

みなさんよろしくおねがいします!

 

既に発売されたクーヨンはこちら。

なんと嬉しいことに日本からわざわざブラジルまで送って

頂きました!

はるばる海を越え地球の裏側までやってきたクーヨン。

抱きしめたくなるような再開に

胸がきゅんとなるのでした。

クーヨンこの春よりリニューアルし、価格も随分お求めやすくなったとか。

是非是非ご覧になってくださいね。

わたしもうなずきながら改めて子育ての参考にさせて

いただきます=)

 

そんでもって、ちなみにkucheのレシピも更新しています。

こちらです。

新学期、お弁当の季節に是非役立てていただきたいこのレシピ

簡単なので是非作ってみてください。衣を付けてから揚げないで

冷凍保存もできますよ。

今回の写真はオーガニックベースでお弁当コースをやったときの写真を

使っています。

ごぼうのすき焼き風どんぶり、ビーフンの和え物、トマトとキュウリの和え物

季節のフルーツを一緒にお弁当にしました。

みなさんもお弁当ライフを楽しんでくださいね!

 

 

料理

毎日毎日料理する。

朝昼晩と、時々さぼって時々全力で

のんびり気長に繰り返す。

国が変わっても食べる物が変わっても

作る物が変わっても

誰かの為に自分のために料理する。

 

例えばブラジルで近所の人に頼まれてお寿司を作ったり

あるときはラザニアの残りで自家製パスタを作る。

目指すは無駄なく最後まで美味しく,食べる,作る,食べるの

繰り返し。

けれど干したパスタは朝には半分くらい乾きすぎて落ちていた。

無駄をしない為の苦労が無駄を呼ぶこともまた日常。

だけどドンマイドンマイ。

 

毎日の仕事は簡単そうで大変で

台所で疲れて,台所でまた元気になるのも

本当のこと。

ドイツから両親が遊びに来てくれて大家族になったとなれば

大勢人が集まった時に作ることが多いという

streuselkuchenが我が家の新しいレシピに加わったり。

新しい出会い、発見の日々。

そうかと思えば、ブラジルでは今が旬のハイビスカスで

漬け物を作る。

懐かしさと冒険と。

味は柴漬け。見かけはラテン。

ジャパニーズブラジリアンはまるで我が子のような。

こうして

日本人の私の手によってドイツ人の主人の文化と

ブラジルの食材と環境で

インターナショナルな食卓が繰り広げられる。

それでもいただきますとごちそうさまの習慣は変わらない。

箸の文化、フォークの文化

醤油と、スパイスと

色々あわさって彩りはますます豊かになる。

我が家の新しい文化が生まれる。

「変わる」は「育つ」の印。

育てば変わる。

 

こうして今も食卓は自在に変化し続ける

時々進んで時々休んで時々走りながら。

諸行無常もまたここに在り。

されど変わらず在るものを大切にして。

離乳食ふたたび。

6ヶ月になる我が家の坊やのブラジルでの離乳食が

いよいよ始まりました。

久々の赤ちゃんでどうやって離乳食を始めたかすっかり

忘れてしまっていたのですが何となく勘をたよりに

坊やの様子を感じながら進めております。

というわけで、日本ではえ?!と思うような物も

試しつつ新しい発見をしつつ頑張っておりまする。

 

