Brazil

8ヶ月

赤ちゃんが母乳から免疫をもらえるといわれている

時期がすぎ、私たちもブラジルに来てから8ヶ月が経った。

スーツケース12個と少しの家具で始まった異国でのシンプルな暮らしは

物がない分,日々の繰り返しの中のでささやかな幸せを見つけることが多い。

経済の発展中のブラジルでは山のように物を買っては捨てるひと、

食べ物を腐るほど余らせるような場面を見ることも多い。

お金さえ出せばここでも便利で日本にいたときのような暮らしを

する事も出来るけれど、私はそんな風にお金を使うつもりはない。

まぁ子供が一杯いるからそんな無駄もできないんだけど、それなら

とことんシンプルな暮らしを楽しむほうが良いと私は思っている。

ブラジルは自国の経済保護のために外国からの輸入品に

60パーセントもの関税をかけているため、普通に手に入るものや

スーパーではブラジル産の物がほとんど。日本のように世界中から

手頃な値段でなんでも手に入ると言う環境ではないし、物の品質も

そんなにいい物は期待出来ない。

そんな風だから料理をしようと思うと自然と地産地消になる。

けれどその食品も暑い気候と未発達の冷蔵技術のせいか

添加物が多いのも特徴でそういうあれこれを

避けながら新しいここでの食卓を紡いでいる。

そういう時に物を言うのはやっぱり手作りの力だと思う。

なければ,作るの発想はなんとありがたいことか。

そして自分が作った物のおいしさはやっぱり格別。それがいつしか

味だけでなく思い出になるというおまけつきだからなおさら愛おしい。

とはいえ,時々はおむすびが手軽に買える日本が恋しくなるし

肉食メインの真夏のブラジルの台所では一体何を食べたらよいのか

わからなくなることもあった。

「あぁ、納豆に冷や奴、薬味のいろいろに、刺身にお蕎麦。枝豆に

甘くて美味しいとうもろこし。なんて日本食ってすばらしいのだろう。」

そう何度も懐かしい思いがしたものだった。

それでもなんとかここでブラジルらしく,我が家らしく食卓を

紡ぐ挑戦はいまでも続いている。

 

最近我が家から車で2〜3時間かかるサンパウロにある

日本人街リベルダージというところに初めていった。

そこは横浜中華街の日本バージョンのような街。

ここのスーパーには納豆やらできたて豆腐やらレンコン、餅、

日本のスナック菓子等何でも売っている。そして中華点心なんかも

売っていて中華食材も手に入るアジア人には嬉しい場所だ。

私たちも懐かしいお蕎麦屋さんやラーメン屋に見とれながら

街を歩き、お店に入れば日本の食料品にすっかり興奮して

できたてブラジル産の豆腐にお揚げに納豆にと買い込んでしまった。

なんと便利な!!

こんなお店がうちの近所にあればなぁと

口惜しい気持ちがしつつも、こういう特別があるからこそ

日々の暮らしがもっと楽しくもなるのだとも思った。

その日はもちろんうちに帰ってから念願の柔らかい豆腐のみそ汁。

納豆に御飯,自家製ぬか漬け。

「あぁ,最高!日本食万歳!」みんな大感激で完食したのだった。

 

ブラジルの日本食は結構いいかげんで、味噌も売ってるがなぜか

「あかみそ」とかいてあってあきらかに「しろみそ」とかいてある

味噌よりも白い。どう考えてもラベルを間違えてパッキングしている。

という事で赤味噌が欲しいときは「しろみそ」を買う事にしている。

そして小豆も売ってるがなぜか「イセタン」と書いてある。

「Isetan」ってデパートじゃないの?って首を傾げる。謎だ。

番茶もあるけど「山本山」と書いてある。たしか海苔の会社じゃなかったっけ?

なんか知ってるような知らないような紛らわしい名前がついているのである。

といいつつも、手に入る小豆も味噌も番茶も我が家のかかせない

アイテムとなり台所に収まっている。ありがたや、ありがたや。

 

また小豆は細長く日本の物とは随分違う。米だって細長い物じゃなくても

日本とは匂いも味も全然ちがう。醤油だって添加物が入ってないものを買っているが

原材料は大豆、塩、トウモロコシ。所変われば品変わる、味も雰囲気も全然ちがう。

だから料理も変わるし,美味しく作る方法もかわる。

空気も気候も周りにいる人も違うので食べたい物も変われば欲しい味も

変わる。はじめはこんなおかしな匂いの米や、細長くて固い小豆や

うまみのない醤油にがっかりした物だったけど,今ではこれがブラジルの

風土に適しているここで出来た物だと思いとてもしっくりきているように

思える。

海外で暮らし始めると,はじめは自分の中に元々ある味覚や音や嗅覚や

センスやいろんな物と外の世界が対立する事がある。

その異物のように感じた外国の諸々も時間とともに自分の中で

熟成されて気がつけばいい塩梅になっていく。

日本人として変わらない物もありながら前よりもっと

世界に対して許容をしてる自分を感じる。

それはなかなか悪くない。

今ではみそ汁ももちろん我が家の定番だが、それと同じくらい

フェジョアーダというブラジルの黒豆の煮込み料理が定番になっている。

どちらも日常を感じる味になっている。

 

