Sítio その1 電気の無いところ

先週末同じコンドミニウに住む家族に誘われて

Sítio(シーチウ、田舎のエリアのこと)にお泊まりに

家族で出かけた。

ここは「木の家」と彼らが呼ぶ場所で、ホリーデーハウスのように

週末だけ訪れている。我が家から車で1時間半ほどのところに

ある「木の家」の辺りはブラジルのローカルが多く住んでいて

田舎の暮らしが未だ残っている場所だそうだ。

こりゃ行くっきゃない!私達の家の周りも牧場でまぁまぁ田舎の

方だと思うのだけど、それより田舎でしかもローカルの暮らしを

拝見できるなんて!こんな所にいけるなんて私達の力だけでは無理だろう、

そう思うとやっぱり世界中どこでも持つべき物は友達だ。

ここの家族にはうちの子と同じ学校に通う1年生と幼稚園の男の子がいて

我が家の双子とマブダチでもある。お母さんはブラジル人,

お父さんはアメリカ人なので家族全員英語とポルトガル語を話して

くれるのも私達がコミュニケーションをとるのに幸いした。

また彼らはブラジルの伝統的な遊び等の研究をしていてスローな

ライフスタイルが似ていたこともあり我が家とすぐに仲良くなったのだった。

こうしてとうとうブラジルに来て初めて家族ぐるみで仲良くできる

家族とであったのである。

話にきくと「木の家」はもともと友人の友達が住んでいた場所で

しかもその人はドイツ人で5人の子供を持つシングルマザーの

アーティストだった。

若干私と経歴は違う物のその話を聞いただけで、なんとなく親近感を持たずに

いられない。なんだかご縁がありそうだ。

高速をおりてぐんぐん山を登っていくとちらほら現れる家や集落。

私達の住むエリアとは随分違って色の黒い人たちが多く見られる。

馬に乗って何処かへ出かける人や、自宅に動物を飼う人も多くみられる。

いよいよその辺りに来たらしい。

草原に放たれた馬の子供がお母さんのお乳を飲んでいる風景は

日常的であたたかだった。牛も馬も鳥もみんなリラックスして

その辺をふらふらしてる。

道もいよいよアスファルトはなくなり、7人乗りに荷物を詰め込んだ

車が重たそうに坂道を上る。「ここは道か?」というような場所を

ぎりぎり通りながらこの辺では見かけない車が来るのでじろっとにらむ

ローカルの人と目が合うのにどきどきしながらも、

友人が窓から顔を出して「Oi(やぁ!)」と声をかけるとみんな

「なんだ、あんただったのかい!」という感じで挨拶をする。

どうやら近所の人らしい。

そうこうしてゆっくり挨拶をしながら道を走りいよいよ

私達は「木の家」に到着した。

そこには既に昨日から向こうのお父さんと一緒に泊まっていた

双子がそこの家の子供とかけずり回って遊んでいた。

小さな小高い山の中にある家。ハンモックがいくつもかかっていて

南国のリラックスした雰囲気が醸し出されている。

中を見ると,以前の持ち主が置いていったままのドイツ風の

インテリアがブラジルの家にしっくりとなじんでいた。

また何故かこの雰囲気は慣れ親しんだ場所のように私達を安心させた。

ブラジルとドイツのミックススタイルというのは悪くないものだ。

そしてこの辺りはほんの10年ほど前まで電気のない地域だった

のでこの家にも電気はない。ガスは一応あるが

お風呂もお湯もすべて台所にあるかまどのような場所で

火をを起こして料理もし、お湯を作りシャワーに使う

システムだ。もう完全にスローライフ。

ついたら早速周りを見がてら近所の人の家に挨拶にいく。

なんだか昔おばあちゃんちに夏休みに長期滞在したときみたいだ。

お土産を持って村中をおばあちゃんと一緒に挨拶して回ったものだった。

「こんにちは東京からきました。」

そうすると田舎の近所の人が「よくきたねぇ、挨拶できてえらいねぇ。」

といってお菓子をくれた。「今夏休みで遊びにきてるのよ。」とおばあちゃんが状況を

説明しながら玄関先でお茶飲みながら話し込む。そんな懐かしい

村の挨拶巡りを思い出す。

さて近所を巡ってみると,確かにスローライフはあちこちにみうけ

られる。みんな電気こそあれ、家はこの「木の家」とほぼおなじ

作り。台所にはガスもあるがかまどがあって火もおこしていた。

そのかまどの上には何か動物の臓物のような物が竿にかかって

干してあって,聞いてみると豚の内臓だといっていた。料理に

使うらしい。庭には豚に鶏に果樹があってどれも彼らの生活の

為にともに生きていた。

けれど既に街の力はここにも及び、インターネット、電気、

今風の内装に改築されピカピカに掃除された家は10年前のそれと

残念なことに随分違うと友人は言った。確かに「木の家」の方が

雰囲気はぐっとしぶかった。あの家は幸運にもその頃から時間がとまった

まま引き継がれていたからだ。

もちろん、電気やガスのない暮らしが不便な事はわかっているし

それがあることで日々の女の仕事がどれだけ助かるかもわかっている。

のどかな風景の昔ながらの面影を残してほしいが故に

その不便な暮らしや日々の慎ましく厳しい自然との共存を

都会で便利に暮らす私達がこのような地域に住む人々に託そうと

思うのは勝手かもしれない。

けれど、やっぱりこんな素敵な面影がいつかなくなってしまうのかと思うと、

家だけでなくもしかしたらこの暮らしぶりさえもなくなってしまう

時が来るのかもしれないと思うと、私達のルーツを失ってしまうような

心もとなさと友にとても心が痛んでならないのだった。

けれど幸いにもこの近所の人は便利な物も取り入れてはいるが

いまのところ、豚も牛も鳥も一緒に暮らし、畑があって果物があって

村中でコーンフレークをつくり、家中で豚を締め丸ごと頂くような

暮らしを紡いでいらっしゃるのだった。

日本でもブラジルでも本当の田舎暮らしの危機はあるんだなぁ。

次の世代の私達がどういう風にそれを紡いでいく助けができるんだろう。

日本の裏側の電気の無い木の家にやってきてそん事をふと思った

のだった。

 

 

 

 

2 コメント

  1. 大分在住

    素敵な記事をありがとう。胸に深く深く沁みました。
    ひとみさんの記事を読むと、心が柔軟体操した後のようにフワフワになりますよ。そんな読者がブラジルの裏側にたくさんいるので、これからも楽しい気付きや発見をお伝えください。

  2. レーズンアイス

    私も田舎暮らしですが、日登美さんの訪れられた『ここ』は本物の田舎ですね!
    拝見していて『あぁ、私自身、この場所が好きだなぁ!私はやはり、田舎で暮らすのが好きな方の人間なんだ』と自分の位置を確認することが出来ました。
    自然のままに、自然とともに生きていくのはもちろん厳しさがあるだろうけれども人間が人間らしく暮らせる居心地のいいところなんだな、と改めて気づきました。