Brazil

豆腐と日本

大好きな穀物コーヒーにまったりとした豆乳を

注いでお茶の用意をする。

 

日本にいれば至って普通の午後のひとときだが

ブラジルではこんなひとときを至福と言わざるを得ない。

なんてったって,まず穀物コーヒーはここでは売ってるのを

見かけないから大変貴重な代物。

手に入れるにはドイツルートで飛行機に乗せて持ってきてもらう

ことになるという密輸気分すら感じられるこの穀物コーヒー。

そう簡単に飲む訳にはいかない。

けれど一度開けた缶を大事にしすぎてあまり長い間放っておいて

いざという時に湿気ていた。なんて事になったら悲劇なので

その辺のさじ加減も加味しなくてはならない。

 

 その上我が家の近所では豆乳すら売ってない。

豆乳と言えば訳の分からん添加物と甘味料や砂糖や

フレーバーや色々入った物しか売っていないのだ。

これは牛乳代わりに料理やお菓子作りに豆乳を

使いたい私としてはかなり頭がいたい。

以前はなんとか無糖の豆乳が買えたから何かの間違いだろうと

思い、何件ものスーパーを回り

「いや、きっと来週になれば入荷するだろう。」と

淡い期待を抱きつつもう半年が過ぎた。

ブラジル人は無糖豆乳は飲まないのか?

無糖豆乳が無くて料理は困らないのか?

地震のときや停電の時に懐中電灯がないと困るように

毎日無くてもいいけれど、いざという時

無いと困るもの、豆乳。

半年は長い。長過ぎる。

私はとうとうしびれを切らして自分で豆乳を作る決心をした。

そしてその記念すべき第一作目の豆乳がこの

穀物コーヒーラテに注がれたのだった。

 

まだ生暖かくとろっとクリーミーな仕上がりの豆乳。

2リットルほど出来た豆乳を満足げに眺めつつ

「煮て食おうか、焼いて食おうか」と鬼婆が

小僧さんをなめ回すように思案に暮れるもまた一興。

早速以前からやってみたかった豆腐を作り、残りの豆乳で

久々にマクロビ仕様のレモンクリームのタルトを作った。

初めて作った豆腐は食感こそいまいちだったものの,味は

あの懐かしの日本のまめまめしい豆腐の味。

ブラジルで売ってる豆腐は「豆腐」の顔をしていても悲しいかな、

やっぱり何処か豆腐ではない。

その点、豆から出来上がって姿を現したこの自家製豆腐は

郷愁の思いが込み上がるほど日本の味だった。

 

それにしても、豆乳にしろ豆腐にしろ,いざ自分で作ってみると

なんて手間がかかるだろう。こんなすばらしいものを

1つ200円くらいで売ってくれてるなんて日本の豆腐屋さんに

感謝状を送りたいほどだ。

日本を遠くはなれると日常のそこここで、

日本文化のすばらしさ、ありがたさに行き当たる。

そしていままで見えなかった姿を見た時に

遠く離れたこの地からどうかこの文化が消えないようにと

祈りたくなる。

こうして外国の不便のなかにあることで、

豆腐を作るチャンスを得て、

豆腐のおいしさを味わい、日本食のすばらしさを改めて

感じることができたことはありがたいことだと思う。

当たり前のありがたさと愛しさは

ある時には気がつきにくいものなのだ。

きっと日本人は一生に一回くらい豆腐を作り、味噌を作り、

納豆を作って,梅干しを干してみたら良いと思う。

自分の国の食べ物を自分で作ってみる。

たったそれだけのことで海外にいなくても

きっとなにか大きな発見を自分の内側にも外側にも

出来るんじゃないかと思うのだ。

こうして今日も日本の裏側で私の台所は日本の風を感じながら

紡がれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月の祭り

ワールドカップまっただ中ではありますが

ただ今こちら一足お先に冬休みに入りました。

真夏の太陽輝く6月には学期末最後に「サンジョアンオの祭り」

が学校でありました。

日本のシュタイナー学校ではヨハネ祭とされるお祭りです。

一年の中で一番大きなお祭り、6月の祭り、火の祭りとも

呼ばれ、準備にも気合いが入っていました。

ちょっとご紹介したいと思います。

 

何をするにも食べ物がたっぷりないと始まらないブラジル人。

おなかをすかせている、ということはあり得ないのです。

というわけで

シュタイナー学校恒例の親による手作りケーキの販売に私も献品

しましたよ。

何つくろうか?と考えてブラジルの伝統的なケーキ

「Torta de Banana(バナナのトルテ)」を作ってみました。

一番人気なのはボーロジセボーラという人参ケーキなのですが

それが人参というよりは,黄色いケーキにチョコレートがたっぷり

かかっているというしろもので、人参の味など全くしません。

そう。ブラジル人はチョコレートが大好き。チョコレートの

使われていないケーキなんか見向きもしない、,と言っても過言ではないほど。

そんななかで私のタルトは大丈夫だろうか。。と心配していたけど

開店間もなくに,私のケーキを持って歩くおばあさんを発見!

やっぱりブラジルでもお年寄りは渋い味がお好み。

ともあれほっと胸をなでおろしたのでした。

さて、おいしい物をたっぷり食べていざ,祭りがはじまります。

 

そうそう。

今日のメインはサンジョアンオという神様ですから!

まずは双子達のいる3年生が神様を連れてきます。

長い竹竿をみんなでかつぎながら

ギターに合わせてみんなで歌を歌いながら学校中を練り歩き

ます。

子供たちの前後でギターを弾いたり楽器をならすのは

もちろん親御さんと先生。大人も子供も一緒になって

お祭りが始まります。

そして古今東西やっぱり祭りは練り歩きなんだね!と

なんだか親近感。

沢山の人を引き連れてとうとう広場に竹竿が立ちました。

「ビバ サンオジョアンオ!」のかけ声に

祭りは一気に盛り上がります。

このお祭りは収穫祭の一つでもあるようで

独特のカントリースタイルの洋服を着た人が沢山いました。

男の人はデニムのオーバーオール姿、女の人はカントリーガール。

軽く50歳を過ぎていようかという女性もフリフリのミニスカートの

カントリーガールドレスを着て踊りまくっている姿に圧倒

されつつも祭りは続きます=)

双子のクラスは収穫かごのモチーフを飾りました。

このお祭りの最大のイベントは各学年毎のダンス。

歌と踊りが大好きなブラジルならではという感じで

どの学年も気合いが入っていました。

それぞれブラジルの伝統の踊りや世界の踊りを衣装をきて

披露します。

双子のクラスは女の子と男の子が一緒にダンスをおどりました。

3年生だとまだまだ男の子と女の子が無邪気に踊りをおどってて

かわいいのです。

そして祭りで何を踊るか最後まで教えてくれなかった次女が

はじけるほど踊っていたのに「こんなキャラだったのね。」と

しばしボーゼン=)

