Germany

ハレとケと

気がつけばもう師走。時間が走り抜けていくような気がする今日この頃。

みなさんいかがお過ごしでしょうか?

 

年末ということで最近はパーティーも多いもの。

子供が通う保育園でも寿司パーティーをやりましょう!ってことになって

わたくしケータリングさせていただきました=)

やっぱりどこの国でもSushiは大人気ですね。今回は巻き寿司と一緒に

皆さんに楽しんでもらえる様に手巻きスタイルで色々な具も一緒にご用意

しました。

こちらは、れんこんてまり寿司。トップにマンゴーや赤かぶをあしらって色鮮やかに。

てまりのお寿司は先日ベルリンで開かれた精進料理ディナー会で日本からいらしていた

鎌倉「不識庵」の藤井まり先生から頂いた寿司のもと乾物ミックスを使用=)

簡単にお寿司を作れて重宝しました。

こちらはほうれん草と味の似ているスイスチャードをほうれん草のかわりに

巻き寿司に入れてみました。

以外と色が綺麗で見栄えがよいのでお勧めですよ。

人参も紫人参や黄色人参をまくととっても綺麗だし味わい深い。

野菜だけでもカラフルで楽しく食べれてしまいます。

こちらでは冬は寒さも厳しく天気も悪く、日照時間もうんと短く

なるので、心がわくわくするような色鮮やかさや、ぱ〜っとうれしく

なるようなスパイス、甘み、味付けが冬にはすごく必要な気がします。

 

また、ケータリングでは酢飯が苦手だったり食べ慣れないお子さん

の為に昆布と塩で炊いた御飯や、ヘルシー志向の方の為に黒米入

玄米と梅酢で作ったマクロビオティックバージョンの酢飯も用意したり。

お子さんのシュガーフリーに気をつけてる方もいらっしゃるから酢飯は

アガベシロップで甘みをつけたりと、酢飯ひとつでも工夫をこらして。

それにみなさん醤油だけでは味や食感が物足りないので、様々な

ディップを用意しておくとか。

色々な嗜好や年齢に合わせて準備するのもなかなか面白い。

ともあれみんな美味しく喜んでもらえたみたいでよかったよかった=)

 

海外に住んでみて色んな違いを知ることで、なるほど〜と思うことや

へぇ!とビックリすることに出会いながら、違いって面白いなぁと

嬉しくなったり、そのなかで工夫することの面白さと出会ったり、

もちろん困難にもぶち当たりながらも台所での日々は続きます。

 

と、自分ちの御飯だけでも手一杯のくせにケータリングまでやっちゃって

めまぐるしい毎日を助けるのはやっぱりお手当やきちんと落ち着いた料理

ですね。

楽しい、華やかな料理や食事も好きだけど、やっぱり基本の御飯は

しっくりじっくり落ち着いたものがほっとします。

時にはしっかり野菜を刻んでマクロビオティックのお手当スープを

作ったりするのも自分メンテナンスに大事な時間。

お料理を人に食べてもらうなら、まずは自分がきちんと整っていないとね。

そこは忙しい年末でも結構大事にしています。

ちょうど日本のカボチャを頂いていたので貴重なこのカボチャで

甘い野菜のスープを作りました。しみじみ体にしみ込むおいしさでした。

 

そんな風にハレとケのバランスを楽しむのも台所の面白い所。

年末年始のおいしい御飯に素敵な食事、それと共に

たんたんと作り続ける家庭の味も大事にしながら質素と華美の

両方を楽しんでいきたいと思います。

 

 

 

 

 

秋の食卓

最近めっぽう寒くなり、人肌恋しい秋に突入のドイツ。
最近は今までのレパートリーとはひと味違うお料理を作って
みたりして楽しんでいます。

今日は最近の初秋の我が家の食卓をちょっとご紹介。

マクロビオティックでは秋〜冬に適しているといわれている
オーブン料理。キッシュなどの焼き物はドイツでは年中食べられて
いますが、やはりこれからの季節は出番も多いもの。
実は私はこの手の焼き物があまり好きじゃなくてめったに食べないのですが
この秋はなんだかがっつり作ってみたくて、マクロビオティックバージョン
でなく、本物のチーズや卵たっぷりで作っています。

折しも、今はこの時期にしか飲む事の出来ない特別なワインが出回る時期。
Federweisser(フェーダーヴァイサー)と呼ばれるこのワインは栓がされてない
のです!というのも葡萄をしぼって発酵させ、ワインにする途中でできる
発砲ジュースのようなものでアルコールは8%ほど有るのでお酒なの
ですが、甘いシャンパンのような味と言えばいいかな。
これがね、すご〜くおいしいの!
伝統的にはこのワインと一緒にZwiebelnkuchen(玉ねぎのケーキ)と呼ばれる
キッシュの様なものを一緒に食べるそうです。これもまた美味=)
ともあれ、今しか飲めないフェーダーヴァイサーは赤、ロゼ、白とあり、
出始めは甘くて炭酸も強く、時間が経つほどやや酸味を帯びて来るという風に
味が変化する生きてる!お酒なのも面白い所。
しかも、驚くべきことにBIOオーガニックでも
1本3ユーロ以下!もう飲まない訳にはいきません(笑)

(なぜか写真が横。。)

で、このフェーダーヴァイサーに合うキッシュを作ってみましたの。
こちら旬のカボチャとブルーチーズのキッシュパイ仕立て。ブルーチーズの
塩気にたっぷりのカボチャとアクセントにドイツのカリンと呼ばれる
クィッテという名前の果実のジャムをトッピングしてあります。
こちらはドイツに来てから手にしたベジタリアンのレシピ本から
アイデアをいただきました。これがまためちゃうま。
卵もチーズも使っているから一切れでかなり満足できるけど、こちらに
来て思うのは乳製品が発酵している、生きている、新鮮、ということも
あって、重たくないんですね。もちろん食べ過ぎれば負担になるなぁと
思うのだけど、適量だととても体が喜ぶ味がします。これは是非良質の
オーガニックのもので試していただきたい!

