8年生劇と新たな旅立ちのご報告

長女がシュタイナー学校に通うようになって8年がすぎました。

とはいえ、日本でのシュタイナー生活が4年。

引っ越しにともなって2年半東京の公立に通いながら週末のみの

シュタイナー学校に通い、再び引っ越しにてブラジルのシュタイナー

学校に編入して早2年。様々な紆余曲折がありました。

こんな選択に色々悩んだ時期もありました。

そんなつぎはぎだらけの旅路ではありましたが日本のお友達よりも

1年遅れて今ブラジルで8年生を迎えています。

シュタイナー学校では1年生から8年生まで同じ担任の先生でクラス替えなし。

8年間を一貫として教育が行われます。その総仕上げというべき最後の

大イベントに8年生劇というのがあります。

 

私達も日本にいる間に何回か上級生達のお芝居をみせていただきました。

まだ一、二年生だった長女をみながらいつかこの子達もあんな風に

大きくなって思い切りお芝居をするときがくるのかなぁなんてぼんやり思った

ものでした。そうして人生の荒波を乗り過ごしながら,私達なりの

旅路を経てとうとう長女がブラジルという土地で8年生劇を迎えることに

なったのはなんだか私にとっては夢か幻のようにおもえるのです。

 

ともあれ、昨日3日間続いたお芝居の最終日を迎えました。

毎日違う配役、毎日違うテンション、リズム、雰囲気。

興奮と緊張の中始まった初日から毎日新しいお芝居をみせてくれた

8年生達。

日本でみていたそれと言葉こそ違えど空気は同じでした。

若さの情熱と、勢い。個性と協調。青春と旅立ち。

成長と葛藤。緊張と快感。命の輝き。

こどもたち一人一人がそれぞれにそれぞれの役の中で輝き、

精一杯その役に命を吹き込むことで役を演じきり、その物語りの

時代を生き、その人物の人生を生き、そのなかで彼らは

一体何を感じ、何を体験し、何を見ていたのでしょうか。

若くしなやかで繊細でもろく強くこれからの人生の荒波を行きていく

若者達。私もかつてはそんな存在だったのだなぁ。

いやいや、いまでもそんな存在なのかもしれません。ただそこに

ちょこっと経験という積み重ねがあるだけなのかもしれません。

けれど確実に我が娘もいよいよこの荒波を生きていく年になったのだと

そういう風に感じました。

8年生という時期になったのだと。

 

ここまで来るのも簡単な道ではありませんでした。

異国での新しい学校生活、言葉も文化も違う人たちのなかで

アイデンティティを模索する日々。いや、アイデンティティなぞ

確立すらされていなかったあの頃に大海原に投げ出されたような

気分だったでしょう。

今でもまだまだ苦しい航海は続いていることでしょう。

8年劇に向い合うという気持ちになるまでの葛藤、

「やりたい、やりたくない。がんばりたい。がんばれない。」

いろんな思いを抱えての日々だったと想います。

だけどとうとうやり遂げられた長女の姿をみて、どんな道をたどってきたに

しろ、どんな思いを抱えているにしろ、拍手を贈りたい気持ちに

なりました。「お疲れさま、よくがんばったね。」と。

まだまだ人生の航海は始まったばかり。劇が終わって全てが終わる

訳はないけれど、確実に何かの終わりと始まりになった気がします。

どうかこの若い命達がよいよい未来を生きていきますように。

よりよい未来を築いていきますように。

そして、私達家族もまた8年生劇を終えた長女の旅立ちと時同じく

して、再び旅に出ることになりました。

二年ちょっと住まわせてもらったブラジルの土地を離れ

主人の古郷ドイツに引っ越します。

ブラジルに旅立つことを決めた時、その先にどんな未来が待っているか

想像もしていませんでした。

そして縁あってドイツに旅立とうとしている私達にどんな未来がまっているか

やはり私達は知りません。

それでもあの時と同じように来るべきときがやってきて、行くべき場所が

再び目の前に現れた。その流れに素直に進んでいこうと思います。

 

そんなわけで年末までにはドイツでの新しい暮らしがはじまります。

さて、どんな毎日が待っているのでしょうか。

今後もブログでも綴っていきますのでどうぞよろしくおねがいします。

 

 

 

 

Coconuts everyday!