最後は流石の長女。アフリカの踊りだったのですがさすが

棒を使ったり、ソロのダンスがあったりと複雑なダンスは高学年

ならではのものでした。

 

この学校の親御さんと話していたらこのお祭りが楽しいのは

毎年踊りも成長しているからだと言っていました。

1年生の頃はちょっとステップを踏むだけの簡単な踊りを

先生と。

それが学年があがる毎に少しずつ複雑な踊りをするようになり

「あぁ大きくなったなぁ」と思うそうです。

確かに全学年をみていると小さい学年のかわいらしさ、

大きな学年のすばらしさのコントラストがとても楽しかったな。

全ての学年が披露を終えて,空はすっかり夕暮れに。

しかし。

あ〜たのしかった!というのはまだ早い!

ここからが祭りの本番?というべきか。

広場に積み上げられた薪に火を付けてキャンプファイヤーが

まっていました。

教師による火の儀式のあとには

大きな焚き火が。

さぁここからが祭りだ!といわんばかりに

老若男女、火を囲んで踊るは踊る!

もちろんバックは先生や親御さんによる生伴奏。

ぐっとブラジルの雰囲気が漂います。

ボサノバあり、なんだか知らないけどブラジルの歌あり。

祭りはいよいよクライマックス。

そんなこんなで

恥ずかしいなんて言ってる場合じゃないです!これは。

ブラジルのForroという踊りやなんだか知りませんが

とにかく子供たちも大人もみんなとにかく火を囲んで

踊り狂う姿にまさに「ブラジル!」を感じつつ

真冬のブラジルではありますが

真夏の太陽のようにほとばしるブラジル人達の底抜けの明るさを

見るような歌と踊りを楽しむ姿に

祭りの神髄を見たような気分がした6月の祭り。

今年も実り多き年となりますように!

「ビバ サンオジョアンオ!!」

 

 

 

アボカド

待ちに待ったアボカドの季節到来。

ただ今道行く木々にはたわわにアボカドが実っている。

いつもそこを通りがかっては「一つ捥いでみましょうか」

という気分になるのだが一応柵で囲われている

誰かの敷地なので「やっぱりだめよね。」と自分に

言い聞かせあきらめる。

何故か外国にいると良くも悪くもいつもの自分の常識のたがが

外れるような事がある。

例えばもし日本にいたなら絶対食べないようなジャンクフードも

率先して食べてしまえたり、知人の話だがとても真面目なおばあちゃんが

外国に旅行に行った時になんと車に乗って走り行く道すがら

ゴミをポイ捨てしていたという。恐るべし外国という名の魔。

いつもなら絶対しないのに、何故か心が緩む外国暮らし。

そんな日常と非日常の狭間でつい他人の柵の中のアボカドを

捥いでみたくなる今日この頃なのだ。

 

あぁ。いけないとはわかってるのに目はアボカドを捕まえる。

別れを決めたのに捨てきれない恋人の思い出のごとき

ブラジルのアボカドたち。頭の中では松田聖子の「抱いて」

が流れている。How can I stop loving you?

アボカドひとつでここではラブストーリーがうまれる。

多分暇なんだろう。

あんなに実っているのに誰も見向きもしない

この柵の中のアボカドパラダイス。

誰が収穫するのか、それともしないままなのか。

行く末が気になりつつ今日も後ろ髪を引かれながら

その場を立ち去る。

 

そんな酷い人目惚れのようなアボカドの旬。

いつか家をもつなら絶対1本うちに植えようと心に決める。

ほかにもマンゴー、パッションフルーツ、ジャブチカバ、バナナも絶対。

と夢は膨らみ想像は遥か彼方へ歩き出す。

 

そうこうしながら甘く苦いアボカド熱の時間を噛み締めていると、

仕事帰りの主人が友人の家から山のようにアボカドをもらってきた。

渡りに舟とはこのことか。

「まぁ、こんなに沢山!」遠距離恋愛中の恋人が

やっと再会したときのような喜びに鼓舞しながら

ずっしり重たいアボカドをかごのなかに納める。

まだブラジルに到着したばかりのころに旬の終わりを

迎えたこのアボカドを頂いたのを思い出す。

日本で見る物の3倍も4倍もあるかと思われる大きく

ずっしりしたアボカド。

食べるとクリーミーで甘く、ねっとりとした油を含み且つ

フレッシュなプラーナを放つこのアボカドに今までの概念を

覆されたような思いがしたものだった。

それが目と鼻の先の庭でもちろん無農薬無肥料で

ブラジルの照りつける日差しと大粒の雨を吸い込んで

こんなに立派に育つのだ。そんな自然の恵みの驚きと喜びを

初めて直に体験したものこのアボカドだった。

その頃彼女の庭のアボカドの木には今期最後の力を

振り絞ったようにわずかな実がぶら下がり旬の終わりを告げていた。

それでも初めてアボカドの木を見た私たちは大興奮していたし、

子供たちは木に登り、身をかくすように穫られにくそうな場所に

残されたいくつかの果実を収穫させてもらい大喜びしたのだった。

あれからもうすぐ一年か。

 

初めて見る旬真っ盛りのアボカドの木には何だか想いがひとしおだ。

私たちもこのアボカドのように自分の内に毎年見えない果実を

実らしていけるだろうか。

こうして次から次と季節ごとにたわわに実るブラジルの木々に

私は今も魅了され続けている。

 

 

フェジョアーダ

若い頃はよく色んなレストランに御飯を食べにいって

イタリア料理だの、フレンチだの、タイ料理だのと

色々食べていました。

どこの国の料理もとても美味しくて,フランスパンを食べて

チーズを食べてワインを飲んで「あ〜毎日でもいいわ!」と

思ったり、いまでもタイ料理のスパイシーさは大好きで

パクチ−毎日でも!とか思ったり、

インド料理も大好きで食べにいくといつも「インドに住みたい!」とか

思うんだけど,結局どこの国の御飯も3日、いや一週間も

食べ続ければ「やっぱりもういいです。」と思うのがおちでした。

やっぱり日本に住んで、日本にいれば御飯とみそ汁ほどおいしい物は

なく、毎日食べても飽きない最高の献立だと思ったものです。

 