オーブン焼きの料理。今まで好きじゃなかった分、本場ヨーロッパで

美味しいレシピ沢山作って自分の引き出しを増やしたいと思っております=)

 

そして最近発見したおいしい味。紫キャベツのお好み焼き。

ドイツでは日本のようないわゆるキャベツよりも紫キャベツや

ちりめんキャベツが主力です。で、先日ずっと切らしていた

お好み焼きソースをまとめて作ったのでお好み焼きを食べたくて

スーパーに行き。ふと。紫キャベツでいいじゃんっておもって

作ってみたのです。

これがまた、色も鮮やか。歯ごたえも美味しくて大ヒット!

これにベーコンと卵を加えてドイツ風お好み焼きのできあがりです。

というわけで、我が家ではお好み焼きはすっかり紫が定番に。

でもどうしていままで気がつかなかったんだろう?こちらのほうが見た目も綺麗で

みんなすごく気に入ってる。いやぁ〜盲点でしたなぁ!

 

と、まるですっかり肉食家庭でございますが!もちろんしっかり玄米も

食べておりますよ!

我が家は今は子供たちはそれぞれに欲しい食、必要な食が違うので

この子には牛肉、あの子には卵、そしてこの子達はぶつき御飯で〜と言う風に

それぞれに合わせて献立をやりくりしています。が、私と夫は菜食が体に

合っているので私達専用のメニューも登場いたします。

秋になって久々に小豆玄米が食べたくて食べたくて。丁度頂いた糠どこで

美味しいぬか漬けもできたので一緒に頂きました。

秋は玄米、糠漬けも気候に適したよいメニューです。特にまだ寒さの厳しく

ない初秋の頃はぬか漬けが美味しいですね。小豆玄米はデトックスや腎臓の

サポートにもなりますので月に一度は召し上がるとよろしいかと。

しっかり一晩浸水して、かむかむ土鍋で炊きました。ドイツではラジエーターの

調理になるので火が恋しい所ですが、圧力鍋にいれるタイプのかむかむ鍋で

炊くだけで随分玄米もおいしく炊けます。土鍋の威力ってすごいですね。

ガスの使えないご家庭は是非お試しを。

けんちん汁のおいしい季節になりました。玄米とけんちん汁で季節の

変わり目も乗り切れましたよ。

 

最後に最近ドイツの友人が作ってくれた精進料理を。

これがまた素晴らしい。

日本では見慣れない、パースニップ、ビーツ、チコリなどの珍しい野菜

もこんな風に精進スタイルに。

シンプルな調理法と調味料で素材の生きたお料理に

食べた瞬間癒される。そして食べた後まですっきりと。

 

最近はわたしは精進料理のコンセプトにとても興味がありまして

肉食も交えながら精進料理、マクロビオティックのメソッドと

ヨーロッパの素晴らしいレシピの数々を織り交ぜてますます

広く我が家らしい楽しい食卓を目指したいと思っています。

 

不便な暮らしと心地よさ。

我が家の台所には日本から持ってきた(ブラジル経由でやってきたというほうが

正しいでしょうか=)台所道具がいろいろあります。

なんといっても、台所は私の城だからそこに一つ一つ愛着のある

道具が、しかも天然素材の道具達がやってきては

新しく住む場所で、特には海外の家で、然るべき場所に

置かれていくのを見るとその度にほっと心が落ち着く気持ちが

したものです。

 

私はなぜか竹のかごやザルが好きでそれらが見える所に

あるとほっとします。

おむすびを入れる竹籠、青菜を茹でた時にあげる盆ざる。

そういうものが台所で、食べ物と一緒にある風景は

なんとも素敵なものです。

その他にもすり鉢やすりこぎで胡麻をあたるとき、味噌を当たる時

飯台に酢飯を作る時、これが木や土でできた器であるのと、

そうでないのとでは天と地ほどの差が有ると思うのです。

何の差かといえば。。それは感覚的にしか申せませんが、いや

敏感な方は味でも差を感じるかもしれませんね。

ともかく、ドイツでもブラジルでも台所で竹や木製の道具を

みかけることはほとんど有りませんのでこのアジア独特の

スタイルも私の心をほっとさせます。

 

天然素材のものに囲まれると都会の台所にあっても、す〜っと

呼吸が深くなるような、自然の中にいるような気持ちになれます。

目に見える姿形、そこからやって来る匂いなどもあるかもしれませんね。

けれどその反面天然素材には不便さがつきまとうのも事実です。

洗った後には木製品ならしっかりと乾かさなければなりませんし、

洗う時にも気をつけ無ければなりません。あまり乱暴に

扱えば壊れますし、金属には弱いし、食器洗い機にもいれられないし

温度差にも弱いです。ドイツの食器や道具はほとんどが食器洗い機

対応である事が重要視されているからその観点でいけばこれらの

道具は大失格です。

だけどそうやって手をかけながら、若干の不便さを感じる所に

実は心地よさが潜んでいることに私は最近気がつきました。

というか、私の主観ですが、人間はある程度の不便さがあるほうが

心地よく暮らしていけるのではないか?と最近思っているのです。

 

便利さを追求し、合理性を追求していくと、その先にあるのは

「もっと」だと思うのです。でも若干の不便であれば

「まぁいいいか。これで十分」という風にある程度満ち足りた

気持ちになりやすいと思うのです。その不便さの加減も人それぞれ

違うと思うのでそのバランスは一概に言えませんが

台所道具のことを除けばドイツでの暮らしは、「若干の不便」が

前提になっているように思います。

 