こんな風に色んな味が混ざりつつ,自分のルーツを大事にしつつ

台所での試みはまだまだ続く。

また最近は中華料理や韓国料理、タイ料理のスパイシーさなどが

アジア人の私には熱帯ブラジルで食べるのにとても合うように

感じている。

日本食はスパイスを用いない。水の料理。ひたひたと、ことことと

優しくゆでる、蒸す、浸す,煮る。穏やかで繊細な波動だ。

一方ブラジルははじけるような油の料理。スパイスはあまり使わないが

じりじりの太陽にジャングルのような自然を目の前に

自然とワイルドな料理を作りたくなる。食べたくなる。

じゅーじゅー焼く肉、ざっと強火で炒める。生のサラダを

がしがし食べる。

そんなわけで、じゃっじゃと炒める中華料理やスパイスの利いた

エスニック料理はすごくおいしく感じられるということに気がついた。

でもその材料は簡単に手に入らないので,やはり何でも自家製でというのは

お決まりだ。

自家製グリーンカレーペーストでタイカレーを作る。

自家製中華麺を作ってラーメンを食べる。スープだって鶏肉を食べた残で

がらスープをストックしたりする。最近はそれにキムチも加わり

アジア料理大満喫。

あかちゃんをおんぶしながら台所で料理する料理する。

そうしてもちろん夫の母国ドイツ料理もそこに加わる。

そしてイタリア系の友達、イギリス人、フランス人、スペイン人と

友達の輪が広がればどんどん料理も広がっていく。

こうして世界中の料理を作って食べているのはとても楽しい。

どこにもすばらしい文化と智慧が詰まっていて、美味しく無駄なく

健康的な料理が沢山ある。

肉食だろうと菜食だろうと全ての歴史と智慧と文化に乾杯だ。

 

こうして私の台所はますますグローバル化している。

そうしながらも毎日御飯とみそ汁は欠かさない。

日本とも世界ともつかない

菜食とも肉食ともつかない

生食とも加熱食ともつかない

混沌とした我が家の日々の食卓の中に

私らしさを見つける。

ブラジルに来て8ヶ月。

気がつけば我が家のぬか漬けはしっくりと床がなじみ

いい塩梅となっていた。

 

 

 

 

 

母の日

今朝起きたら双子が私のもとにやってきた。

「ママ、これあげるよ!」

よれよれの紙袋にはずっしりと重そうな物が入ってる。

そういえば先週末学校から持って帰ってきたっけな。

リビングにあったから中身はもう知っていた。パンだ。

リビングにほったらかしてあったから開けてしまったのだった。

大事な物のはずなのに、見えるところにほっとくあたり

抜け目だらけの双子君は未だ健在だ。

それでも「これどうしたの?」ってきいたら素早く「開けてない?」

(あけちゃったけど、そんなこと言えやしない。)

「まだあげられないんだよね〜ひみつだからさ〜」と

秘密の意味がわかってないのか、ともあれ双子はうれしそうに

今日まで部屋に隠し持っていたのだった。

 

何度も袋を握りしめたからか、よれよれになった袋がなんだかかわいい。

びっくりした振りをして

「え〜何?ありがとう〜なんでくれるの?」ときくと

「じゃ〜ん。今日はママの日です!」と

待ってました!と言わんばかりの嬉しそうな顔で二人が言った。

そういうや否や「このパンね,すごいんだよ。」といって

おもむろに袋からパンを取り出しちぎってみせた。

紫芋が渦巻き状に巻いてあるパンだった。

「おいしいんだよね。」といって私のプレゼントのはずだったのに

自分で食べてしまった双子君。

しばしあっけにとられる母をよそに

おっちょこちょいがまだまだ健在な双子君。

 

母の日。数日前に何となく聞いてたけどお祝いしてもらえるとは思って

いなかったので実は本当にちょっとびっくりした。

中身がパンの袋は知っていたけどそれでもなんか嬉しい驚きが

あった。

しかもお手紙までついていた。「お母さんありがとう」

何故か宛名は「ひとみへ」とまるで恋人へ当てた手紙のように

なっていたが学校で皆と一緒に書いたからきっと外国の風習で

名前で書きたくなったのだろう。

きちんと自分の名前も漢字で書いてあった。

ひとまずは日本語がまだかけるようでほっとした。

それぞれ違う絵も描いてあって

それが二人の性格をみるようで素敵だった。

 

こうなるとお姉ちゃん達もうずうずしてくる。

気がつけば四人に囲まれプレゼントとお手紙をもらっていた。

「ありがたいなぁ」しみじみ思う。

もうこれではどちらが感謝してるのかわからない。

母の日は母に感謝し,母も感謝する日なんだなぁと

気がついた。

元気に育ってくれる子供や家族に囲まれてなんてありがたいのだろう。

 

まさかお姉ちゃん達もプレゼントを隠し持っていたとは知らなかった。

どうやら学校で作ってきたようだった。

長女はハーブを混ぜた手作りソルトに自分でラッピングしてあった。

次女は毛糸の手編みのポーチで中に折り紙の小箱が入ってた。

双子は紫芋の生地がロールされた渦巻きパン。

それぞれ手紙がついていて、

「Obrigada mamãe」

「お母さんありがとう」とかかれてあった。

見慣れた日本語のメッセージに初々しいポルトガル語の

メッセージ。

なんだか胸が一杯だった。

 

そして今日一日の終わりには泥で作った

母の日のケーキをくれた。

小さい頃から何度も何個も作ってくれたあのケーキを

今日はブラジルで,ここのある土と木の実でつくってくれた。

お母さんになって13年。

ブラジルで初めての母の日。

課外授業

子供の通ってる学校では時々週末に課外授業がある。

キャンプ付きで陶芸をしたり、農場に出かけたり。

だいたいみんな家族皆で参加する。

ランチはポトラック。みんな好きな物をたっぷりもってくる。

大勢で出かける遠足の中で遊ぶように学ぶ子供たちはとっても楽しそう。

先週は5年生の次女のクラスで紙を作る課外授業があった。

我が家から来るまで20分ほどの場所、クラスメイトの実家で

バイオダイナミックの畑とシュタイナー教員コースをやってるコミュニティ

にて。

まずはみんなで散歩。

遠くにみえるのは湧き水のプール、広い敷地には畑、動物、

果樹、池などが。

こちらも湧き水の水飲み場を利用してビオトープのようなものを

作ってあった。パーマカルチャーの要素もあるみたい。

お水は冷たくて美味しい!