そしてここブラジルにもそんな御飯とみそ汁に匹敵する最高の

献立があるのです。

フェジョアーダもしくはフェジャンオ(フェジョンともよぶ)という

マメの煮込みに細長いタイプの米、コーヴィというキャベツより固い葉っぱの

炒め物コーヴィマンテイガ(コーヴィのバター炒め)に

バタタパーリャというポテトチップの細い物をトッピングし

オレンジを添えて出されるこのメニュー。

多少の差はあれどだいたいどの家庭でも一日の何処かで必ず食べられる

日本の御飯とみそ汁定食のような物です。

みそ汁は魚で出汁をとるけれど、フェジョアーダは

マメにベーコンや牛肉をちょっと

加えて煮込み,出汁代わりにして作ります。

コーヴィのバター炒めはほうれん草のおひたしのブラジルバージョン

というかんじでしょうか。

どれも日本に比べると油も多いし、ガッツリしてるのですが

ここブラジルで食べると不思議とちょうどいい。というか

とってもおいしいのです。

そうはいっても、基本菜食の我が家でははじめはなんとか

菜食バージョンで作ってみようとやっていたのですが

なんだかそういう工夫が返ってこの美味しさの何かを壊してしまう

ような感じがして思い切ってこの本物バージョンを作ってみると

なんだかすかっとした美味しさがあってブラジル!って感じがして

とても好きになりました。

ここに来た当初は御飯とみそ汁をよく食べていたのですが、最近では

みそ汁とフェジョアーダが半々くらいの割合に。

「今日の昼ご飯何?」の質問に

「今日もフェジョアーダだよ」と答えると

「いえ〜い!」と喜ぶ子供たち。

日本では毎日みそ汁,ブラジルでは毎日フェジョアーダが

最高だ!

風土にあった食べ物,その土地の伝統食ってやっぱりおいしいなぁと

思うのでした。

 

 

 

ワールドカップ

いよいよ待ちに待ったワールドカップが始まった。

思えば2013年、「ブラジルという国に引っ越す事になりました。」

と子供たちに告げた時に外国を全く知らない子供たちが

様々な「つて」を基に集めて知り得たブラジルに関する唯一の

情報が「ブラジルは2014年ワールドカップ開催国」だった。

ワールドカップの意味は知らない。ブラジルの場所も知らない。

サッカーのルールもよく知らないけど、なんかかっこいいじゃん。

双子はそう思ったのだろう。

そして友達の「いいなぁワールドカップ見られるじゃん〜」という半ば

いい加減な情報もあいまって

「そっか、みんなうらやましいのかぁ、じゃいいか=)」と

言う感じで双子の坊やはすっかり引っ越しが嬉しくなってしまった

のだった。

また友達からのお別れのお手紙には

「ワールドカップを見に行ったらネイマールのサインをもらってきてね」

という無邪気な期待まで寄せられていた。

「俺、ブラジル行ったらサッカー見に行くんだ!それでサインももらうんだ!」

と張り切る双子を横目に、ブラジルに引っ越したからといってそう簡単に

ゲームのチケットを手に入れられる訳もなく、ましてサインをもらうなど

到底無理だろうなんてことは当時は口が裂けてもいえなかった。

この淡い男の約束はどんな形で果たしてやることができるのだろう?

そんなささやかな悩みを抱きつつ私たちはブラジルの地に降り立った。

あれからもうすぐ一年。

そしてとうとう始まったワールドカップ。

未だサッカーのルールすらはっきり理解していないにも関わらず

このブラジルの沸き立つサッカー熱に飲まれ私たちも

待ちに待ったサッカーを観戦することになった。

もちろん、テレビでだが。

 

試合は夕方5時からキックオフ。

当日の朝には「今日は午後に友達の家でみんなでサッカーみるからね!」と

早々と予告しておいた。

子供たちも「今日なんだ!わかった!」と嬉しそうだ。

うきうきしながらアウブン(サッカー選手の乗ってる本)を手に

今日のゲームブラジルとクロアチアの選手を眺める。

「こいつかっこいいんだよね〜」

「ネイマールいいよね〜」と試合など見た事無いくせに

何となく知ったかぶって会話をするのがかっこいいと思ってる男子陣。

それを横目にまだ仕上がらないアウブンの写真をカウントしている

冷静な女子陣。

その姿には運動会の当日朝にその日の競技スケジュールを

確認しているような高揚と興奮が感じられた。

学校への通学中に通る高速道路にもブラジルの国旗を掲げた車が

その日は特に沢山走っていた。

既に試合への期待と士気が漂ようブラジルの街。

 

子供を学校に送り届けてからは、夕方のスナックを作る為の材料を

買うためスーパーに出かけた。

駐車場の入り口にいるおじさんは「いらっしゃいませ」でも

「Bom dia(おはよう)」でもなく

「今日はワールドカップだよ!お店は早く締めちゃうからね!」と言った。

なんだか買い物をしにきて悪かったなぁという気分になりつつ

店の中に入ると、店内はいつもより人が少なく、品物も少ない。

みんな既に応援の準備態勢に入ってるのか?試合当日にあわてて

スナックの用意をするなんて野暮な事するのは私たち外人だけ

なのかもしれない。

既に閉店前のような静けさと、いつもと違う様子をみせるスーパーの佇まいに

私たちも「こうしちゃおれん!」という気持ちになりさっさと買い物を

すませて家路を急いだ。

そしてまた帰宅の道すがらもブラジルの国旗が街の至る所で

増殖しているのを発見したのだった。

 

昼に子供を迎えにいくと、学校の生徒の数割が黄色いT シャツを

着ているのが目に入った。もちろんブラジルのユニフォームだ。

事務のおばさんも、お迎えにきた親御さんでも何かの目印のように

黄色い。

スクールバスにもよく見るとブラジルの緑の国旗がデコレート

され、お迎えの車にも国旗がデコレートされている車が何台もあった。

子供たちの中には朝から顔にブラジルの国旗をペイントして

その日の授業を受けた子供もいたと聞いた。

ブラジルのシュタイナー学校でもワールドカップのムードは盛り上がり

の絶頂を迎えていた。

 