例えば、電車はちょっと遅れることもある。郵便物はすぐに

届かない。建物にエレベーターが無いことも多い。ペットボトルの

飲み物を買うには25セント支払わねばならず、それを買った店に

返却しないとそのお金は返ってこない。スーパーは基本

ビニール袋はくれない。電車には基本クーラーがない。日曜日は

基本店が休み。基本コンビニはない。

などなど。

日本での暮らしを思い返してみると、まさか先進国ドイツで?!と

思うような事がたくさんあります。

 

でも便利な日本に比べて一般的にうんと暮らしにゆとりがあります。

不便な事は多いかもしれないけれど、その分みんなのんびりと

暮らしています。

便利さが忙しい暮らしを招いて、不便さがゆとりのある暮らしを

もたらしているのは何か変な感じですね。

 

というのも、その便利をするかわりに誰かが働く必要があるし、

ということは皆が仕事をもっとしなくてはならなくなって暮らしの

ゆとりが減ります。またその分電気を使ったり余分なエネルギーを使います。

そうやって自分達の人生の時間や大事な地球の資源の無駄をするくらいなら

このくらいの不便を味わうほうがいい、というふうに

ドイツ人は考えているのではないかしら?そういう考えが中心となって

この若干不便でエコな暮らしが一般的になっているのではないかと

想像しています。

 

天然素材の不便さとはちょっと質は違いますが、どちらにしても

ちょっとの不便によって人の暮らしがいろいろな面で心地よいもの

になっていることは同じだと思います。

 

食卓でも同じだと思うのです。便利を追求してインスタント食品や

加工食品が沢山あります。その反面、家庭の味はどんどん

忘れられています。伝統の味も無くなっていっています。

インスタントが悪いとは言いません。

便利さと合理性というのは人生の中で必要なことが

あるのは確かですが、それが人生の暮らしのメインになっていくと

思いに反して暮らしは益々荒んでいくように思うのです。

 

便利になって、余裕ができて、益々時間を使って資源を使って

日々を削って、家族を削って、我々は一体どこへ向かっていくのか。

忙しいから益々便利な物が必要になって、暮らしや生活がなくなって

季節や時間の区切りがなくなって、益々便利な物が増えていく。

もうそろそろいいんじゃない?と思わなくもありません。

 

忙しいからこそ、ちょっと不便な事に心を向けてみる。

みそ汁を作る。米を土鍋で炊いてみる。

そんな一歩から大きな革命が起こるかもしれません。

もしかしたらこの不便な、めんどくさい作業の中にいるのが

合理的に忙しい毎日より心地よく感じるかもしれません。

 

ともあれ、天然素材の心地よさの秘密は以外にも奥深く

ドイツでの暮らしの不便さもまたありがたく感じる

今日この頃なのであります。

 

 

 

 

 

 

春と発酵食品

3月に入って急に空気が緩んできたベルリン。

身の締まるような寒さから解放されほっとしたと思ったら

何やら鼻水にせきに。。と早速排出のご様子の我が家。

体って不思議でこれを風邪と言ってしまえばそれまでなんだけど

冬〜春のデトックスと考える方がこの大気の緩んだベルリンで

肌身にしみて納得がいくのは私だけかしら。

ともあれ、そういう時には血液がきれいになるような食べ物を。

そして冬から春に衣替えをするように、お料理も食材もそろそろ

春モードに切り替えです。

我が家の玄米はすでに無圧炊きになっています。圧力鍋の玄米は

重くてたべられな〜い!というか玄米自体随分食べずらいです。

7分つきの御飯を食べる事がおおいかな。

それでも玄米が食べたいときはおかゆにして、生のイースト菌で

スペルト小麦と一緒に捏ねて生地をつくり、蒸し器で蒸しパンに

しています。これがまた花巻みたいで大ヒット。

春なので焼き締めたパンよりも蒸したもののほうが食べやすく

体にも負担が少ないといううんちくもありますが=)

 

さて、今回ドイツで真冬〜初春に助けとなったのは干し椎茸。

冬の間はドイツではこっくりとした暖かいもの、焼いたもの、

動物性食品が必要だったので真冬を過ぎる頃には寒さも相まって

体ががちがち、内臓もお疲れ気味でした。

そうなると頭痛がしたり肩こりがしたり。

そんなときに干し椎茸のスープは大変おいしく、ほっと緩むのを助けて

くれました。

植物性食品しか召し上がらない方はそこまで必要としないかも

しれませんが、それでも一緒に梅干しをいれて煮だしたスープ

なんか血液が元気になるお味がしますよ。

 

そう、血液。なんてったってこれがきれいなら風邪にも負けないわけで。

なるべくきれいに保ちたい。

血液はシュタイナー曰く自我とつながっているとか。

血液が汚れる、濁る、つまる、ということは自我にも影響があるのじゃ

ないかしら、と思っているわたしです。

あなたらしく、わたしらしく生きているとき血液もさらさらと

美しくモルダウ川のようにたくましく流れているのではないかしら。

と、まぁそんな想像をしてみたり。

 

ともあれ血液が「ありがとう!」と言ってるなぁと思う食べ物はやっぱり

みそ汁でしょうか。そうですみそ汁なんです。

それも時々は植物性だけのお味噌汁をどうぞ丁寧に作ってみてください。

丁寧に、ここもポイントなんですよ。作った人のエネルギー作ったときの

気持ちもまるごと頂いてる私達、というのは精進料理の世界でも

アーユルベーダの世界でも有名な話です。私もそうだと思っています。

そんなわけで体にしみるみそ汁が大変美味しく感じる今日この頃。

子供たちも沢山おかわりしてくれます。もっぱらみそ汁と御飯な春先の

我が家の食卓。

 