こんな素敵なおうちも。

軒先の青いバナナがかわいい。

そしてあたりを歩き回ったあとは、水辺で植物のデッサン

を始める子供たち。

ブラジルの蓮の花。

この蓮の花の池の端に生息している背の高い植物を刈り取って

紙を作ります。大人達は刈り取る作業をしつつ

子供はデッサンをしつつ。お天気がよくて最高!

初めて見たこの植物。インテリアにもいいよね〜と話してると

素敵だからといって根っこからほって

家に持ち帰る家族もいました。

家で植えてみるって=)さすがやることがワイルドだ。

 

さて、いよいよ今日はここで紙作り。

 

 

先生の話しをよく聞いてみんなで手分けして作業をすすめます。

さっき刈り取った植物の茎を皮をむいてお酢につけて

手で割いていきます。

 

 

お次はいよいよ二人一組で紙を織り上げます。

この二人、大の仲良し=)

几帳面で誰より美しく作るのは二人とも大得意!

私の出る幕もなくただ見守るだけ。

先生にも「Muito Bem!」とほめられてました。

 

 

 

あとはこの織り上げた物をプレスするようで

出来上がりはまた後日。

どんなのができるのかな〜

ともあれすっかりおなかがすいた子供たちは

ポトラックを堪能し早速向かったのは

あの湧き水プール!

自然の石や岩で囲んで湧き水をためたプールは

最高に気持ち良さそう。

岩からの飛び込みはみんなどきどき。

最初は怖くてためらってた子もいたけど,最終的にみんな飛び込む!

ドキドキしてた次女もやりました=)

 

昼下がり、皆の手作り御飯で満腹で

子供たちは散歩したり、プールで遊んだり

大人達は芝生の上で、食堂で、

食後のケーキをつまみながらのんびりおしゃべり。

あぁなんてリラックスした休日なのでしょう。

 

子供の課外授業でも家族みんなでやってきて

のんびり時間を過ごすのがブラジルスタイル。

先生だってパートナーも子供も連れてきます。

食事をしたら、必ずデザートも用意してあって

ゆっくり食べながら一杯おしゃべりして。

だれも酔っぱらったり、イライラしたりもしないで

みんなリラックスの仕方を良く知ってるなぁと感じます。

楽しむ事が上手、のんびりとする事が上手。

日頃の忙しさを微塵も感じさせない大人達。

それがブラジルスタイル。

 

こうして休日にエネルギーチャージしてまた一週間がはじまるのです。

 

イースターの考察

早い,早すぎる。

時間が立つのが早すぎる。

気がつけばもう4月が終わる。

 

子供5人と犬二匹。国際結婚で異国暮らしを初めてはや8ヶ月。

今月とうとう赤ちゃんが初の高熱をだし、看病に明け暮れ

疲れを感じながらも懐かしいあの幼児期が再びやってきたという

実感に包まれた。

熱を出しながら,この世に生まれた体を少しずつ自分のものへ

作り替えると言われている幼児期の発熱。

何度も風邪を引き、乗り越え、免疫をつけてこの世界で

生きていく為に強くなっていくこの時期の子供たち。

熱を出したあとの顔つきが変わる。

態度が変わる。

「あぁ生まれ変わって、また一つ大きくなったね。」

もう熱を出す前とは別人の子供。一体どこへ行っていたの?

つい尋ねたくなるほど。

そんな風にいくつものさなぎを脱ぎすてながら成長を遂げる姿を

見ていた幼児期をまた繰り返している。

 

けれどさすがに嬉しいながらも5人目ともなれば

やや疲れがでてくるようで「いやぁ、年かなぁ。」と

ふとつぶやいてしまう。

肉体的にも精神的にも毎日が限界に達するという充実。

生きてるってすばらしい。この体も心も精一杯活かしていると

思えることはとても嬉しい。そういえば四人の幼児期も

毎晩体がじんじんするほど疲れてお布団にはいるのが最高に

気持ちよかったっけ。もうそこまで疲れるとやることやるだけで

余計なことを考える暇がないのもいいことだ。

なんとなく日々が既に瞑想状態なのだ。

けれど時にその疲れが限界をこし、心が折れそうな時もあった。

それでもお日様がのぼり、雨があがり、季節がかわって

今日という日が始まる。

終わらない夜はない。

それが一日なのか、季節なのか、年月なのかわからないけど

永遠に変わらないことなどない。

見えないところで命が動く冬の地上のように辛抱強くあるほど

目にあおい春の喜びはひとしお。

あぁ日本の春があんなに待ち遠しく感じるのはそのためなのかしら。

 