帰宅すると急いでスナックの準備にとりかかる。

お祭りにはおいしい食べ物がつきものだ。

みんなでテレビの前に集まりサッカー観戦しながら

ビールを飲み、フィンガースナックをつまむ。

これがブラジルの観戦スタイルらしい。

私は手でつまめるものをと考えてのり巻きを作る事にした。

ブラジルサッカーとのり巻き。

中身はツナとマンゴー。

なんだか村上春樹の小説に出てきそうな組み合わせだ。悪くない。

たっぷりののり巻きを作り終り、めまぐるしいサッカー観戦の準備を

終えると、既にゲームの30分前だった。

まだサッカーを見ていないのに、なんだか忙しい一日だったなぁ

と思った。

本場ブラジルでサッカーを見るのも楽じゃない。

テレビで試合を見るなんてもっと気楽に考えていたのだが、

あまりのブラジル人たちの試合にかける情熱に私は緊張していた。

当のブラジル人はシリアスではあるけれど、もちろん

緊張している訳もなく、みな楽しそうに盛り上がっているのだが

それだけにその輪の中でこの波に乗り遅れないようにせねば!との

プレッシャーがあったのかもしれない。

それともブラジル引っ越しの頃からささやかれていた

あのワールドカップがついにこの目の前で開催されるという

現実にやや困惑していたのだろうか。

ともあれ大急ぎで車に乗り込み友人宅へ車を走らせた。

 

家を出ていつもの赤土の牧場の道を走る。

急いでいたってスピードはいつもと同じだ。

いつもならやや傾いた太陽は夕暮れの空へ向けて

疲れた光を投げかけているようなゆっくりとした

やわらかな時間だ。

けれど今日の夕暮れは「今日も一日お疲れさま」という雰囲気を

醸し出すどころか「やっと日が暮れたか!」というブラジル中の

せかすような期待に押されて申し訳なさそうにおずおずと引っ込もうと

している様に感じられた。

空気はぴんと澄んで静けさが辺りを包む。

いつものような夕飯前の騒々しさは微塵も感じられない。

そこここにある家々のドアは閉ざされ、人気がないかのように

ひっそりとしているが、そこには確かに息を潜ませた人のいる気配が

あった。

おそらくどの家ももう目の前に近づいている開戦前の興奮を

テレビの前で握りしめているのだろう。

目の前にはただの一台も車の走っていない赤土道を走りながら

「関ヶ原の合戦のときってこんな雰囲気だったのかなぁ」とふと

頭によぎった。この空気感は歴史的な大戦のそれに匹敵するのでは

ないだろうか?知る由もない疑問を抱きつつ、この不思議な空気を

ひしひしと味わいながら、これほどまでに緊迫した空気をブラジルに

来てから感じた事はなかったと思った。

 

友人宅まで車で10分ほど。

その道を何台かの車とすれ違った。

ローカルのブラジル人のかなり年期の入った角張った

デザインの車には後部座席にもすし詰めに人がのっている。

どう考えてもこの人たちもこれからサッカーを観戦する為に

友人宅へ急いでいるのだろう。

「お互い、急ぎましょうね、もう時間ないですから。」と心で

つぶやきながらそれぞれ目的地へ急ぐ。

そしてまたやはりぎっしり人がのっているローカルブラジル人の

車に出会った。

次にはカップルの乗っている車、国旗のデコレートしてある車。

今ではもうどの車を見ても何の根拠もないのに間違いなく

これから誰かの家に集まって試合を見るのだという気持ちがしていた。

どの車も急いでいるように感じられた。

テレビを持っていない人は友人の家に集い、持ってる人も何処かに

集まり、誰かの家で、はたまた街角のパブで、カフェで大勢でサッカーを

みようとしている姿に、昔に話で聞いた事のある

力道山というプロレスラーの試合を街角の電気屋で黒い人だかりを作って

応援していた時代の日本人の姿を重ねて思い出していた。

あの頃の日本と今のブラジルとどこか通じる物があるかもしれない。

サッカーと歴史が交差する夕暮れ時、開戦前のブラジル。

 

いよいよ到着した家にはブラジルの緑のTシャツに

ブラジルスタイルのスナックを準備する友人の姿があった。

 

それを見てなんだか一気に緊張は溶けてサッカー観戦準備は

整った。

あっという間に試合は始まり、とにかくゴールを決めそうになる

たびに一喜一憂しながら、美味しいスナックをつまみながら

わいわいと時間は過ぎていった。

そんな大人を尻目にあんなにワールドカップと騒いでいた双子達は

まだまだ人のプレーを観戦するよりも自分がボールを追いかけて

いる方が楽しいというかんじだった。

むしろテーブルに並んだ我が家ではみかけることのできない

ジュースのいろいろに舌鼓をうつ方に忙しかったようだ。

 

そして期待通りブラジルは一勝を勝ち取った。

期待通りに物事を進める事へのプレッシャーをはねのけ

当然の勝利を当然とするほどにブラジルは強いのだろう。

サッカーの事はよくわからない私でも試合はとても面白かった。

ブラジルだけでなく対戦した相手の国もすばらしかった。

クロアチアのゴールキーパーが画面に大きく映ったとき

その目はまるで侍のようだった。決死の覚悟で、おそらく本当に

「命を懸けて」試合に挑む人の目をしていた。

やはり関ヶ原の戦いに勝るとも劣らないゲームがここで繰り広げ

られているのではないだろうかと思った。

いつの時代にも本気で戦う人には心を打たれるものなのだ。

 

試合が終わると子供たちはすっかり眠くなっていた。

祭りのあとには,街頭もない真っ暗なこの小さな町の畑の

牧場のあらゆる場所から叫び声や笑い声とともに

勝利を祝う鉄砲のような花火の音が鳴り響いていた。

そして空には図らずもいよいよ満月になろうかという

どっぷりとした大きな月が輝いていた。

こうしてブラジルでワールドカップが始まった。

これから約一ヶ月こうして国中を魅了するサッカーという名の

盛大な祭りが繰り広げられることだろう。

そして本当に今ここでその場に私たちはいる。

 

 

うどん

昼ご飯にうどんを打つ。

夜御飯に麺を仕込む。

ブラジルに来てから私の台所仕事に麺作りが加わった。

はじめはなんかめんどくさそうな気がしたのだけど

中華麺の作り方を見ていたら,中国では小麦粉でいろんな

物を作る事を知った。

そういえば当たり前ではあるけれど

肉まんなどの蒸し物や、餃子、そしてラーメンに和え麺など

全て小麦粉一つから作られている。

そんな家庭料理の在り方をみているうちに、麺というハードルが

グンと下がった気がしたのだ。

日本人が毎食お米を炊くように、中国では毎食麺を作る、粉をこねる。

なんだ、私たちと一緒じゃないか。

自分の習慣は簡単そうに思えるのに、やったことのない

人の習慣は難しそうにみえるものだ。

けれど一度それが板についてしまえば習慣となり当たり前になる。

その一歩を踏み出すが留まるか,それだけの違いだ。

 