みそ汁の要の味噌はドイツに引っ越してからようやく手作りを復活

させる事ができまして今は美味しい手前味噌を頂いております。

日本では何年も作ってきた味噌。もう作り始めたら美味しくって買ってる

場合じゃありませんの=)味噌の薫り、いきいきとした酵母たち。

そう。生きてる!活きてる!というのが手前味噌の第一印象でした。

たった一日がんばれば一年美味しい味噌が食べられる。それなら怠け者

の私でもがんばれる。そう思ったのもよかったかもしれません。

手を抜いていいんです。まぁ適当にやってもうまくいくもんです。だから

構えずさくっと「さて今日は味噌でも作ろかね」的にやっちゃいましょう。

日本でやっといてよかったとドイツに来て思いましたよ。こわいもんなしです。

自分で作れる、何かあってもどうにかできると自分を信じられる事。

これは台所から手に入る財産だと思うのです。と,話は飛躍しましたが

味噌は是非作りましょうよ。

 

ところがどっこい。今年は昨年買ったドイツの麹屋さんがやってなくてね。。

麹作りから始めることになったのです。がび〜ん。そりゃもうがび〜んですよ。

でもね、これもチャンスだとおもって作ってみました。ちょうどブラジルで作った

ことがあって、麹種を持ってたのでやりました。

しかも発芽玄米麹やら米麹やら麦麹やら楽しくなって色々やり尽くしたので

ありました。。ちょっと疲れたけど=)

作ってる間中、家の中も外も麹の甘い薫りが漂ってそれはそれは

気持ちのいいものでした。そしてね、出来上がりを食べた見たらもう

悶絶=)これは早くやっておくべきでした。お味噌を手作りして感動

していたけど麹も手作りだと本当に生きてる、活きてる!プラーナが

すごいです。これはもうやめられない、ということになりました。

日本にいれば質のいいものが手に入ると思うので買ってもいいかもしれません

けどね。それでも作ってみられると手間味噌と同じ感動が味わえますよ!

それで早速念願の甘酒もつくりました。

甘酒は体内で作る事のできない必須アミノ酸9種を

含む日本の誇るスーパーフードですよ。しかも栄養になる

糖類はは多糖類を分解してできたものなので

血糖値を急激にあげず体にやさしい。

マクロビオティック的にも春には是非お勧めしたい食材です。

麹にしても味噌にしても甘酒にしても発酵食品て

本当においしいですよね。

ドイツでは乳製品の質がとても高く、ヨーグルトにも色んな種類が

あったりDemeter(デメテール)というオーガニックのなかでも

高いレベルの認証をとっているものでも安く買う事ができます。

デメテールのヨーグルト1キロで2ユーロとか(250円ほど)

なのでここにきて手前味噌を作るまではよく頂きました。

マクロビオティックだと一般的に乳製品はタブーな感じですが

ドイツではこの寒さだし、お味噌の質に比べるとうんとヨーグルトの

方がよいし、活きてる!という感じがするのってのがなにより

の決め手で食べる事にしています。

もちろん日頃食べない方や、一時的にドイツに来てる方で乳製品を

とらない方が召し上がると鼻水とか出やすいかもしれませんが、ドイツ

在住が長くなってる方なんかはきっと下手にお味噌を買ってたべるより

質のいいヨーグルトやクアーク、ケフィアなんかが助けになることが

多いと思いますよ。

ただ春になるとやっぱりちょっと重たいので豆乳のヨーグルトも

質のいいものが出ていますので私は春にはそちらも頂きます。

そうやって季節で洋服をかえる様にヨーグルトもかえたり、住む場所で

発酵食品も土地のものをいただいたりしています。

 

そうそう、最近こちらでは発酵したお豆腐というのも見つけました。

これはヨーグルトの菌で豆乳を発酵させて豆腐を作ってるんですって。

食べてみたら歯ごたえがあってやや塩気があって島豆腐のような。

おいしかったです!これで2ユーロちょっと。悪くないですね。

豆腐もとても便利な植物性蛋白ですが,なにぶん発酵してない大豆は

あまり消化に良くないのです。ですから納豆や味噌は別ですが豆腐は

時々に負担になるんですよねベジタリアンの方でも。なので発酵豆腐って

なかなか良いアイデアだなと思いました。こちらドイツでは

ビオカンパニーLPGで買う事ができます。

 

発酵発酵と発酵づいてしまって遂には沢庵もつけてしまいました。

大根は家の中の寒い部屋で干して精米してる糠をとっておいて。

干しておいたリンゴの皮とかみかんの皮とか一緒にいれて。

さて後一週間くらいで食べれるな。と。

質のいい沢庵もドイツでは手に入りません。売ってないのです。

だからこれも作るしかないという。。何でも必要に迫られてやって

しまうのです。。。

沢庵も肺や大腸を調えるのにも大変役に立ちますし、冬〜春の

鼻水とかね、乳製品のとり過ぎなんかにもとてもいいです。パソコン

やり過ぎの方なんかにも(ってうちの夫か?!)いいです。

なのでこれもうまくいくといいなぁ。

きっとドイツではザワークラウトが同じようなものでしょうが、

なにせ沢庵は大根だものね。いろいろなデトックスにも一役かって

くれる食材だからこの時期にもうまく食べておきたいです。

我が家ではいま大根の甘酢漬けの漬け物が流行中。大根も春先には

食べたくなりますね、しかもやや生でばりばりと。

酵素が欲しいって感じかな=)春ですな。

 

と春はマクロビオティック的にも上昇のエネルギーです。

発酵もここに対応しているエネルギーですね。

なので是非発酵食品をうまく取り入れて、消化良く、

そして重たい冬の空気を入れ替えて軽やかな体になるように

イメージして食卓を作っていただけたらと思います。

体が軽くなると心も軽くなりますよ〜

春だ春だ!私も春が待ち遠しいです。

 

Macrobiotic class in Berlin

日本で言えば三寒四温の雨でしょうか。

ベルリンも寒くなっては緩んで雨が降り、寒さが和らいで

春の訪れを感じます。

いよいよ年が明けて、冬が終わり春なのですね。

 