2014年4月ブラジル。

日本の裏側では秋が始まろうとしている。

市場ではサツマイモに柿、里芋にリンゴがならぶ。

まるで日本にいるようだけど

「Caqui(カキ)」と書いてある文字にくすぐったいような

気持ちになる。

日本から桜が散ったという話を聞いて、

たらの芽を食べるという話をきいて、

日本の春に思いを馳せる。

そうだ。ブラジルにはこんな春の気持ちは確かにないんだと

気がつく。

この土地で赤ちゃんを産んだのはブラジルの春。けれどこの国では

緑が地上から消えることはない。

常に緑の草が生い茂り、鮮やかな花が季節毎に咲き乱れる。

ささやかな風の色の違いと、しんと冷え込む朝晩の空気で

季節を微妙に作り出しながら、わずかに市場で見かける野菜の変化に

季節の移ろいを感じることはできても

命が再び息づく喜びと、復活を喜ぶような歓喜を

日本にいた時ほど感じることはない。

一度深く自分の内側に、地上の内側に深く深く潜り込み寝静まり、

内なる光を外の世界に映し出すような日本の春。

一年中生の息吹を、生命の喜びをたたえているブラジル。

ここでは喜びが命が絶えることなくいつでも目に見えてここにある。

同じ地球の上でも命の在り方がこんなに違う。

その違いが、形を作り,言葉を作り、音を作り、色を作り

味を作り、、空気を作り、動物も植物も人間も天気も

全てを作る。それがブラジルになる。

それが日本になる。

私たちはそこに8ヶ月前からやってきて、そこの色を見て、音を聞いて

食べて、眠って暮らしてる。

体の細胞が、命の質をつくるその環境がいれかわる。

なにかが少しずつ変化を遂げる。

 

もしそれをもっと見える形でわかるようにできるのならば

次に会ったと時には私の顔は変わっているだろう。私の体も

髪の毛もきっともう8ヶ月前と同じ人ではないだろう。

 

もしもこんなに遠くに来なくても

きっとそんな風な変化というのはどんな人にも訪れているのだろう。

生まれたてだった私の赤ん坊が今はその倍にもの

大きさに成長し、日々変わっていく姿を見せるように。

熱を出しながら命を完成させていくように。

成長しつつある子供が目の前にいてくれることによっても

私たちはきっと姿形は変わらなくても、彼らと同じように

変化し続けているということをもう一度思い起こす。

 

違いを知ることで、変わらない物をみつけながらも

変わっていくという希望を抱く成長という命のサイクルの

不思議。

 

世界は一つと思いながらも、

こんなにも世界は違うということの喜び。

違うのに同じだという世界の不思議。

 

日本の春とブラジルの秋、イースターのころの考察。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイビスカス!

最近の私のお気に入りはハイビスカス!

ローゼルともよばれるようですがブラジルで今収穫期を

むかえています。

毎週伺うオーガニックマーケットで

初めて見かけて調理法を伺い作ってみるとなんておいしい

ジャムやら漬け物やらできるんですよ。

酸っぱくてこちらではブラジル梅ともよばれているそう。

日本でも沖縄や八丈島でとれるらしいですね。

なんかオクラにもにた感じがしますがこの花が咲いたあとのつぼみ

を収穫して食べます。

収穫したつぼみはこんな感じに。

ね。色もきれいでしょ!

ブラジルで初めてであったこのハイビスカスに

夢中な私。

ご縁あってお友達になったオーガニック農家の日本人の方に

誘っていただいて収穫させていただくことになりました。

ということでハイビスカスジャムクッキーをお土産に焼いて

早速いってきました。

こちらでは大根、かぶ、ごぼう、小松菜など

日本の野菜も作ってくださっていているのでとても助かっています!

大きな農場の中に住居スペースもあって、沢山の野菜にフルーツの木、

豚や鶏たちもいっぱいいます。

ひろ〜いでしょ!

でもこの農場も昔はジャングルだったわけで。

それを開墾してこれだけの広い農場にしたって、昔の方の

努力がうかがえます。

今ではブラジルは木が無くなったっていってたけど

これが全部ジャングルだったんだからブラジルってすごい国

だよなぁ、と、しみじみ。

 

では、早速ハイビスカス収穫にいこっか!といって

家をでて歩きだした林の中には、ドラゴンフルーツが実り、

カカオの木があり、で〜っかいマンゴーの木、枇杷の木、

そして大好きなブラジルのフルーツジャボチカバもあって、

しかもた〜くさん実ってる!

「さぁさぁのぼって食べよう!」ってみんなで道くさ。

子供たちどんどん木にのぼります。こんな立派な木みたことな〜い!

大興奮で収穫。

この枝にびっちりついてる紫の実がジャボチカバ

へんちくりんな見かけだけどすごくおいしいのだ。

食べきれないほど穫ったのに近くに生えてるアセロラも

沢山実っていて「いいよ、いいよ持ってきな」って

これまた沢山穫らせていただき、なんて太っ腹な!

さぁさぁ、いよいよハイビスカスの収穫。

私も赤ちゃんをおぶって収穫=)

なんだ、この嬉しそうな顔は;))

 

とってもとっても穫りきれないほどのハイビスカスを

山のように頂いたあとは

豚小屋をみせてもらって、子供たちは餌やりをお手伝い。

こう見えて肉体労働は得意な我が子たち。

特にこういう農作業や動物達のお世話は大好きなので

すごく楽しかった模様=)生き生きしてます!

最後にはみんなでトラックに乗せてもらってやっほ〜!

もう大満喫の一日。

 

ブラジル来て半年強。

ずっと学校と家の中で遊んでいたけど

初めて知り合ったブラジルに住む日本人のご家族に

まるで親戚のように親切にしていただいて

子供たちはすっかりいとこのようにかわいがっていただいて。

本当にありがたいなぁ人との出会いは。。

ここではみなさんだいたいポルトガル語と日本語が話せるので

久々に家族以外とた〜っぷり日本語を話せた子供たちは

それもと〜っても楽しかったみたい。

もちろんわたしも!ですけどね!