まぁそうはいっても、毎食はできないし、お米の方がはるかに

体になじんでいるけれど

「あ、今日はうどんつくろっかな。」という言葉が気軽にでてくるように

なるのは嬉しい。

しかもうどんってやつは、繊細じゃないからありがたい。

粉をわしわしこねて、寝かせてまた伸ばす。

切るのだってなんとなく同じになればいい。

蕎麦のように麺が均一でなくてもおいしくできるからありがたい。

私たち夫婦は二人とも麺をうつのだが、

私は断然うどん、麺派だ。

そして主人は断然蕎麦派。

性格の違う夫婦って言うのはこういうところでも役に立つ。

というわけで最近は専ら私が麺担当となりわしわし

粉を捏ねておる訳です。

 

またそんな新しい習慣の背中を押してくれたのはブラジルの食事情も

あるだろう。

私の住んでいる街ではそんなに日本の食品を買えないし、

乾麺はあっても生麺、中華麺、ましてやうどんなど

売っていない。

はじめはなんて不便な街なんだ!とがっかりした物だったが

そういうときこそ発想の転換。

なんとかある物で作ればいいじゃんってことになる。

追いつめられれば結局人は何でも出来るんだろう。

昔の人がよくクリエイティブでいられたのは物がなかったからだ

なんて聞くけれど,それは本当だなと最近よく思う。

ハングリーであるということは自分を随分飛躍させてくれるものだ。

実際、本来怠け者のわたしもこのハングリー、不便という状況の

お陰で随分いろんなことができるようになった。

 

ともあれ、こうして麺を自分で作るのが楽しくなってきたのも

この不便の賜物。

ありがたきブラジル不便ライフ。

しかもコシのあるしっかりしたできたての麺を食べられるこの

幸せ。自分の手で作ったという達成感。

ビバ不便。ビバ小麦粉。

ちまたではグルテンフリーなんてことが流行っているし

アンチエイジングには粉物が大敵だって事,百も承知だけど

自家製麺にはそれをしのぐ魅力があるのだ。

 

こうして今日の昼もうどんをこしらえた。

ただのザルうどんなのにみんなどんどん食べる。

4人前で600gのうどんを作ったのだけど予想より無くなるのが早い。

何故かと思ったら、赤ん坊と思っていた一番下の坊やも

エンドレスでうどんをほうばっていたのだった。

もう彼も一人前に勘定しなくてならないのだろう。

これから一体一度にどれくらいうどんをうったらいいのだろう?

途方に暮れるような気持ちと何処か懐奥深く満たされるような

嬉しさとともに今日の昼ご飯は過ぎていった。

 

Figurinha

ワールドカップ直前のブラジル。

道を歩けばどの店にもブラジルの緑と黄色の旗が翻り

スーパーにいけば応援グッズとおぼしき

やはり緑と黄色のラッパやメガホンなどが

すでに盛り上がりの序章を奏でている。

男の子はほとんどみんな黄色いブラジルのユニフォームをきて

遊んでいるがうちの双子は本人達の希望で

日本代表のブルーのTシャツに

ドイツ代表の白地のTシャツを着ている。

私はてっきり皆と同じブラジルのユニフォームを

欲しがると思っていたのに、意外にも双子くんにも

日本人としてのプライドがあるらしい。

そしてそれと同じくらいドイツという国に親近感を

抱いているらしい。

僕たちの国、日本とドイツ。

それはつまり私たち家族のことなんだろう。

誇らしげに日本とドイツのTシャツをきて

二人対になってブラジルチームに立ち向かう姿が

愛らしい。

ちなみに一番おちびは一応ブラジル人なので

一人前に黄色いブラジルチームのTシャツをきている。

青、白、黄色。三色のユニフォームが揃った。

日本、ドイツ、ブラジル。

今ではそのどれもが我が家のような気持ちがするのだ。

 

子供たちは小さい子も大きい子も数人集まれば

「オレ〜オレオレオレ〜!」といいながら何処かでみた

かっこいい選手のマネをしながらサッカーゴールもない

草っ原で日が暮れるまでサッカーに明け暮れる。

子供の模倣とはすばらしいもので近所の子供なんて

まだまだおちびのくせにゲームの中で一人前にファウルをし

言い訳をし、やってない!と言い張ってあの独特の

大げさな身振り手振りで「そんなばかな!」というジェスチャー

まで再現し大人顔負けの白熱したプレーをみせてくれる。

あまりの白熱プレーにフェアな日本人プレーヤーの双子は本気で

「あいつらずるいんだぁ」泣いて帰ってきた事さえある。

たかが子供のサッカーとあなどれない。

さすがサッカー大国ブラジル。

けれどこうやって世界の広さを知るのもいい勉強になるのだろう。

 

子供がこれだけお熱なのだから大人だって黙っちゃいない。

大事なプレーがあるときは大学も休みになったりしているらしい。

サッカーを中心に仕事や学校のスケジュールが組まれてしまうのは

きっとブラジルだけなのではないかと思う。

 

そして今一番ホットなのが「フィグリーニャ」とよばれる

各国のサッカー代表選手の写真である。

「アウブン」とよばれる一冊の本にワールドカップ出場国全ての

ページがあり、そこに写真シールをはって本を完成させる。

チョコか何かのおまけについているものもあるのだけど

主には文具店にて1レアルで5枚一組の写真を買う事ができる。

どうしてこういう類いのものはいつも文具店で取り仕切られているのだろうと

懐かしい疑問がふと頭をよぎる。

うさんくさい文具にまぎれて子供が小銭を握りしめフィグリーニャを

買いに来る、はたまた大人がポンと20レアルを出して大人買いをする姿は

いつか何処かで見た事があるような光景だ。

 

 

このフィグリーニャ、全部を完成させようと思うと総勢600人とも

700人ともなる各国のサッカー選手の写真を集めなければならない。

しかも5枚一組の中にいつも別の人が入っている訳ではないので

ダブるカードも沢山出て来る。

そのだぶったカードはヘピチーダと呼ばれ

みんなそれを元手に友達と交換をしてこの本を完成させていく。

もうかれこれ数ヶ月この作業が続いていて学校ではみんな

フィグリーニャの話題で持ち切りだ。

学校の帰りにはみんなこの本を広げてヘピチーダを交換する。

それがまた子供だけでなく、大人も一緒になって、

はたまた学校の先生も一緒になって熱心にフィグリーニャ交換を

しているのである。

まがりなりにも、我が子達が通っているのは

ブラジルのシュタイナー学校だ。

シュタイナー学校といえばキャラクターグッズや一般のメディアとは

縁が遠い存在として日本では良く知られていると思う。

ところがどっこい、ブラジルはひと味違う。

フィグリーニャはサッカーがお国柄のせいか大歓迎。

もちろん反対する人もちょっとはいるようだけど、先生だって

「フィグリーニャ大歓迎ですよ!」と宣言した。

普通なら「学校に関係ない物は持ってこないでください。」と

言われそうなものだが、流石ブラジル。

先生曰く「フィグリーニャを通して自分の学年以外にも

生徒同士が多くの人と交流をしているのは大変よろしい。」

ということらしい。

なるほど。

そういう考え方もあるか。

価値観ってのは本当に様々だ。

ともあれそんなおふれが出たものだから、学校だから、と控えめに

していた我が子達もこのフィグリーニャ交換にいよいよ

熱心に参加するようになった。

 