ここ数年ぼんやりと赤ちゃんと子供たちとで暮らしていた私も

ご縁があって動きだす事になりました。

マクロビオティックの料理教室、ベルリンの自宅を皮切りに

始めました。

出張でもクラス賜る運びとなっています。

ご興味があれば詳細はcontactまでご一報くださいませ。

ブログの方でもこれからは、海外でのマクロビオティック、季節の巡り

食材のこと身の回りのことなどなど、「暮らしに活かせるマクロビオティック」

をモットーにアップしていきたいと思います。

 

もっと自然に、当たり前に。無理なく楽しく自然を感じる暮らしをどこででも。

あなたのために。わたしのために。地球とみらいのために。

なんちゃって=)でもまじめにそう思ってます。

どうぞよろしくお願いします。

 

 

アップルムース

だいたい私の朝は「あ〜思ったより時間がなかった。。」ということが多い。

思っていたよりできなかった。思ったより時間がかかって大慌て。

そんな毎日なんだけど、なぜかたま〜に「思っていたより時間があった!」

なんて日もある。なんでかわからないけど、ある。

給料日前の財布になぜかいきなり5千円札があった、的にある。

と、そんなことどうでもいいんだけど。

 

昨日の朝はそんな朝だった。

長女と保育園に行くちびくんと夫の弁当をつくり、子供らに

朝ご飯を食べさせて、後片付けまでしちゃって、第一便に上の4人の

こどもたちが学校に出払って台所では保育園時間待ちのちびと末っ子の

姫と私だけが残っていた。

こうして片付いた台所って気持ちがよくって、つい「じゃ、なんか作ろうか」

なんてまた仕事を増やそうとするのがわたしの癖だ。まぁ仕事といっても

結局は台所仕事はわたしには一種の娯楽でもあり趣味でもあるから

いいのだけど。

そういえば私が6人目を出産する頃のことだった。予定日一週間ほど前の

いよいよ、という時。私の頭にあったのは「我が家の福神漬けがもうなくなりそうだ」

ということだった。夫が「もうすぐ生まれるから何か用意するもの考えないとね」

と言った時私が真っ先に言ったのは生まれてくる赤ちゃんの為の物ではなく

産後の自分の為のものでもなく「そうだ!福神漬け作っとかないと!」だった。

私にとっては極自然な思い付きだったのだけど、今になっても夫はそれを

笑い話にする。まぁ確かに生まれてくる赤ちゃんより福神漬けって

どうかとは思うけど。。ともあれ、わたしの頭の中にはいつでも我が家の食料

事情と作り置き、季節の保存食などのことが大半を占めているのだ。

 

そして今回白羽の矢が立ったのは前々から気になってた食料庫にある夫の

おじいちゃんちから頂いてきた大量のリンゴだった。おじいちゃんちの庭にある

リンゴの木から毎年沢山のリンゴがとれる。もちろん肥料や農薬は使ってない

正真正銘の庭にあるリンゴの木のリンゴだ。なのにた〜くさん実を付けてくれる。

本当にすばらしい。

しかもリンゴの木は野生種で昔からあるものだから見た目も小さくて

いかにも自然に実ったぜ、的な感じがたまらない。売り物よりちょっとすっぱ

かったり形がへんちくりんだったりしてるけど、やっぱりあの力強さは

お日様と雨と土とただそれだけで自力で実ってきたリンゴの命の力強さ

なんじゃないだろうか。わたしはそれが好きだ。

とはいえ、生で全部食べきれないのでそれを煮てアップルムースを作る。

それを入れて作るおばあちゃんのレシピのアップルパイが夫は大好物

なのだ。

そんなリンゴなのにもう春が近づいているベルリンの我が家の片隅で

宇宙の法則に従うかの様に摘み取られたリンゴ達はしわしわと

その身を枯れ衰えさせ、土さえあればそのまま土に還ろうかとしているような

佇まいのものもちらほらでてきた。これは見逃す事が出来ない事態だ。

アップルムースをつくらないと。つくらないと!

そう心で警鐘をならし続けていたのに、そういう時に限って思ったより

時間がない、サイクルに入っている。

だのに、とうとうやってきたのだ。あのリンゴ達が救われる日が!

 

人生のタイミングの妙というのは本当に不思議だ。ひょっこりやってくる。

アップルムースは皮をむいて、芯をとって実を刻んで鍋で煮る。だから

何十個、あるいは百個近くなるとそれはかなり大掛かりな作業になる。

たかがアップルムース、されどアップルムース。

我が家に存在する一番大きな鍋を出してきて私の心は決まる。

今日はやるぞ。今日こそやるぞ。

そんなわたしに頼もしい助っ人のちびくんがいた。3歳の坊やだ。

実際助っ人なのか、お邪魔なのかはわからない。でもこういう大掛かりな

季節の台所仕事を子供と一緒にやるのが私は好きだ。

上の子供たちもみんなそうやって一緒に梅を漬けたり、味噌をつくったり

ジャムをつくったりしてきたものだった。そんな懐かしい思い出が

頭をよぎりながら今またドイツの片田舎ではなく、街中のベルリンで

季節の仕事ができることがとても嬉しかった。おじいちゃんのりんごよ

ありがとう。心からそうおもった。

 

春を待つリンゴ達からはしわしわになりかける見てくれとはうらはらに、

芳醇な薫りが漂っていた。息子と匂いをかぐ。

「あ〜良い薫りだね〜」溜息がでるほど素敵なかおりだ。

胸がいっぱいになって幸せがこみあげてくる。もうこのままでいたい。

あの時胸が締め付けられるほどリンゴの薫りが愛おしかったのは

なぜだろう?