 

こうしてちょっとずつ、自分の知ってる場所が増えていって

知ってる人が増えていって

ちょっとずつブラジルが遠い国から自分の知ってる近い国に

なっていくんだなぁって。

 

家に帰ってから疲れてバタンキューの子供をながめつつ

沢山のブラジルの恵みを台所に抱えて

幸せいっぱいの一日を過ごしたイースター前のとある休日でした。

 

 

 

子供時代

静かな秋の夕暮れ前の時間

庭の裏で洗濯物を取り込んでいると

子供たちの遊ぶ声がする。

夕飯までのこの時間をめい一杯遊ぶ子供たち

ふと、自分の子供の頃の記憶がよみがえった。

3歳から小学校3年生まで過ごした東京の社宅の記憶が。

 

今私たちの住むコンドミニウには8世帯が住んでいて

そのうち二組をのぞいてみんな子供がいる。

その上子供たちはほとんど同じシュタイナー学校に通う

子供たちだからすぐに仲良くなった。

下は4歳の幼稚園児から上は18歳くらいの大きいお兄ちゃんたち。

さすがにティーンエージャーのお兄さん達はまれにしか

見かけないが、一緒にプールに入ればジュースをくれたり

一緒に遊んでくれる。

日頃はその幼稚園の子供から小学校低学年の子供たちが

おっきい子も小さい子もみんな一緒になって

遊んでいるのだ。

コンドミニウにあるプールに飛び込んだり、はたまた芝生の広場で

枯れ木や端材で基地作り、みんな裸足で駆け回り

棒切れを剣にしたり弓矢を放ったり、王様になり海賊になり。

とにかく時間を忘れてよく遊ぶ。

敷地の中にある果樹はおやつになる。マンゴー、ジャブチカバ、

ザクロ、パッションフルーツ、アセロラなどが実ればついばむ。

気がつけばよそのうちでおやつをごちそうになる。

親の知らぬ間にどこの家でもすっかり顔なじみのようす。

 

あちらでリンゴケーキこちらでバナナケーキ、人参ケーキ。

「あら、いらっしゃい。おやつ、食べてく?」なんてうちのドアから

ひょっこり入って来る可愛いお客さんを私も招き入れる。

もじもじとやってくる子供たちが芋づる式にやってくる。

あっという間になくなるケーキがなんだか嬉しい。

危険というイメージのあるブラジルでもこの中はパラダイスだ。

コンドミニウの中は住人しか入れないし、他人がいればすぐわかるので

安心して子供たちが家から飛び出していける。

広すぎも狭すぎもしない敷地の中の全ての空間を子供たちは

存分に遊び回ることができる。

私たち大人にはもうすっかり見慣れた,限りのあるように見えるこの場所が

彼らにとっては無限の空間であり,毎日新しい発見を与えてくれる

魅力的なパラダイスなのだ。

 

私の子供の頃もそうだったなぁと思い返す。

環七沿いにあった社宅はあの頃でも既に空気は悪かっただろうに

私にとっては楽園だった。

一歩社宅の敷地に足を踏み入れれば,我が庭のように

どこでもくまなく遊び尽くしたものだった。

車は入ってこないし、知ってる人と雰囲気は異物を寄せ付けない

安心があった。

庭には枇杷、柿、ゆすら梅等がありおやつがわりにしたものだった。

木にのぼり、かけまわり、小学生から幼稚園まで一緒になって

遊んでいたのはまさに今の我が子たちと同じだ。

なじみのエリアをはじめ、ちょっと遠くの棟まで探検にでる。

大人からしてみればほんのちょっと先の場所でさえ

私たちには未知なる旅だった。遊具もいらない、おもちゃもいらなかった。

季節の植物たち,木っ端に石ころ、虫たちとよく遊んだ。

そのあとにもいろんな場所で色んな思い出があるけど

今でもなつかしく思い返すのはあの場所での思い出。

私たちの楽園。

思う存分遊ばせたもらえたかげにはきっと親たちが

作ってくれた大きな安心の囲いがあったのだろう、

私の知らないところでよそのお宅に

頭を下げたこともあったのだろうと今親になって気がつくこともある。

 

そして今、私はここブラジルで自分の子供たちがかつての

私のように果てしない冒険と魅力的な世界との出会いとを日々を

ここで繰り返していることに気がついた。

まさかそんなことがここでは起こる訳もないと思っていた

あの頃の子供時代が、異国で空間と時間を越えて繰り返されている

この不思議と驚きに包まれながら。

 

秋風の中で、翻る洗濯物のすきまから聞こえる子供たちの遊ぶ異国語を

聞きながら遠く,近く、世界を感じながら

とても幸せな気持ちになった。

あの時のあの時間が繰り返されることの幸せに。

かけがえのない子供時代の贈り物となる今をここで紡いでいる

ことに。この運命の不思議に。

 

 

 

音と世界と

ブラジルに来てから半年が過ぎました。

子供たちのなかには徐々にブラジルの音が流れ始めています。

音って不思議ですね。

我が家では日本語を中心に主人はドイツ語で赤ちゃんと話していますし

子供たちが学校でドイツ語の歌を沢山覚えてくるので

ドイツ語の歌も聞こえます。

家の周りはみんなポルトガル語なのでポルトガル語ももちろん。

そして困った時には英語もやはり役立ちますし、主人の友人がくれば

インドの人でもイギリスの人でもみんな英語で会話をするので

英語の音も良く聞こえてきます。

我が家の子供たちにとっては第二外国語はポルトガル語。

最近ではうっかりしたときの返事が日本語でなくポルトガル語に

なっているのをみるとなんだか不思議な気がします。

ほんの数ヶ月前までは異国、異文化、外国語だったこの音が

このリズムが、この振動が体の細胞にちょっとずつしみ込んで

あふれて出て来る。最初からあった日本語という水を蓄えた器に

少しずつポルトガル語という音のしずくが加わって,ちょっとずつ混ざって

いつしか器からあふれてくるように、自然に時とともに。

もちろん、まだまだ発展途中でありますが確かにゆっくりと音が変わってきている。

私はなんだか赤ちゃんになってもう一度知らない世界を体験するように

この音のしずくが私たちを満たしていくのを感じています。

(私は子供たちよりもしみ込みが遅いのですが;;)