こちら毎日30度越えの暑〜い日々が続いております。

ブラジルの季節は春?なのにね。何か今年は暑いです!

そんな時にうれしいのがココナッツウォーター。

ここ最近我が家は毎週末に青果市場のマーケットにいって

一袋10個入のココナッツを買っています。

こんな風に八百屋さんやら、チーズ屋さん,ソーセージ屋さんにまぎれて

ココナッツ屋さんがあります。

そこでベビーカーを押しながらココナッツを一つ割ってもらって

チュ−チューのみながら買い物をします。

こちら1個2レアル。だいたい60円〜70円の間でしょうか。

安い!

飲んだらまたお店に戻ってココナッツを半分に割ってもらって

ココナッツミートを食べるのがまたおいしい!

わたしもおちびもこれにはまってしまっております。

中身はこんな風になってます。

しかもスプーンとかついてくる訳じゃなく、

ココナッツの皮をそいでスプーンを作ってくれるんですよ

そのラフさがまたナイス!

こんな感じでばくばく食べます。

すっかりココナッツがお気に入りになってしまったうちのおちびさん。

毎日お父さんにココナッツを割ってもらって

おいしそうに飲んでいます。

いまではココナッツミートを自分ですくって食べる

ようになりました=)

この姿がかわいい=)

そんなわけで我が家では毎日がココナッツ。

ただし妊婦の私には南国ブラジルにいてもココナッツは

体が冷える感じがするので控えめに。

南国のフルーツ天国ではありますが、

毎日夏日でものすごく暑いのではありますが、

日本人の私にはやっぱり適量があって、それ以上は食べられない。

ココナッツを通してマクロビオティックの陰陽を

体で実感できたのもなかなか面白い体験でした=)

 

台所から紡ぐもの

実はずっと悩んできた。

子供たちに何を作って食べさせたらいいのか。

色々な経緯があってベジタリアンになりマクロビオティックに出会い、

ヴィーガンを試し、様々なときを経て私はマクロビオティック

インストラクターになっていた。

どんなときもまずは自分で試してみてから「これは!」と思う物を

取り入れてきた。私の中でこれが最善と思う事を尽くして

やってきたつもりだ。けれど一般的なやり方と違う食事の

スタイルを維持するのは難しかったし、自分でも経験した事の

ないことだったから(私はごく普通に食べて育ったから)それを

本当には子供がどう感じるのか、そしてそれが正しいのかというのは

理論とは別にしていつも私には本当にはわからない事だったし、

時に何も考えず皆と同じように食べたり暮らしたりしてる人たち

の方がうんと幸せそうに見えたものだった。

だけど私はどうしてもそれができなかった。真面目だったのか、

それともただのエゴだったのか。ただ真実と思える事をやりたかった。

子供にも,自分にも。

 

四人の子供たちはそれぞれ7歳まで殆どベジタリアンで育てた。

厳格なやり方ではなかったがマクロビオティックをベースに

穀物と野菜を使ってお弁当を作りおやつを作り御飯を作ってきた。

今考えるといろいろと反省点もある、もっとこんな風に料理すれば

よかったとか,食材や調理器具の選び方をもっと繊細にできれば

よかったとか。けれどとにかく少なくとも体を育てる上では

それはよかった。そして確かに我が子達は丈夫な体を持ち

無駄に風邪もひかない人たちに育っている。

だけどいつも心の中ではこれでいいのか、これでいいのか、

と思い続けて育てていた。もっと自由にしてやりたい、という

気持ちと守ってやりたいという気持ちが私の中で葛藤していたのだ。

子供たちも大きくなるに連れて食事だけでなく思うようには

いかなくなってきた。当然子供を思うようにしようなんて

はじめから思っていないけど、一体私は何をしてやりたいのか?