 

芳香に後ろ髪を引かれつつも作業にかかる。

私が芯をぬく、皮をむく。皮は干してお茶にするのでとっておく。

半分に切ったりんごを息子が小さくきる。私も一緒に切る。

かわいい小さな手でりんごを切る息子。切ってはちょこっと

つまみ食いをしている。

可愛くて胸が締め付けられる。リンゴの芳醇な薫りとともに

この時間が愛おしくてたまらない。

この小さな手と一緒にいろんなことをする度に、その愛くるしさ

その無邪気さ、その純粋さを感じる度にいつも同じ様に

もう大きくなった上の子供たちのことを思う。あの子達にも

こんな時があったよなぁ。と。

 

愛と言うのは時々溢れ出てくる。とめどなく。

上の子達が小さかった頃を思い出す。

あぁかわいかったなぁ。こんな風に可愛い手でどれだけの事を

一緒にしてきたのだろう。その時どれだけその可愛さを心に

抱けていたのだろう。どれだけその場に心を留めて見つめることが

できていたのだろう。

 

上の子と干支が一回りも違う年の離れた弟妹を授かった私は今もう一度

子育てをやり直している。

今この赤ちゃんを、この坊やを心から慈しみその愛らしさに改めて感動しながら、

もう育って大きくなった上の4人の幼少期を再び心に抱き慈しんでいる。

可愛い無邪気なあの手が、あの口が、あの体が、すっかりと

大きくなっていろんなことができるようになって、子供が育っていく

という当たり前の奇蹟を、その愛らしさを繰り返し繰り返し

感じている。

もちろん現実は簡単な事ではないけれど、日々は格闘なんだけど。

今でも子供たちは育ちの過程なのだけど。

 

リンゴを切るその仕草に心を留めて、ただそのときにすっぽり

包まれていると、そこにあるものの愛おしさに圧倒される。

子供という存在の愛おしさに圧倒される。

その愛おしさというのは決定的でありながらつかみ所がない。

圧倒的でありながら至極さりげない。

留めようがないところに留められていて、

気がつこうとしなければ忘れ去られる場所にあるのに

手を伸ばしても届かず、目の前にある。

 

どうして日々はこんなに簡単に流れていくのか。どうして自分の

心はいつも何処かに流れていくのだろうか。

今は今しかないのにさ。

 

しわしわのリンゴと芳醇な薫り。

小さい坊やとの思いがけない朝の時間はきっとまた私の心に

甘酸っぱく残るんだろう。こういう季節を繰り返して

坊やにも美味しい思い出が残ってくれるといいな、と願う。

土に還ってしまうまえのリンゴをムースにできてよかった。

 

節分と正月

今年はお正月に風邪をひいていたせいか、それともその頃が

水星逆行だったからなのか、それともただの気のせいか。

何故だか年が明けた気分にならないまま、不思議な時間をさまよいながら

節分になった。

もうそんなこんなだから、我が家はお正月を延期して、お年玉も延期して

恵方巻きもお雑煮も一緒に食べることになったのだった。

ちょうど今はドイツの学校は冬休みで一週間ほど学校がないし、気分的には

お正月っぽい。ゆっくりしきり直しのお正月を迎えられるだろうと思っていたけど

そんな訳は無かった。

お雑煮と黒豆こそ作れたが、具はほうれん草の茹でたのに人参だけ。

人参の飾り切りすら出来なかった。

恵方巻きはなんとかたっぷり作ったけれど飾り切りのないおせちもどきなんて

初めてだ。

小説「モモ」にでてくる「じかんどろぼう」という言葉が頭をよぎりながら

ともかくなんとかお正月を迎えた。

迎えてみると、どんなお正月だってやっぱり迎えたら気持ちがいいものだ。

お正月を過ごす、でなくて迎えるという気持ちが大事なのだろう。

やって来る新しい年を迎え入れる。受け入れる。そこに自分の意志を持って挑む。

そんな意気込みが、そんな決意がお正月の最大の意味かもしれない。

日々の生活の中でやり過ごしていく毎日のなかで、お正月だけが特別なのは

そんな風にして流れていく自分を一度拾い上げてもう一度行くべき道に

向かって方向を定める事ができる唯一のときだからかもしれない。

ともあれ、それがどんな風であれ私も、我が家もやっとこさ2017年という

年を迎え入れたのだった。

今年はどんな年になるのだろう。今更ながら思いを馳せる。

きっと何かが起こって、きっと何も起こらなくて、なんとかかんとかやっていくん

だろう。

子供たちはぐんと大きくなって、わたしはまたひとつしわを増やして、

読みたい本を読み終えるかもしれない、それすら出来ないかもしれない。

それでも子供は大きくなって、昨日はできなかったことが出来る様になってるのを

みせて驚かせてくれるのだろう。私はそれを側で見れるのだろう。

それだけでいいじゃないか。

それだけで満足出来なくなったら一度足を留めてそれがどれだけ

代え難い瞬間なのかを思い起こせるようでいたい。

 

お正月という時に自分の人生を立ち止まる。

自分の手の中にある幸せを数えてみる。

立ち止まる時にはいつだって見えなかった物が見えて、聞こえなかった音が

聞こえて来る。

さて、そろそろ歩きだそう。2017年を歩いてみよう。

今年は一体どんな景色がみえるのだろう。

 

 

 

 

 

お弁当ライフ再び

最近ユニオが保育園のようなところに行く様になり

お弁当をはじめました。

そこではオーガニックのケータリングがランチで出てくるのですが

やはりオーガニックといえども食べ慣れないものがでると子供は

食べないので我が家はお弁当も持たせる事にしました。

お父さんと一緒にお昼御飯を食べられる保育園なので夫弁当も復活。

こちらはとある日のお子ちゃま弁当と夫弁当。

 

ぶつきごはんにゆかり、ごまふりかけ。(大人にはシャケも)

ターキーのグリル(夫にはマッシュルームグリルとマスタードを添えて)

キャベツと若芽の蒸し炒め

茹でトウモロコシと梅ペースト

デザートのうさぎりんご

 