 

外国語を体験する時,私たちの感覚の何処かがリフレッシュされている

気がします。もしかすると、リフレッシュでさえなくてまだ閉ざされていた

触れることのなかった新しい感覚の扉を開こうとしていると言った方が

正しいかもしれません。

私たちにはまだまだいろんな扉があって、ただ気がつかれないまま

その能力を閉ざしているのかもしれないと感じるのです。

それはヨガの練習からも学んだことだったなぁと思い返しています。

カチカチの固いからだがいつしか花開くように柔らかさと強さを

練習によって取り戻していく。まさかこんなことは出来まい,と思って

いたそのマインドを壊すようにしっかりとした練習は徐々に確かに

新たな世界を,可能性を見せてくれました。

この言葉と言う音の世界ももしかするとそういうことかもしれません。

赤ちゃんに戻った気持ちで,全ての音を雰囲気を言葉の質を体験しつつ

学びつつ。

 

言葉の意味がわからないと音の質,言葉の雰囲気で意味を察そうとします。

特に小さい子供ほど意味とのつながりではなくて言葉を理解していく。

実際私は子供たちに単語の練習とか意味をまだ教えていません。

ポスター等を張ってみたりしましたが、それよりも実際友達との

体験のなかで音が理解され,意味を理解していくようです。

ある学芸会の時に双子は「シューバ」(雨という意味)の役をやりました。

そのときは自分が雨の役とは知りません。

彼らは単語を知らないのでただ歌や踊りを覚えて役をやっていました。

ですが暫くしてから雨が降った日に友達と遊んでいると、友達が

「シューバ!」と言ったそうです。そのとき初めて「シューバ」が

あの学芸会の「シューバ」とつながったのです。もうそれは雷の

ひらめきのように感動的に

「シューバ!シューバ!雨のことか!僕たちは雨をやったんだね?」と

私に聞いてきました。

そのときの様子はまるでヘレンケラーが初めて水を「Water」と理解

した時の様子のようではないか,と私は感じたのです。

子供にとって言葉の理解というのは私たちが今外国語を勉強するような文法や

構成や単語の理解だけではないのでしょう。

外国語との出会いはもっともっと感動的で、神秘的なものなのかも

しれません。

 

言葉をどうやって理解していくのか、というのを赤ちゃんを通しても

観察しています。

5人目の子は主に日本語を話す私たちと、ドイツ語でしゃべりかける主人と

ポルトガル語で話しかける近所の人の中にいます。そしてまれに英語のなかに

浸ります。

私がドイツ語を話さないので圧倒的にドイツ語の聞こえてくるのは少ないの

で、日本語しか理解していないのかなと何となく思っていました。

けれど最近ドイツから両親が来て、ドイツ語でどんどん話しかけると

明らかにその目は「あ〜この音知ってるぞ!」という顔をするのです。

面白い事に、そういえば赤ちゃんと私たちはまだ言葉で会話をしていませんが

お互いに意味が通じているとわかるのです。ボディーランゲージや雰囲気も

あるけれど言葉の質をちゃんと感じ取っているのです。

赤ちゃんはその感じから意味を汲み取っていくのでしょうか。

とにかく言葉を交わさず既に日本語において通じ合っているのです。

なるほど、言葉というのは意味がわかって通じるのでなくて

ひょっとすると振動、感覚からまずつながってそのあとに理解しやすい

文字や記号として意味を理解していくのかなぁと思うのです。

赤ちゃんの目をみていると日本語は知ってる音として受け止めています。

そしてドイツ語も「あ。知ってる!パパ以外にもこの音を使うんだね!」という

喜びと驚きと共感を感じます。

そしてポルトガル語で近所の人にかわいがられる時、赤ちゃんはすっかり

包まれるようにそのリズムを楽しんでいるのが見て取れます。

今6ヶ月になる我が家の赤ちゃんにはどうやら既に3つの振動が自分のもの

として蓄えられているようです。

 

いつしかその音が満ちた時に、言葉として現れるのはどこの国の言葉なので

しょう。

そして色んなリズムが振動が自分の内側にあるというのはどんな感覚なのでしょう。

私も英語を感じる時、ポルトガル語を感じる時、日本語を感じる時、

ドイツ語を感じる時,それぞれ違った雰囲気を感じます。

そしてそのどれもがいつしか私の外側の物でなく,内側の物のように

感じるのです。

それはにわかに国境や国の境が崩れるような素敵な感覚です。

 

こういう体験を通して私は地球は一つだ,という感覚を感じずにいられません。

いろんな種類いろんな異なる雰囲気をもつこの地球という星の

たった一つの部分から生まれた日本人という私。

けれど全ての音は私たちの内側に感じることができる。

きっと私たちはまだ自分の内側にある全ての扉をしらないだけで

実はどこでもドアのように全てのドアにアクセスすることができるので

ないかと感じるのです。

全てのドアとつながっているのだ、と。

そう思うと実際には国境なんて物は存在しないように感じるのです。

目に見える世界ではパスポートや登録や色んな手続きや

差別や戦争や経済や,勝手に人間が社会が作ったものによって

隔てられているように感じるこの世界だけど、でも心の内側をみれば

みんな一つだと、私も世界で,世界も私だと

そういう風に感じることがある今日この頃なのです。

 