子供たちを元気に育てたいという事は一体どういう事なのか?

自由とは何か?色々な事がいつも心の中にあった。

食事を通してずっとそのことを考えていた。

 

マクロビオティックや穀物菜食のよさは理論でも自分の実感と

しても子供たちを見てもいいものだとよくわかっている。

だけど子供たちはそれだけでは育たない。沢山の人に囲まれ

それぞれの社会がある。4人の子供たちはそれぞれの個性を持ち、

それぞれのカルマを持ち生きている。体だけでなく人は心と魂も

育てていかねばならない。三位一体で人生を送っていく。

そして特に心と魂については最後は自分で育て上げねばならない、

自分の人生を生きる為に。そこは親の出来る事は本当には少ないと

私は思っている。

 

シッダールタというヘルマンヘッセの本を読んだ時に書いてあった

文章を思い出す。たしかこんな内容だったと思う。

『シッダールタには一人子供がいて大人になってから出会う、子供に

出来るだけよい事をしてやろうとするのだけど子供はとんでもない

風来坊で親の言う事を聞かず思いやりもなく、いつまでたっても

二人の心は通じ合わない。親であるシッダールタは子供を愛している

ので誠心誠意尽くして愛を注ぐも子供は受け入れない。

子供の未来を守ってやりたい、この子はこのままではいけない、そう思い

血のにじむ努力を続けるシッダールタに一人の老人が言う。

「彼が生きたいように生きさせる事を親だからといって奪えない。

それがたとえ彼の身を滅ぼすことだとわかっていても。」』

子供たちがどういう風に生きたいのか、彼らの未来にはどんな失敗と

成功が隠されているのか。親である私はどうしても失敗を避けさせたく、

よい方へ導きたい、しかしもしもその失敗さえも子供の魂が望んでいた

としたら?

たかが食事、されど食事。

子供が食べたがるもの、どうして?と思うものに潜むもの。

それが興味からなのか、体の必要からなのか、それとも彼らの魂からなのか。

親としてどこまでしてやれるのか。

愛とは一体どういうことか。

 

田舎から東京に来て公立の学校に通うようになってベジタリアンから

普通食を食べるようになった子供たちをみて複雑な気分だった。

そしてあれだけ一生懸命作ってきたのに結局おばあちゃんの作る

普通の御飯が食べたいと子供たちは言い出した。

私は子供たちが美味しく楽しく健康的に食べられるようにと思って

頑張ってきたはずだった。だけど気がつけば子供たちはもう

それを欲してなかった。いつの間にか季節は変わっていた。

もちろん子供たちは昔から食べている私の作ったおかずや

おやつが今でも好きだ。だけどもうその時期は通り過ぎていた

ようだった。子供たちは私より先に大きくなり成長し変化していた。

私だけが取り残されていたのかもしれない。もしくは私だけが

「そのはず」という思い出と理論にしがみつきたかったのかもしれない。

私はもう一度自分の心に尋ねていた。一体子供たちにどうなってほしいのか。

何の為に私は御飯を作り続けてきたのか。何を見て作っていたのか。

私の目指す暖かい御飯は一体どこにあるのか。

子供の欲しい暖かい御飯はどこにあるのか。

 