実は私はこういうカード集め等が苦手で、日本にいるときは

あまり子供にやらせていなかった。

そういう自分の子供時代にはビックリマンチョコというのがあって、

熱心にカードを集めた物だったのだけど。

と子供が知ったら文句を言われそうだが。

こうして子供たちに我が家で初のカード集めを許してみると、

「いやぁそりゃぁ楽しいよね。」とついこちらも夢中になってしまった。

5枚一組のカードを買って家で袋を開けるあの瞬間。

車の中で袋をすかして中を見ようとしたり、もうこの際開けちまえ!

という衝動に駆られたりしつつ帰宅の道を急ぐ車内の中のあの興奮。

いよいよ家に着いて鞄を放り出して兄弟頭をくっ付け合って

フィグリーニャの袋を開ける。

「あ!やった!ブリリャンチ!(キラキラのカードをこう呼ぶ)」

「え?みせてみせて〜」

「なんだぁ、こいつもう一杯持ってる〜」

(これ!外国の選手に向かってこいつはないでしょ!と突っ込みたい気持ちをぐっとこらえる)

などなどもう文具店に入ってフィグリーニャを手にしたときからの

ドラマティックな事と言ったら、一レアルをかける価値は十分にあるといえるだろう。

そして私はしばし懐かしのビックリマンチョコカードの思い出に浸りながら,

「今の時代はワールドカップかぁ、ちょっとかっこいいなぁ」なんて思うのだった。

 

 

しかもこのカード、700人近い人を集めるにも関わらず

子供たちは袋に入った写真をひとたび見ただけで

「あ,これ持ってる!」

「あ!このひともってないやつだ!」と分別するので面白い。

彼らはどうやら700人近い見た事もない外国人プレーヤーの顔を

すっかり覚えているらしい。

ちょっとした神経衰弱じゃないか!とおもいつつ

フィグリーニャを通して子供の観察力の鋭さが鍛えられるのも

悪くないと思ったりする。

子供はどこでどんな形で勉強をしているかわからないものだ。

色んな経験を通しての若い脳みそは発達していくんだなと

まじまじ思う。

 

けれどもちろん歓迎される知恵だけではない。

我が家の隣に住んでいるおじさんがよくフィグリーニャを

買いにいくので、近所の子供たちはみんなその家で

おじさんを待ち受けて自分のおこづかいを渡して買ってもらう。

まるでマフィアの麻薬売買のようである。

まぁそこまではいいのだが、あまりのフィグリーニャ欲しさに

子供たちは朝となく、昼となくおじさんの家に押し掛ける。

(あれ、やっぱり麻薬の売買みたいじゃないか。。)

カランコロン!!と門についてる呼び鈴を日曜の朝6時半頃から

鳴らしまくり

「Inaci!(イナーシオ!)」(おじさんの名前)としつこく呼ぶ。

出てこないとまた

カランコロン!!

野生の猿には餌付けをしてはいけないというが,7歳以下の子供にも

餌付けはしないほうがよさそうだ。

近所の5歳の子供がそんな風にするもんだからうちの双子も一緒になって

「Inacio!」と叫んでいる。

(こら!イナーシオって呼び捨てしない!)

(こら!君たちはもう9歳でしょ!人の家に行っていい時間と

行けない時間くらい分別しなさい!)

ここに来てからというもの、こうして近所に頭を下げっぱなしでもある。

とはいえ、気のいいブラジル人。

子供が愛されるブラジルではみんな大変よくしてくれて、

もう片方のおとなりさんは子供たちにわざわざフィグリーニャを

買ってくれるし、近所のおじさん達も

「うちにフィグリーニャ交換にこないかい?」と子供たちを

誘ってくれる。

子供も大人もご近所も知らない人も老いも若きもサッカーで

フィグリーニャでつながっていく様をみると、あの学校の先生が

言ってる事もまんざらではないなと思うのだった。

 

ワールドカップ会戦間近。

未だ我が家のアウブンは完成していない。

あと100人を切った様だが開幕中に完成できるのだろうか。

既にぼろぼろになりつつあるアウブンを引っさげて

今日も双子は学校にいった。

そして今日の帰り道もきっとあの怪しげな文具店に1レアルを握りしめ

フィグリーニャを買いにいくことになるのだろう。

 

日曜日の風景

日曜日の朝、毎週恒例のオーガニックマーケットに買い出しに

出かけるため、まだ寝ていたい自分に喝をいれて布団からでる。

ブラジルは初冬。

こんな時コーヒーの香りに包まれながら自分のバッテリーが

起き上がるのを待てればなんとなく格好つくのだろうな、と

思いながらコーヒーが飲めない私はカーテン越しに犬達が餌を待っている

気配を感じつつを既に朝焼けの終わった空を渋い顔で見つめる。

子供たちが一人またひとりと起きて来る。

寝起きで既にテンションの高い子、朝ご飯の気になる子、

取りあえずハンモックに座って昨日と今日の境界線を越えたという

ことを納得しようとするように佇む子。やっぱりまだ起きてこない子。

気配と気配が合わさりながら一日が始まる。

どんよりと眠そうな空の日曜の朝。

けれどブラジルの天気は朝にどんよりと曇っていても、気がつくと

あっという間に機嫌がよくなり見事な晴れ間をみせてくれる事も多い。

今日はどうだろう?と天気の心配をしていながらも、結局どっちにしたって

洗濯機をまわさない訳にはいかないのだということに気がついて

急いで山のような洗濯物を洗濯機に放り込む。

「ウ〜ン」と言いながら洗濯機も動き出す。

洗濯機でさえ日曜の朝は億劫そうに働くものなのだ。

 

そうこうしてるうちに眠気も覚めて買い物の支度をする。

さて、そろそろ行こうか。

 