 

 

 

 

誕生日パーティー

先日双子の誕生会をやりました。

ブラジルでは誕生日パーティーが結構盛大。

みんな大勢呼んで大人も子供も集まってお祝いします。

我が家も双子の誕生日会をすべくお友達を呼んでパーティーしました。

こちらで初のパーティー。どきどき。

メニューはリクエスト通り、フェジャンオ(マメの煮込み料理)

サラダにひよこ豆のファラフェル風揚げ物。

やっぱり郷に入っては郷に従え、というわけで

ブラジル料理の定番的な物をつくりました。

一応みんな食べてくれて一安心=)

そのあとは風船でボール作りのワークショップ等をやってみんなに

お土産にもって帰ってもらいます。

風船の中に粉をいれて何枚か風船をかぶせて作るボール。

これがみんなに大人気。部屋中粉まみれになりながらも

みんなでわいわい。

ブラジルに来て半年。親の心配をよそにみんなに仲良くしてもらって

誕生日パーティーにも沢山お友達がきてくれて

ありがたい限りです。

誕生日ケーキはリクエストどおり、地元のケーキ屋さんに注文した

でっかいチョコレートケーキ!

こちらも郷にいっては郷に従えです=)

すっかり写真を撮り忘れましたが、それはもう絵に描いたような。。

こっちではケーキを買う時に1個2個ではなく,重さで買います。

という訳で30人ほどが食べられる3キロのケーキを購入。

それでもぺろっとなくなって、気持ちがいいくらいです。

 

最後はブラジルのバースデーソングを皆で歌って。

Parabéns a você
Nesta data querida
Muitas felicidades
Muitos anos de vida!

Parabéns pra você
Nesta data querida
Muitas felicidades
Muitos anos de vida!

É pique! É pique! É pique, é pique, é pique!
É hora! É hora! É hora, é hora, é hora!
Rá-tim-bum!

何度か友達の誕生日にも招かれているので

子供たちもすっかりこのバースデーソングが定着していました。

今日はいよいよ自分のために皆が歌ってくれる!

その嬉しさはひとしおのようで。

こうしてすっかりブラジルの空気になじんで

しっかりブラジルの音を吸い込んで

ブラジルで迎えた初めての誕生日を皆と一緒にすごしました。

私にとっても心に残る双子9歳のバースデー。

 

 

 

 

休日

朝晩は秋風を感じるような今日この頃だけど

まだまだ日中のお日様は強く、プールで遊ぶのは気持ちいい。

週末は学校のお友達の家に家族で遊びにいった。

この家族は女の子三人姉妹で、七年生のお姉ちゃんを筆頭に

5年生、3年生と全員がうちの子供たちと同じクラス。

こういう家族はとてもありがたい!

さっそくお土産にアップルパイを焼いてボロ車でレッツゴー

行ってみると同じコンドミニウに住む他のクラスメイトも集まって

皆で遊ぶことに。

そんなわけでお宅のプールは芋洗い状態に=)

でも総勢11人の子供たちが大きい子も小さい子もみんなで

遊ぶ。思いっきり遊んでる。

なんかいい気分。(半分くらいはうちの子だけどね;)

 

子供が遊ぶ傍らでわたしたち大人は子供を見守りながら

子供時代を思いっきり楽しんでほしいねってしゃべりながら

嬉しそうに眺めてる。

だって,今は今だけなんだから。

この瞬間に思いっきりみんなと一杯遊んでほしいねって。

 

言葉を越えて,国を越えて,人種も越えて

皆で見守る子供たち。

ここブラジルでもそうやって子供たちが幸せに生きていくのを

見守り,育てる親達がいる。

我が子だけでなく子供たちをみんなで囲んであげられる場所がある。

とても幸せな気分になった週末でした。

 

ちなみにお陰で子供たちはぐったり疲れて,一杯たべて

よく寝ましたとさ。

 

 

節分と新学期

今日からブラジルでは新学期。

夏休み中怠けて朝はお寝坊ばかりだった私は

ドキドキしすぎて目覚ましが鳴ったと錯覚し

一時間も早く起きて台所に立っていた。

しかも気がついたのは30分後。

台所の時計を見ると?まだ4時30分だよ?

あれれ?5時頃起きたはずだけど。。

あわててインターネットを繋いでブラジルのサマータイムを

調べたけれどやはり、まだタイムチェンジはしていない。。

あはは。やったね一時間得しちゃった。

ついでにインターネットをのぞくとおや!

今日は節分ではありませぬか!

ブラジルにきてからすっかり季節感や時間の感覚が

おかしくなっていて、しかも夏休み中ずっと

今日が何曜日かを考えずに暮らしていたもので

なんだかぴんとこないけど、節分は節分だもん。

 

節分と言えば豆まきに、恵方巻きじゃ!とおもいたち

長女の弁当は急遽のり巻きに。

そして朝ご飯も、御飯とみそ汁、ぬか漬け、を変更いたしまして

本日は恵方巻きとなりました。

 