そう思いながらブラジルにやってきた。その前から料理は少しずつ

菜食だけでなく肉や魚も取り入れるようになっていた。

それでもなんでもありというわけにはいかなかったけど

出来るだけ子供が食べたい、おいしいと思う物をつくるようにして

いたしマクロビオティックも続けていた。毎日試行錯誤の日々が続いていた。

そう。マクロビオティックという言葉にとらわれずに、

これがいいに決まっているという理論に捕まらないようにしながら

心の声体の声をきいて土地の物を頂く。我が家だけのベストバランスを

探す日々。菜食と肉食をするという事の狭間で。日常と非日常の狭間で。

それでもトンネルは抜けない。

日本ではマクロビオティックを教えていたし、日本を発つ前に

菜食のレシピ本も出した。子供を菜食で育てていた、だけど今は

すっかり菜食だけの料理では無くなっている我が家をみて、

自分をみて一体どんな料理をしたいのかとわからなくなっていた。

ずっと自分に問いかける。「私の目指す料理はなんだ?」

だけど毎日はやってきて、朝昼晩とおやつと料理をする、御飯を作る。

いつしかベジタリアン専用のフライパンだった私のフライパンで

肉を焼くのようになっていた。

長女は時々私のよく作った野菜料理をつくるようになっていた。

 

そしてある時に私の心にはっと光が射した。

私は家族の為に料理をしたいんだとはっきりわかった。

私が目指すのは「お母さんの味なんだ」

菜食でも良い、肉食でもいい、日本食でも外国料理でも

私は母が私に作ってくれていたように

ただ御飯を作りたくて料理をしているんだ。

誰かの為に、料理をしたい。

あなたの為にあの子の為に。

 

自然な食事、繊細な調理法、オーガニック食材、菜食とか肉食とか

もちろん大事な事。きっとこれからも探し続ける。

子供の必要とか,変化とか色々寄り添っていきたい。

でもそれの元にあるものは。

私が確かに母から受け継いだもの。

包丁もろくに研がなかったし、野菜の切り方だって別にうまくはない。

だけど、それでも思い出すのは母の味。

「たんとおあがり」と言ってくれる、あのお母さんの懐。

 

母から娘へ受け継がれるものはワザだけではない。

智慧だけでもない。

それよりももっと大きなもの。

そういうものに包まれて今私も私の道を行く。

私なりのお母さんの道をこれからも台所から紡いでいきたい。

 

6人目!

長い間ブログをお休みしてすみませんでした。

皆さんお元気でしょうか?

実はわたくし、6人目の赤ちゃんを授かりましてここ数ヶ月

過去最悪のひど〜いつわりと格闘しておりました。

ようやく安定期にはいりもう終わることが無いかと思われるほど

酷かったつわりがけろっとなおって(人間の体って不思議ですね!)

晴れて皆様にご報告です。

 

まさか自分がこんな子だくさんのお母ちゃんになるなんて夢にも

思いませんでしたが=)これで人生最後と思って?!

妊婦ライフ楽しもうと思います!ブログのほうも更新は遅くなるかも、

ですが復活しますのでよろしくおねがいしますね。

 

それにしたって、異国でのつわりってきついですね〜

今回は死ぬかと思いましたよ。ほんと。こんな酷い思いをしたのは初めて。

しかも今そばが食べたい!絶対ゆでとうもろこしが食べたい!なんて思ったって

売ってないんだもの〜車で何時間も走れば一応ありそうですけどね、

我が家からは遠くて。かといって日本にさくっと里帰りできる距離でもなく。。

とほほ。

でもね、今回のようなピンチのときこそ家族の力がぎゅっと集まって

ありがたい事に主人にこどもたちに、うんと助けてもらいました。

これを機会に今のところ末っ子のちび君は卒乳。そして一緒に添い寝してたのも

お姉ちゃんの部屋で寝るようになり、自立への道を歩き始め。

いろんなダイナミックが動き始めた我が家。

やはりピンチはチャンス。難ありすなわち有り難し。ですね。

マクロビオティック万歳!なんちゃって。

 