平日と違ってすいている高速を走るのは気持ちいい。

わたしもここで運転が出来ればいいのになぁとふと思う。

「早く免許を申請しないといけないんだよなぁ」と頭によぎり

急に休日気分は興ざめする。

よりによって日曜日にブラジルの役所仕事なんて世界で一番

めんどくさい事の三本指に入りそうなことを思い出したくない。

気分を取り直しゆっくりと景色を見ながら重たそうに沢山の実をぶらさげる

アボカドの木を見つけては誰が収穫するのか、それとも収穫しないのか、と

言った私にはおよそ関係のないことに思いを巡らしてみる。

いつもと同じ道を走りながら運転をする主人となんと言う事もない会話をしつつ

気分は再びいつもの日曜日に戻って来る。

走行しながら20分ほど走ってるとマーケットのやっている公園に到着する。

野生のカピバラがそこここで見られるこの公園

「日曜日、オーガニックとカピバラと」

なんだか一句詠めそうな牧歌的な雰囲気である。

 

やや出遅れたのか既にマーケットはにぎわっている。

小さい規模で数件しかないマーケットだけどここでは

大根に里芋、小松菜、かぼちゃにしめじにらなど

日本の野菜をオーガニックで買う事ができる。

 

ちらほらと聞こえて来る日本語と日本人客とちょっと

ブラジルの発音になってる「caqui(柿)」やそのままの「小松菜」

の名前に微笑ましさを覚えつつ、やや郷愁にひたる。

「小松菜はどうやってたべますか?」と聞いているブラジル人の奥様を

横目に「あ〜小松菜ね。知らないんだぁ〜」と心の中でかすかな

優越感を抱いたりもする。

ブラジルという海流と日本という海流が私の心の中で潮目のように

合流するこのマーケットのカオス。

 

ほぼ一週間分の野菜と果物に加え、

前回作ったキムチのおいしさに味をしめ、白菜を4個も買い

これまた前回あっという間になくなってしまったタイカレーペーストを

作るべくレモングラスにコリアンダーにと買い占め

気持ちがいいほど大量の野菜を手に家路に着く。

 

一日3食の食事を6人分,離乳食、おやつも時々作って

台所は休む暇を知らない。

意気込んで買い占めた野菜たちを四苦八苦しながら冷蔵庫に

しまい、よせばいいのに今日もその上三度の食事以上に料理を

しようとする自分にあきれるのだった。

 

昼ご飯前の微妙な時間、今日は機嫌を取り直さなかったのか

外は雨が降り出している。

買い物から帰ってきた騒々しさも、天気の悪い日に閉じこもる

子供たちのやかましさも、雨が全てを吸い込んでにわかに静けさと

落ち着きが訪れる。

そのタイミングを計ってか否か、それとなく主人が「やろうか。」

と言って本日の夫婦共同作業タイカレーペースト作りが始まった。

 

ひたすらににんにくの皮をむくわたし。スパイスを計量する主人。

ライムの皮。こぼれたクミンシード。しょうがの香り。

薬剤師のように黙々と作業は進む。

部屋中にアジアの香りが広がる。

にんにくの香り、ターメリックの黄色、ブレンダーは回る。

しとしとと寒空に降り注ぐ冬の雨のブラジルに

東南アジアの暑く湿った人懐っこい風が吹く。

真夏の太陽をつれてくるような香りが全てを吹き飛ばす。

これだから料理はやめられない。

 

一言も言葉らしい言葉は交わさないが阿吽の呼吸が心地よい。

カレーペーストの工程を共有しているだけなのに

こんなに夫婦関係が穏やかで刺激的で親密に感じられるのは

なぜだろう。

時折目を合わせてはその進み具合に、できばえに「うん」と

うなずき合う様はどこか神事のような趣もある。

それぞれに進む一つの作業、一つの工程が二人の手によって

なされ、時々確認され、あるときは一つの鍋で,あるときは

一つのボールに、あるときは瓶に詰められ出来上がる。

この工程は何かに似ているような。

こうして今日も大きな瓶にビッチリ詰まったペーストができ

あがる。私たちの達成感はクライマックスに至る。

 

アジアの香りを漂わせ、カオスと化した台所。

シンクの辺りに散らかったにんにくの皮に、ターメリックの黄色が

しみついたヘラ、心の穏やかさとは別に戦のあとのような有様を眺める。

どこか自分を見るようで親近感がわく。

気がつけば昼をまわり、おなかをすかせた子供たちが

朝の残りの蒸したジャガイモをほおばりながら

ポルトガル語でふざけあう。

半年前には見られなかった光景なのに

もうすっかり前からここにあったような気がするのは

このしっとりと全てをなじませる雨のせいなのか。

 

瓶をパントリーにしまって、カオスを片付けてしまうと

台所はいつもの顔をみせる。

床に転がる4個の白菜に今日は出番は回ってこないようだ。

ふたたびアジアの残香漂う台所に立つ。

さて急いで昼ご飯を用意しよう。

落ち着きと、騒々しさと達成感と刺激的な香りを振りまく

日曜日はこうして過ぎていく。

 

野焼きにご注意

秋空広がるブラジル。日本の裏側でも秋の空は高く広い。

空気もからっとして、さわやかな澄んだ風が気持ちよく

お洗濯物が良く乾くので私としてはとても嬉しい。

夏草が伸びきってそこここの牧場では草を処分する為に

野焼きをしているようだ。

牧場の草を刈るのは大変だから燃やしちゃおっか。ってこと

なのか。

 

とにかくここではよく牧場や広い空き地がところどころで

火をつけられて燃やされている。

それがまた随分ワイルドなやりかたで、我が家の隣の牧場も

ある時草を燃やす為に火をつけていたのだけどかなりの至近距離で

燃やしてるから一瞬ほんとうに火事かと思ったほどだった。

いや、火事にならなかったとは言え、煙に巻かれる我が家の

様子は二次被害さながらだったと言えよう。そんな事合法なのか?

ちょっとお尋ねしてみたい。

 

またある時には我が家の向こう側に見える牧場を燃やしていたらしく

私たちの家からもはっきりと炎が見えていた。

子供たちは「あ、火事だよ火事だ!」と興奮していたが

「違うよ,ただ野焼きしてるだけでしょ、いつものことよ。」といって

放っておいた。

そしたらしばらくして消防車の音が聞こえ,遠く向こうの丘に何台も

次々と消防車がやってきてた。

子供たちは「やっぱり火事だったんだ〜!」と不謹慎にも嬉しそうに

消防車の数を数えている。どうやら予想以上に火が強くなり手に負えなくなったらしい。

次の日にその辺りを通ったら牧場の横にある道路際まで真っ黒こげに燃えていた。

その辺の小屋もいくつか燃えちゃったみたいだった。

けれどここでは野焼きの焼き過ぎは「昨日飲み過ぎちゃったんだよね。」

というサラリーマンの二日酔い感覚でさらりと過ぎていくのだった。

 