こんな感じで朝は長女も含め3人分のお弁当の日が始まりました。

長女のお弁当だけ作っていた時には肉食も多いのでお弁当作りは楽

だったのですが、菜食を好む夫と幼児向け弁当も一緒となると

なかなかあたまを使います。

乾物や海藻。野菜の種類、葉もの、根菜、丸いもの、長いものなど

取り入れて、茹でる、炒める、揚げる、和えるなど調理法の

陰陽バランスはどうかしら?などなど。

もちろん日本でのマクロビオティック食材とドイツでは

手に入るものも違いますし、野菜や調味料も違います。

その辺りの工夫もしながら、大人、思春期の女子、幼児では

必要なエネルギーも違うし、栄養素も、求められるものも違う。

そんなこんなを乗り越えて。の弁当。

ガッツリ食べたいけど表向きガッツリ見えない工夫の必要なお年頃の

女子弁。その上フレッシュなフルーツの甘みや野菜が欲しい長女。

しっかり食べたい夫は色んな栄養素と食感が必要なので一番おかずの

バラエティが欲しい人。そして味はしっかり目に。でもそのなかでも

一品は素材の味のするシンプルなおかずを。

(ちなみに、ドイツに来てお魚料理に大根をあわせられない場合

辛みのあるスプラウトが消化を助けるかわりになると気がつきました。

おそらくドイツの気候とあうのでしょう、以来スプラウトは我が家の

冷蔵庫にかなりの頻度で常備されています。)

幼児のお弁当は食べつきやすさ、形の工夫,色の工夫で野菜も食べる様に

甘みと穀物をしっかりとれるように。。などなど。

手前味噌ではありますが以前オーガニックベースで行ったお弁当コースの

内容を思いだしつつ、今は大きくなった四人の子供に作っていた

お弁当も思い出しつつやっております。なかなか楽しいです。

こういうバランスを感じながら作るのがマクロビオティックの料理の

楽しい所そして難しい所かもしれません。

 

ともあれユニオにとっては人生初のお弁当。

お兄ちゃんのおさがりのワッパ弁当を持ってうれしそうに

毎朝出かけていく姿は愛らしく、同時に大きくなったなぁと感動。

ドイツの保育園でも皆さん興味津々の様子。

お弁当って日本の良い文化だなぁと改めて感じている毎日です。

 

 

 

 

 

Mutti!!

さすがベルリンは街のそこここで素敵でおしゃれなお母さんを沢山見かけ

ます。そしてお父さんが一人でベビーカーを押している姿がそここで見られます。

これはドイツにきて私のカルチャーショック=)

公園に行くと半分からそれ以上の割合でお父さんが子供を連れてる。しかも

結構いかついタトゥだらけのお父さんとかも一人で楽し気に子供をつれてる=)

なんか微笑ましいでしょ。

生まれて間もないであろうちっちゃ〜い赤ちゃんもお父さんのおなかにしっかり

抱っこひもでくくられてお母さんなしでいるのです。

すごいでしょ?すごいよね?赤ちゃんもぜんぜんお父さんに慣れてて泣いてないの。

日本ではイクメンが流行ってるというけどベルリンはそれ以上にイクメンが定着

している模様。

だいたいベビーカーを押してるお父さんはスマホ片手に歩いてたり、公園のベンチで

コーヒー飲みながら赤ちゃんを見てたりするんですけどね。時にはタバコを

すいながら、なんてお父さんもいますけど。

そうそう。ベルリンはすごいタバコ大国でしてどこでもみんなタバコをすっています。

今時先進国でこんなにタバコを吸う国があったのか!と驚くほどに男も女も、

老いも若きもカフェで、芝生で、公園で道ばたでどこでもタバコを吸っているのです。

ベルリンではこれも一つのファッションのようになってるのでしょう。

これもまた私のカルチャーショックではありましたが。

それでもなんでもなんだか街を行き交うお父さんお母さんをみてるだけでも

結構楽しめちゃうベルリンライフ。お子さんの格好も可愛かったり、お母さんも

すごくおしゃれだったり。なかなか勉強にもなるのです。

 

そんなベルリンの素敵なママや働くママなどの情報満載のサイトHuptstadmuttiにて

街角の公園でインタビューを受けた記事がアップされていました。

よかったらご覧遊ばせ。かなり「素」の私がそこにおります=)

この時、たまたま初めていった公園で子供と遊んでると、双子のお子さんを

連れたお母さんがちょいと目を離したすきにもう一人のお子さんが

よちよち歩きで鳩を追いかけて夢中になって公園の遊具に激突。

見ていたこちらが「はっ」と息をのんでしまうほど痛そうに頭をうってしまいました。

おもわずバッグからレメディをとりだしてそのお母さんにアーニカをさし

だすとちょっと戸惑ってらしたけど、周りのお母さんからも「良いアイデアだと

おもうわ。」と言われて安心したのかレメディをお子さんに飲ませていました。

ホメオパシーを普通に差し出しても皆さん驚かないのですね、さすがドイツ!

ともあれその様子をみてらしたお母さんのひとりがこの記事を書いてくれました。

そのお母さんもおしゃれなお姉ちゃんみたいなひとで、お子さんを連れたらしたの

だけど、すかさずインタビューをはじめるとレコーダーを取り出して取材をしカメラで

写真をとって。原稿もメモをして。と働くママの顔に。

その自然体な仕事ぶりが素敵だなぁと思いましたよ。

子供がいてもおしゃれに、楽しく、子供と一緒にできることをできるようにやる。

色んなインスパイアをくれるベルリンのママ達に乾杯!