例えば、庭に生えていた熟れたてのパパイヤがあまりに

美味しそうだったので一掬いスプーンですくって食べさて

みました。なかなかやぶさかではないご様子。

離乳食初期の赤ん坊にそんな陰性な!と

マクロビオティックでは叱られそうですが;)でも

ここはブラジル。

なんかよさそう〜って思う気持ちのいい物も食べさせてみたり

しています。

実際こちらでは一ヶ月違いの赤ちゃんが近くにいるのですが

離乳食はパパイヤ、洋梨、バナナなどフルーツを食べていると

言っていました。基本穀物、の日本とは随分違いますね。

郷に入っては郷に従え、ということで坊やにも生の果物も

食べさせています。

でも観察してみて思ったのは基本は

加熱した果物のほうが気持ち良さそうということでした。

リンゴのすり卸しを飲ませたときとリンゴの蒸し煮をマッシュして

食べさせるのとでは蒸し煮の方が赤ちゃんがリラックスして

食べています。口あたりが柔らかいというかんじでしょうか、

生のよさ、加熱のよさ、穫れたてのプラーナ,色んな食感との

出会いをバランスよく味わい体験してもらえるような

離乳食の進め方をしたいなぁって思ってます。

赤ちゃんにとって離乳食は栄養を摂る以上に

新しい世界との出会いの始まりなんだなぁ

とあらためて感じる5人目の離乳食。感慨深いですな。

 

そうはいっても日々のこと,準備や片付けも

うまくこなしたいところ。

そんな訳で最近の離乳食はこんな感じに

ぶつきのお米を水分少なめのおかゆにしてストック

その他カボチャと人参の蒸し煮をマッシュしてストック

リンゴの蒸し煮をストック

容器はWECKのガラス容器が冷蔵庫に納まりも良く

美しく収納出来て便利。

そしてこのステンレス計量小鍋がその都度おかゆを暖めるのに大変重宝。

でも欲を言えば、土鍋の小さいのがあるといいかなぁとか

思ってます。琺瑯でもいいかもなぁ、とかも。。

それに最近はブロッコリーを小さく房分けしたものを

茹でたのをストック。これは最近下の歯が生え始めた

坊やのお気に入り。歯固めに茎をがしがし

かじっています。花の部分は食べてるし。なかなかよいです。

人参、カボチャをスティック状にしたものもよいです。

手で持てるものと、食べさせるものと2種類用意しておくと

便利です。

 

我が家では、皆の御飯の時間に坊やも同じ食卓に座らせて

「いただきます。」をします。ここはやっぱり日本人として

外せませんな。(もちろん,ごちそうさまもしますよ=)

それから手で持てるブロッコリーや人参を目の前において

(お皿で遊んじゃうので今はまだお皿は使ってません)

まずは自分で掴んで食べる。

というか。。食材と戯れていただきます=)

噛んだり,なめたり,がしがししたり、まだうまく

使えない手先を練習するように掴んでは落としたり

どうにか口に入れようとしたり、そうして楽しく格闘

している間におかゆを小鍋で暖めます。

固め水分少なめに仕上げたおかゆは水を足してのばすことで

好みの加減にできるので便利。

特に朝食時は水分を多めにして重湯のような食感にして、

リンゴのすりおろしを加えたりします。

夕飯や昼などたっぷり食べそうだな,と思ったときは

足す水を少なめにしてもったりとした食感にし、

カボチャ等加えてたっぷりと。

野菜をマッシュするにはやっぱりこれ、すり鉢とすりこぎ。

そして、陶器でできたおろし金。

金物よりやっぱり穏やかな感じがする調理器。

繊細な雰囲気の違いは

赤ちゃんにはより大きく感じられるんだろうなぁ。

最近はそれでゆでトウモロコシをおろしておかゆに

加えたりしています。

それにあとはみそ汁の里芋をわけたり、小松菜を

しゃぶらせたり、そうやってなんとなく

皆と一緒の食卓で生まれて初めての

「食べる」を体験する毎日なのです。

 

みんなより早く食べ終わった坊やには

最後にまたまたたっぷり食材とお戯れを。

困らない程度に、ぐちゃぐちゃとやりたいように

触りたいように。

見てるこちらも楽しくなるほど熱心にたわむれる

赤ちゃんの食事。

あぁ、世界と出会ってるねぇ。

不思議な物がいっぱいだよねぇ。。

赤ちゃんを見ながら私までなんだか冒険し

発見するような気分になる。

 