そして先日極めつけに大失敗の野焼きを発見した。

学校の帰り道、大きな会社の向かい側にある牧草地。

両側通行の一本道を挟んで右手に会社、左手に牧草地があり

牧草地沿いに誰でも車を停められる駐車場とおぼしきスペースがある。

ここは朝には会社に来る人で片方の道が渋滞するほど

車通りは多い。そしてこの駐車スペースにもだいたいいつも

車が停められている。

さて、帰宅途中広大に広がる赤土牧場の焼きあとをみながら

ふと目をやると牧草地沿いにあるあの駐車スペースとおぼしき

場所も黒々と焼けているのが目に入った。

なんとそこにはまるで映画の爆破スタントを終えたあとのように

無惨に燃え残った車が二台放置してあった。

野焼き大失敗。

「あぁこの車の持ち主は一体どうしただろう。」

哀れでならない。

ブラジルではこんな風に自分の身に降り掛かったらと考えただけでも

恐ろしくなるような出来事がわりと普通に転がっている。

本当に実際こういう被害にあった人は一体どうしているのだろう?

といつも不思議に思っている。

帰宅しようと思ったら車が燃えていた。なんてシャレにならないじゃないか。

でも「歩いて帰れるから。」とか言いそうでそれもある意味怖い。

そういえば最近ワールドカップ直前になのに交通機関が整っていない

ブラジルに対して誰かが「こんな状態で観客の輸送はどうするんですか?」と

問いただしたらしい。その時のブラジル政府の答えが

「あ、でもブラジル人は歩くのが好きだから大丈夫です」

だったと聞いた。

そんな国だもの。体が元気ならなんとかなります。って

本気で思ってそうなのだ。

 

ともあれ冴え渡る秋空のまぶしさに焼けこげた車が目にしみる

晩秋のブラジルだった。

 

おやつ

ブラジル人はチョコレートが大好き。

とにかくおやつはチョコレート。

子供たちの通っているシュタイナー学校も例外でなく

毎週学校で開かれるのオーガニックマーケットに行けば

親御さんの手作りチョコレートケーキ販売に長蛇の列。

まだ2歳くらいのよちよち坊やが片手にでっかい

チョコレートケーキをもってかじりながら学校の中を歩いている

光景などはじめは驚いたものですが今ではもうすっかり

慣れてしまいました。

日本人の私たちがNo life No rice(米なしの人生なんてあり得ない)

ならば,ブラジル人はNo chocolate no lifeといったところでしょうか。

とはいえ、そんな光景をみて

「うちの子なら、2歳で絶対片手にチョコケーキはあり得ないよね!

ユニオには片手におむすびもって歩かせよう=)」と子供たちと

話しておりますが。

 

けれどそうはいっても周りがこれだけチョコレートを食べれば

子供たちも欲しくなります。

そしてここでは不思議なものでチョコレートがすごく食べたくもなるのです。

コーヒーも名産地なので飲めないくせにコーヒーも

飲んでみよっかなんて気にさせるのがブラジルです。

そして普段お酒を飲まない私でも、

「カイピリーニャ飲みたいなぁ〜」なんて淡い憧れを抱かせ

授乳中である事を思い出し、「がび〜ん」と思わせるのがブラジルの

雰囲気のマジックです。

そう。

この国では快楽、喜び、楽しみということを満喫するために

みんな生きているという感じがするのです。

頑張る、我慢する、努力する、禁欲的という日本人的な発想は

この国には似合いません。

そして、コーヒーのかぐわしさ、チョコレートの魅惑のテイスト

すばらしいトロピカルフルーツのカクテルなどはそれを体現してる

この世界からのギフトのようです。

だからこの味を知る事は人生の喜びという風に思えます。

けれどその甘い喜びは刹那で強力。それ故に反転して毒にもなる。

どんな物にも裏と表がある。

美しい花に毒があるように、甘い魅力には罠があるように

このすばらしい地球の贈り物にもそういう世界の逆説が

含まれているのも事実。

こうやっていろんな美味しいを体験するのも人生をうんと

広げてくれるなぁと思う今日この頃なのです。

 

そんなわけで魅惑のチョコレート大国ブラジル。

私たちも時々楽しんでおります。

こどもたちにとってはちょっとしたチョコ解禁。

これは我が家のレボリューションといってよいでしょう。

そう、ここでは食卓の上でも様々な革命が日々起こっておるのです。

けれど残念なのはこれだけチョコが好きな国なのに

美味しいチョコレートが売っていないこと。

せっかくのチョコ解禁にこれはかなり残念。

原材料をみると訳の分からない添加物が一杯で本当に参ります。

たしか原材料のカカオもここでとれるはずなのになぜ?と

思ったら、どうやらこの暑い気候と未発達の技術のせいで

添加物をいれないと遠くまで運べないとかそんなわけがあるそうで。

なんなら自分で作ろうかとも思うのですが、ローフードのチョコを

作ろうとするにはまた他の材料が足らず。

なかなか思うようなチョコライフは送れないのが現状。

う〜ん惜しい!

 

ともあれチョコに魅せられている我が子達ではありますが

秋深まるブラジルでは乙女はやっぱり

芋、栗、ナンキン、トウモロコシなど

甘い野菜が欲しくなるのですよね〜

子供の頃からよく食べてる味ってのは

体にしみ込んでいるせいか、チョコ大国でもそこはかわりません。

こっちでは日本のようにトウモロコシは甘くなく

初めて食べたときは「これは動物の餌じゃないのか?」と

思ったのですが何度も食べるうちに古来種のとうきびのような

素朴なうまみさえ感じられるようになり、日本の極甘のトウモロコシの味など

忘れ今ではブラジル産トウモロコシをがしがし食べる子供たち。

 

そして生まれて初めて食べるピニャンウというブラジルのナッツ。

松の実の種の大きいものでもちっとしていて、ナッツというより

銀杏みたいな食感。ほんのり甘い穀物のような感じがまた

たまらなく美味しくて恋しかった栗をしのいでただ今我が家の人気

ナンバー1に。

こういう土地のおいしい物との出会いも嬉しいものです。

お肉に添えたり、ケーキにいれたり、はたまた栗ごはんのように

混ぜて炊いたりと色んなレシピがあるようですが子供たちは圧力鍋で

茹でただけのピニャンウが好き。

茹でたてのあつあつを皮をむきむき散らかしながら

食べる昼下がりのブラジルってのも乙なものです。

 

強烈な魅惑の味を振りまくチョコレートに

噛むほどに味わい深い素朴な魅力を醸し出すピニャンウ。

いろんな美味しいを味わいながら子供たちは世界を広げる。

おやつからみたブラジルも様々な魅力でいっぱいのようです。