旬と野菜の考察

台所で旬を感じるのが私は好きだ。

春先の息吹から苦みを運んで来る山菜達

初夏のさわやかな緑のお豆達にあの青々しい梅。

真夏のはじけるような夏野菜に

ほっこりしっくり落ち着きをみせる秋の芋栗なんきん。

滋味深い冬野菜たち。

それに季節折々の魚介類から海草類。

それらを時に茹で、時に油で揚げ、煮しめ、焼きこがし。

手を変え品をかえ私達の食卓を賑わしてくれる旬の食べ物たち。

あぁ日本の食卓はなんと豊かなのでしょう。

外国に暮らす様になって特に私はこの季節の移ろい、旬というものが

愛おしく、それに伴う日本の調理の奥深さをありがたく思う様になった。

それと同時に、このような旬という移ろいがそれぞれの国では

どのように楽しまれているのか、親しまれているのか、というのを

知りたいとおもうようになった。

 

さて、ドイツでは一体どうなっているのだろうか。

ちょうど春を迎えたドイツ。とおもった矢先には既に初夏の風ふいている。

わたしには冬〜初夏の変化が急だったように思う。これは今年だけだろうか。

春に一期に地面が緑になったとおもうと今や木々は若草を

通り越して繁る緑に包まれている。こんな風に暖かくなると体は

緩みたくなる。こんなとき日本なら春の山菜たちが体を解放するのに

助けになるのだけど。と思いドイツには山菜がないのかと思い当たる。

そうなのだ。ドイツにはどうやら山菜はない。まず山自体がそこここに

ある訳ではないので山菜はない。地面をみるとなにか食べられそうな草は

ないのか?と思うけれどつくしやのびるはベルリンではみつけ

られなかった。

自然から与えられる恵みをうまく食べて、日々の健康を保つ智慧は

きっとどの国にもあるはずだ。だからきっとドイツにもなにか季節の

恵みがあるはずだとおもい辺りを見回す。

ちょうどドイツの郊外にある夫の祖父の家を訪れ,大きな庭を散策

しているとタンポポがたくさん咲いていた。

種類はわからないけどそこここに咲くタンポポの黄色は野草のように見えた。

柔らかい若草をつんで食べてみるとほろっと苦い。これは食べれるのでは

ないかなぁとぼんやり思う。きっとおひたしなんかにできるんじゃないかと

想像は膨らむ。そういえば以前タンポポの葉をサラダに食べるというのを聞いた

ことがあったのを思い出した。

春先の緑、ほろ苦さという季節の恵みの理にかなったこと。

目が、体が欲するところの全てを自然は与えてくれているというこの奇蹟。

そんなことにはたと行き着く。

その頃ベルリンのカフェやレストランの至る所では白アスパラガスのメニューが

旬のメニューとして出回っていた。やはりドイツにも旬はある。

私は人生で初めて白アスパラガスを食べてみた。

太くしっかりとした外観なのにお皿に乗るとほっとりと柔らかい。

それをバターやクリームのソースと生ハムの塩気で頂く。

これはまるでふろふき大根のような味わいだと思った。

ふろふき大根も柔らかく茹でられた白くやや甘みのある大根を

ゆず味噌など塩気のある調味料でいただく。これは冬のお料理だけど

冬の終わりの頃にこのような甘みのある白いお野菜を食べるのは

冬中に寒さで締まった体をゆっくりとほぐすのに役立つ。

春先の4月でも寒さの厳しい日のあるドイツでは白アスパラは

日本のふろふき大根のような役割があるのではないだろうか。なんて

うんちくを思いつく。また夫が頼んだ白アスパラのスープには

にんにくにも似た香りのグリーンの薬味がかかっていた。

聞くとそれは春に森でとれるニラのような野草だという。

「あるじゃないか、ドイツにも!季節の草を食べる。

そんな習慣がドイツにも!」わたしの心は踊った。

 

わたしは好きなのだ。春が好きなのだ。

山里の春は美しい。そこここに命の芽吹きを、再生を、目覚めを

感じられる。雨が降る毎にあたたかくなる大気。湿り気を帯びて

柔らかくなる土。やさしい若草色のなかに食べることのできる草を

見つけることができる宝探しの季節。

地面を押し上げる筍の穂先はまさに、ここ掘れわんわん。

春はなんてたのしくすてきなのだろう。

そんな命が踊る体験を送った日本での田舎暮らしの日々が白アスパラガスとともに

ここベルリンでよみがえる。世界はつながっている。

春はここにもある。

 

アスパラガスはドイツの山菜だった。そんな考察が信憑性をもってわたしの

頭を駆け巡る。春の苦みとアスパラの苦みが。アスパラの帽子のような穂先と

柔らかな土から顔を出す筍の穂先とがシンクロする。

このシンクロをきっかけにわたしの目はドイツの旬を

日本の旬の記憶を便りに解読しようと試みる。

ルバーブを見る目はもはや日本のふきを見る目になっている。

似ている。似ているじゃないか!!

食べ方は違う、味も違う。

だけど地面からやってくる力が似ているじゃないか!

だから外観もにているのかもしれない。

エネルギーによって形は形成される。

性質は違っても本質が同じならば、、あるいは。。

ドイツと日本に流れるエネルギー。

ドイツ人と日本人は同じようで全く違う。違うようで似ている所もある。

旬を通して人種の違い、国籍の違いという異なりと

それを越えたつながり共通性に思いを馳せる。

野菜も人間もあるいは同じように。。。

 

マクロビオティックを通して台所から自然を見つめてきた。

旬という季節の巡りは自然の摂理を教えてくれた。

まるごと食べることは全体を知る大切さを教えてくれた。

それが今世界に飛び出した私に台所から新しい意味を見いださせる力に

なっている。

日本という部分からでてみれば、私という日本人は世界という

全体の一部なのだけど、世界もまた様々な一部を内包した大きな何かの

一部なのかもしれない。

これは台所を発端にした壮大な物語だ。

 

今ベルリンではプラムやアプリコットが出回っている。

私は再び日本の旬の記憶を頼りにアプリコットで梅干しを作っている。

ドイツにおける梅干し的な食材は一体何になるのだろうか?そんな問いを

掲げながらアプリコットのへたをとる。

するとどこからとも無く子供がやってきて幼い頃からやっていたこの

梅仕事に参加していた。

旬が運んでくるのは味覚だけでなく、家族の思い出でもあるのだ。

さて今年の梅干しはどんな味になるのだろう。ドイツでの記憶がまた一つ

台所から紡がれていく。