味を通して感覚が

お母さんのもとから初めて開かれていく。

土と水とお日様と全てのものに出会っていく。

それを自分で掴み味わっていく。

食卓の上から赤ちゃんの人生の第一歩が始まる。

離乳食ってすごいんだなぁ。

 

とはいえ。

毎日3食ぐちゃぐちゃのてんてこまいで

こんなことよく4人もやってきたもんだなぁと

自分を褒めたくなるような気持ちもしたりして。

いつか坊やが箸をつかって、お茶碗をもって

立派に食事ができる日がくるのも楽しみなのであります。

 

 

 

 

子供時代

静かな秋の夕暮れ前の時間

庭の裏で洗濯物を取り込んでいると

子供たちの遊ぶ声がする。

夕飯までのこの時間をめい一杯遊ぶ子供たち

ふと、自分の子供の頃の記憶がよみがえった。

3歳から小学校3年生まで過ごした東京の社宅の記憶が。

 

今私たちの住むコンドミニウには8世帯が住んでいて

そのうち二組をのぞいてみんな子供がいる。

その上子供たちはほとんど同じシュタイナー学校に通う

子供たちだからすぐに仲良くなった。

下は4歳の幼稚園児から上は18歳くらいの大きいお兄ちゃんたち。

さすがにティーンエージャーのお兄さん達はまれにしか

見かけないが、一緒にプールに入ればジュースをくれたり

一緒に遊んでくれる。

日頃はその幼稚園の子供から小学校低学年の子供たちが

おっきい子も小さい子もみんな一緒になって

遊んでいるのだ。

コンドミニウにあるプールに飛び込んだり、はたまた芝生の広場で

枯れ木や端材で基地作り、みんな裸足で駆け回り

棒切れを剣にしたり弓矢を放ったり、王様になり海賊になり。

とにかく時間を忘れてよく遊ぶ。

敷地の中にある果樹はおやつになる。マンゴー、ジャブチカバ、

ザクロ、パッションフルーツ、アセロラなどが実ればついばむ。

気がつけばよそのうちでおやつをごちそうになる。

親の知らぬ間にどこの家でもすっかり顔なじみのようす。

 

あちらでリンゴケーキこちらでバナナケーキ、人参ケーキ。

「あら、いらっしゃい。おやつ、食べてく?」なんてうちのドアから

ひょっこり入って来る可愛いお客さんを私も招き入れる。

もじもじとやってくる子供たちが芋づる式にやってくる。

あっという間になくなるケーキがなんだか嬉しい。

危険というイメージのあるブラジルでもこの中はパラダイスだ。

コンドミニウの中は住人しか入れないし、他人がいればすぐわかるので

安心して子供たちが家から飛び出していける。

広すぎも狭すぎもしない敷地の中の全ての空間を子供たちは

存分に遊び回ることができる。

私たち大人にはもうすっかり見慣れた,限りのあるように見えるこの場所が

彼らにとっては無限の空間であり,毎日新しい発見を与えてくれる

魅力的なパラダイスなのだ。

 

私の子供の頃もそうだったなぁと思い返す。

環七沿いにあった社宅はあの頃でも既に空気は悪かっただろうに

私にとっては楽園だった。

一歩社宅の敷地に足を踏み入れれば,我が庭のように

どこでもくまなく遊び尽くしたものだった。

車は入ってこないし、知ってる人と雰囲気は異物を寄せ付けない

安心があった。

庭には枇杷、柿、ゆすら梅等がありおやつがわりにしたものだった。

木にのぼり、かけまわり、小学生から幼稚園まで一緒になって

遊んでいたのはまさに今の我が子たちと同じだ。

なじみのエリアをはじめ、ちょっと遠くの棟まで探検にでる。

大人からしてみればほんのちょっと先の場所でさえ

私たちには未知なる旅だった。遊具もいらない、おもちゃもいらなかった。

季節の植物たち,木っ端に石ころ、虫たちとよく遊んだ。

そのあとにもいろんな場所で色んな思い出があるけど

今でもなつかしく思い返すのはあの場所での思い出。

私たちの楽園。

思う存分遊ばせたもらえたかげにはきっと親たちが

作ってくれた大きな安心の囲いがあったのだろう、

私の知らないところでよそのお宅に

頭を下げたこともあったのだろうと今親になって気がつくこともある。

 