中身は急だったので、卵焼き、ぬか漬けの大根、人参、きゅうり、

紫蘇の醤油漬け、いりごま、ゆかりふりかけの七種。

なんとか入れてみました。

ちなみに、先日長女の誕生日で作ったフルーツポンチ。

とっても好評だったので今朝も特別に作っておきました。

中身は、メロン、パイナップル、パッションフルーツ、リンゴ、

グアバ、スモモ、オレンジなどなどフルーツ豊富なブラジルならでは

たっぷりと入れて、できたてのパッションフルーツの酵素ジュースと

絞り立てのオレンジジュースを混ぜてマリネしておいて

それに炭酸水を入れたもの。今朝は炭酸水はいれなかったけど

酵素ジュースでマリネしたフルーツはとてもおいしく。

日本の夏にも活用出来そうなおやつだなぁと。

ブラジルの節分ではお澄まし飲むかわりに

フルーツポンチ酵素ジュースです。

 

 

私の心境とは打って変わって新学期の興奮から早起きしてきた

子供たち。

まだ暗い台所で、朝一番に家にあかりをつけるように

毎日家族みんなに元気を送り込むのはお母さんの仕事だけど

時々それがとても大変な大仕事に思えて苦しい日もある。

でもこうやって今日という日が楽しみでしょうがない

子供たちがいてくれることで私は随分と救われている気がする。

「今日は寝れなかったよ〜」という双子君。

いえいえ、ぐっすり寝てました。

でも気分は寝れなかったらしい。

ほんとに子供が元気なのは一番ありがたいことです。

 

一緒に外に出てみるとなんとすばらしい朝焼け。

「お〜い、みんなみんな、すごいきれいだよ!見てみて!」

家族皆できれいな朝焼けをみて、なんだかとてもいい一日になりそうだ。

ついでに今日は節分で,恵方巻きもあるんだよ!

「恵方巻き!あの食べ終わるまでしゃべっちゃいけないやつね!」

長女は幼稚園で出会ったこの行事が今でもしっかり心に焼き付いている。

毎年無言で太い恵方巻きにかぶりつく。

恵方まで調べる。

でも必ず誰かがぽろっと「あ、おいし。」とか言っちゃう=)

それでも何でも今年も無言で食べました。

恵方も調べましたよ。東北東。ってどっちなの?

ブラジルでも東北東でいいの?様々な物議をかもしながらも

とにかくどっかみんなで同じ方向をむいてかぶりつこう!って

ことになりまして、それじゃせっかくだから、今日は外でたべよう!って

ことになりまして、朝焼け見ながらまるかぶり寿司をたべました。

「今年は絶対しゃべらないようにね!」

「じゃ、のり巻き配るよ。」

と張り切る長女。ここまではよかったのですが

のり巻きをもらった側からついついかぶりついてしまった子供が

おりまして。

お姉ちゃん激怒=)

「ちょっと!なんでみんな来るまでまたないのよ!」

そんな一悶着ありつつも、おいしく頂きました。

やっぱりいいですね、季節の行事って。

 

そんなこんなで気持ちよく朝食をとっていたのも束の間

気がつけばもうこんな時間!

さぁさぁ車に乗り込んで。

久しぶりに子供たち全員を詰め込んだ我が家のぼろぼろセダン。

土ぼこりをかぶって見えなくなってるフロントに水をかけて

ワイパーでこすったら余計見えなくなった我が家の愛すべき車。

5人乗りのところ、ぎゅうぎゅうに乗って

この外観,どう見てもローカルブラジル人の家庭です。

がんばれぽんこつ車!

 

そして久しぶりの通学路にもお楽しみが一杯。

近所の赤土の道を走っているとその辺に住んでるおっさんが

道の両脇に広がる果てしない牧草の中の道無き道をひとりで

ずんずん進んでいく。まるで樹海に入り込む旅人のように

どこからともなくやってきて,何処かへ消えていく謎のおじさん。

「あのひと、どこに行くのかなぁ。」

「草ぼうぼうなのに迷わないのかなぁ。」

みんなで謎を抱えたまま暫く走ると、

今度はやたら車に絡んで来る番犬を飼う家の前を通過。

やはり今日も車に向かって突進。

「そんなに近づくとほんとにひかれるよ〜」と心配。

あぁ、いつものこの風景。

そしてまた暫くいくと、同じく絡んで来る番犬に子供が

生まれたらしく、ちっちゃいわんちゃんが今まさに

番犬トレーニング中の様子に一同感激。

「かわいいね〜、あの犬もまた車追いかけるようになるんだねぇ〜」

いいやらわるいやら。。

ともあれブラジルの番犬はとても優秀なのである。

そうこうしてると、もうそろそろいい時間。

ちょっと急ごうか,と思っていると

でた〜!

牛の大群。

「す〜み〜ま〜せ〜ん〜、私たち急いでま〜す!」

といいたいところだが、まぁしょうがない。

そう。この国ではいちいちハラハラドキドキしててはつまらない。

「あぁそうですか。じゃ、まってま〜す」

ケセラセラの精神がとても大切なのだ。

車で学校に行くだけて毎日がアドベンチャーなブラジル。

気分的にはドラゴンクエストの「敵が現れた!」の雰囲気で

犬やら牛やらが車の前に立ちはだかる。

恐るべし通学路!

でもちょっと楽しい。

 

ともあれ無事に学校に到着し、それぞれ新しい教室に向かう。

今日からまた新しい一年が始まる。

教室まで子供たちを送り届けて,うちに帰る。

いつもの毎日が始まった。

 

昼になって子供たちが帰ってきた。

おや。

今日は一人多くない?

そうです。

お弁当があるはずの長女がいたのです。

なぜって?

まだ今週はお弁当がないからで〜す!!!

たはは。

朝四時に起きて作ったんだけどねぇ。

サザエさんみたいにとんちんかんをしてしまった新学期初日。

今年度も無事に過ごせますようにと節分に願いを託そう。。。