ともあれ、無事に5ヶ月が過ぎて安定期になりここ数ヶ月

大変な時期をがんばってきた家族と自分へのご褒美もかねて

ブラジルのビーチに遊びにいってリフレッシュ。

海ってすごいよね。ヒーリングですよ。これは。

海に浸かってるだけで、波を感じるだけで,潮風にあたるだけで

何もかもが浄化され。あれ放題だったお肌はしっとりぴかぴかに。

ちょいと日焼けをしすぎた感はありますがとってもチャージされました。

自然ってこうやっていつでも絶え間なく私達に与え、けれど時に無情にも

全てを奪い、ただそこに在るのだなぁと。

でもそれがとてもありがたいなぁ、命なんだなぁと思っていました。

ブラジルでの大自然の暮らしのなかでさえ、日々のルーティーンの中で

ついつい感じることより暮らしをこなすことにフォーカスしてしまいがちな

のですが、時にはやっぱりこうやってただ自然の側で、海や土や

お日様や火を感じる瞬間はとても大事だなあとも思った久しぶりの家族旅行

でありましたとさ。

 

お白湯

最近お白湯を飲むのがマイブームになっています。

いよいよ寒くなってきた冬のブラジル、お番茶がおいしい

季節なのですが何故かふと「白湯」飲んでみようかなと思いついて

飲み始めるこれがまたおいしい!

確かアーユルヴェーダやる人はお白湯を飲んでるっていってたなと

調べてみると確かにお白湯はアーユルヴェーダでは万能薬として

飲まれているようで。マクロでいうお番茶的な存在ですね。

アーユルヴェーダではヴァータ、ピッタ、カパという三つのドーシャ

というのがあって、ヴァータは風(空)、ピッタは火、カパは水の

エネルギーを持っていると言われています。

アーユルヴェーダで飲むとよいとされているお白湯はこの三つのバランスが

とれた状態のお白湯をのむそうで、沸騰してから10〜15分気泡を出しながら

煮詰めたものを飲むそうです。水(カパ)を火(ピッタ)にかけて

沸騰させ気泡を出す(空)ことによって三つのドーシャをもつバランス飲料に

なるという優れもの。

またお白湯は毒素排出の力もあるそうでこのようにして湧かした白湯をポットに

いれて一日ちびちび飲むと言いそう。食前にもちょっと、食事中にも

冷たい飲み物は飲まないで暖かい白湯か常温の水がいいのですって。

こうすることで内臓があたたまり、消化吸収力もあがり、免疫がアップするので

健康によいとされているようです。

でも先ほど言ったように白湯はデトックス効果も強いので一日に800ccほどに

しておいたほうがいいとか。そうしないとかえって胃の消化液が薄まり弱くなったり

必要な養分も排出してしまうそうで。何事も適度に,体の声をききながら、ですね。

ともあれ、そういえば日本でもお白湯って昔は小さな子供の飲みものの

代表的なものだったですよね。わたしも子供の頃よく母が湯冷ましをつくって

くれて飲んでいました。また病人にもお白湯とかいいますよね。

煮沸した水が安全だという時代背景もあったかもしれませんがこうして

アーユルヴェーダの考えを聞いてみると、目に見えない部分でも

昔の人はお白湯がいいってなんとなく感じていたのかもしれませんね。

たしかに、番茶やハーブティーであってもお水のなかに何かしら

成分が含まれる訳で、そうなるといくらかでも飲めば陰性か陽性かの

影響を体に取り込むことになりますよね。でも白湯は水そのものに

熱を加えた物ですから、陰も陽も含まない。水自体は陰性の性質では

ありますがそれ以上には影響しない。という点で体が弱っている時や

敏感になっている時には優しく感じられるかもしれません。

そんなうんちくは置いといても、偶然飲み始めたお白湯。

最近は毎朝お湯を沸騰させるのが日課。そのお陰か寝起きもいいし

とても調子がいいです。

お湯が甘く感じる時はデトックスが進んでいる状態で、お湯が苦く

感じる時は体に毒素がたまってる状態だとかいいますが、幸い

毎日甘く暖かなお白湯を楽しんでいます。

蒸し暑い梅雨の日本ではありますが、この湿気でうちから冷える方も多いのでは?

と思います。そんな時にお白湯、けっこういいかもしれません=)