そして今、私はここブラジルで自分の子供たちがかつての

私のように果てしない冒険と魅力的な世界との出会いとを日々を

ここで繰り返していることに気がついた。

まさかそんなことがここでは起こる訳もないと思っていた

あの頃の子供時代が、異国で空間と時間を越えて繰り返されている

この不思議と驚きに包まれながら。

 

秋風の中で、翻る洗濯物のすきまから聞こえる子供たちの遊ぶ異国語を

聞きながら遠く,近く、世界を感じながら

とても幸せな気持ちになった。

あの時のあの時間が繰り返されることの幸せに。

かけがえのない子供時代の贈り物となる今をここで紡いでいる

ことに。この運命の不思議に。

 

 

 

音と世界と

ブラジルに来てから半年が過ぎました。

子供たちのなかには徐々にブラジルの音が流れ始めています。

音って不思議ですね。

我が家では日本語を中心に主人はドイツ語で赤ちゃんと話していますし

子供たちが学校でドイツ語の歌を沢山覚えてくるので

ドイツ語の歌も聞こえます。

家の周りはみんなポルトガル語なのでポルトガル語ももちろん。

そして困った時には英語もやはり役立ちますし、主人の友人がくれば

インドの人でもイギリスの人でもみんな英語で会話をするので

英語の音も良く聞こえてきます。

我が家の子供たちにとっては第二外国語はポルトガル語。

最近ではうっかりしたときの返事が日本語でなくポルトガル語に

なっているのをみるとなんだか不思議な気がします。

ほんの数ヶ月前までは異国、異文化、外国語だったこの音が

このリズムが、この振動が体の細胞にちょっとずつしみ込んで

あふれて出て来る。最初からあった日本語という水を蓄えた器に

少しずつポルトガル語という音のしずくが加わって,ちょっとずつ混ざって

いつしか器からあふれてくるように、自然に時とともに。

もちろん、まだまだ発展途中でありますが確かにゆっくりと音が変わってきている。

私はなんだか赤ちゃんになってもう一度知らない世界を体験するように

この音のしずくが私たちを満たしていくのを感じています。

(私は子供たちよりもしみ込みが遅いのですが;;)

 

外国語を体験する時,私たちの感覚の何処かがリフレッシュされている

気がします。もしかすると、リフレッシュでさえなくてまだ閉ざされていた

触れることのなかった新しい感覚の扉を開こうとしていると言った方が

正しいかもしれません。

私たちにはまだまだいろんな扉があって、ただ気がつかれないまま

その能力を閉ざしているのかもしれないと感じるのです。

それはヨガの練習からも学んだことだったなぁと思い返しています。

カチカチの固いからだがいつしか花開くように柔らかさと強さを

練習によって取り戻していく。まさかこんなことは出来まい,と思って

いたそのマインドを壊すようにしっかりとした練習は徐々に確かに

新たな世界を,可能性を見せてくれました。

この言葉と言う音の世界ももしかするとそういうことかもしれません。

赤ちゃんに戻った気持ちで,全ての音を雰囲気を言葉の質を体験しつつ

学びつつ。

 

言葉の意味がわからないと音の質,言葉の雰囲気で意味を察そうとします。

特に小さい子供ほど意味とのつながりではなくて言葉を理解していく。

実際私は子供たちに単語の練習とか意味をまだ教えていません。

ポスター等を張ってみたりしましたが、それよりも実際友達との

体験のなかで音が理解され,意味を理解していくようです。

ある学芸会の時に双子は「シューバ」(雨という意味)の役をやりました。

そのときは自分が雨の役とは知りません。

彼らは単語を知らないのでただ歌や踊りを覚えて役をやっていました。

ですが暫くしてから雨が降った日に友達と遊んでいると、友達が

「シューバ!」と言ったそうです。そのとき初めて「シューバ」が

あの学芸会の「シューバ」とつながったのです。もうそれは雷の

ひらめきのように感動的に

「シューバ!シューバ!雨のことか!僕たちは雨をやったんだね?」と

私に聞いてきました。

そのときの様子はまるでヘレンケラーが初めて水を「Water」と理解

した時の様子のようではないか,と私は感じたのです。

子供にとって言葉の理解というのは私たちが今外国語を勉強するような文法や

構成や単語の理解だけではないのでしょう。

外国語との出会いはもっともっと感動的で、神秘的なものなのかも

しれません。

 

言葉をどうやって理解していくのか、というのを赤ちゃんを通しても

観察しています。

5人目の子は主に日本語を話す私たちと、ドイツ語でしゃべりかける主人と

ポルトガル語で話しかける近所の人の中にいます。そしてまれに英語のなかに

浸ります。

私がドイツ語を話さないので圧倒的にドイツ語の聞こえてくるのは少ないの

で、日本語しか理解していないのかなと何となく思っていました。

けれど最近ドイツから両親が来て、ドイツ語でどんどん話しかけると

明らかにその目は「あ〜この音知ってるぞ!」という顔をするのです。

面白い事に、そういえば赤ちゃんと私たちはまだ言葉で会話をしていませんが

お互いに意味が通じているとわかるのです。ボディーランゲージや雰囲気も

あるけれど言葉の質をちゃんと感じ取っているのです。

赤ちゃんはその感じから意味を汲み取っていくのでしょうか。

とにかく言葉を交わさず既に日本語において通じ合っているのです。

なるほど、言葉というのは意味がわかって通じるのでなくて

ひょっとすると振動、感覚からまずつながってそのあとに理解しやすい

文字や記号として意味を理解していくのかなぁと思うのです。

赤ちゃんの目をみていると日本語は知ってる音として受け止めています。

そしてドイツ語も「あ。知ってる!パパ以外にもこの音を使うんだね!」という

喜びと驚きと共感を感じます。

そしてポルトガル語で近所の人にかわいがられる時、赤ちゃんはすっかり

包まれるようにそのリズムを楽しんでいるのが見て取れます。

今6ヶ月になる我が家の赤ちゃんにはどうやら既に3つの振動が自分のもの

として蓄えられているようです。

 

いつしかその音が満ちた時に、言葉として現れるのはどこの国の言葉なので

しょう。

そして色んなリズムが振動が自分の内側にあるというのはどんな感覚なのでしょう。

私も英語を感じる時、ポルトガル語を感じる時、日本語を感じる時、

ドイツ語を感じる時,それぞれ違った雰囲気を感じます。

そしてそのどれもがいつしか私の外側の物でなく,内側の物のように

感じるのです。

それはにわかに国境や国の境が崩れるような素敵な感覚です。

 

こういう体験を通して私は地球は一つだ,という感覚を感じずにいられません。

いろんな種類いろんな異なる雰囲気をもつこの地球という星の

たった一つの部分から生まれた日本人という私。

けれど全ての音は私たちの内側に感じることができる。

きっと私たちはまだ自分の内側にある全ての扉をしらないだけで

実はどこでもドアのように全てのドアにアクセスすることができるので

ないかと感じるのです。

全てのドアとつながっているのだ、と。

そう思うと実際には国境なんて物は存在しないように感じるのです。

目に見える世界ではパスポートや登録や色んな手続きや

差別や戦争や経済や,勝手に人間が社会が作ったものによって

隔てられているように感じるこの世界だけど、でも心の内側をみれば

みんな一つだと、私も世界で,世界も私だと

そういう風に感じることがある今日この頃なのです。