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水星逆行

みなさん水星逆行というのをご存知だろうか?

私もあまり詳しくはないが星占いは結構好きで

時々お気に入りのサイトをのぞいたりしているのだが

そのなかで水星の逆行というのを随分前に知った。

水星はコミュニケーションを司る星でそれが地球からみて

逆行しているようになる時期が年に数回あるらしい。

その時期には物事が滞ったり、コミュニケーションがうまくいかな

かったり、物をなくしたりなど色んな問題が起こりやすいと

されている。だからといっていやだなぁってことじゃなく

そういう時にこそ問題を解決したり,計画をじっくり練り直したり

懐かしい人との再会なんてこともあるわけで。

ともあれ星の動きによって人が影響をうけるというのは

とても面白いと思っている。これはなんとなく人間バイオダイナミック

とでもいうべきか。

バイオダイナミック農業が注目される今、やっぱり人間もちょっとは

星の動きを見ながら暮らしてもいいような気がする。

星占いっていうと乙女チックで馬鹿にされそうだけど、天体の動きが

人生に影響するという考えは以外と理にかなってると思う。

ともあれ、そんな水星逆行。面白い事に私はだいたいいつも

「あれ?」と思う事がおこるとやっぱり水星が逆行している。

今回も面白い事があった。というか実際にはそんなに面白くない。

ある日、ひょんな事から末っ子のユニオが私のiPhoneを手にした。

それを持って部屋を出て行ったのを見た時に「あ、返してもらわないと」と

ほんの一瞬頭によぎった。それが私の直感だったということにそのときに

気がつくべきだったのだが、残念ながらそうならなかった。後の祭りである。

つまり、そのまま次の瞬間ユニオを見た時にはiPhoneは消えていた。

そのときにあの直感がよみがえった。「やばい!どこにやったんだろ?」

すぐにユニオにかけよって「どこにもっていったの?」と聞いてみた。

もちろん、そんなこと答えられるわけないと半分以上わかっているのに

そうせずにいられない。

「あぁ、やっちゃった〜」

つぶらな瞳をわたしに向けて「ままどうしたの?」というかわいい

無邪気な顔で立ち尽くすユニオからこれ以上何も聞き出せる

わけはないのは百も承知だ。

それから私のiPhone捜索が始まった。

探す事2時間。ゴミ箱は2度さらい、物陰から洗濯物の山からすべて

ひっくり返して探しても見つからない。

とうとう子供たちを動員しての捜索に入る。

10分過ぎ15分過ぎると子供も飽きて助けてくれない。

もうやけっぱちになって懸賞金までつける。

「見つけてくれたらお礼に10レアル!」の声に再びやる気が

わく子供たち。

されども探せど,探せどiPhoneはでてこない。

もうこれは神隠しである。

もう諦め始めた子供たちは口々に「ユニオってすごいねぇ〜

こんな難しいことできるんだねぇ〜」と笑えないようなつぶやきを

吐きながら三々五々に捜索をやめる。

なぜ見つからない?

もう迷宮入りかと思われるほどの難題をふっかけてくれたユニオ。

それが起こったのはまさしく水星逆行まっただ中だったのだ。

「あぁ、やっぱり水星逆行かぁ」そう気がついた時には捜索を

私も諦めた。どっちにしても家の中には必ずある。家の何処かにある。

いつか誰かが見つける。そして水星逆行に無くして物は

あとででてくる可能性が高いとも言われているのを私は知っていた。

そう思うと急にリラックスして

「みんな〜いつか見つけたら絶対報告してね〜それでどこにあったか

わかったらきっとみんなで大笑いだね〜」

そういって一週間ほどが過ぎた。

そうはいってもやっぱり気になるので,ほぼ毎日何気なく

「ユニオ。そろそろiPhone見つけたいんだけど?教えてくれない?」と

無意味な質問を投げかけつつ、「意味がわかりませんが?」という

風にくりくりの可愛い目を投げかけるだけのユニオを眺めていた。

 

しかし今日。部屋を掃除している時にとうとう発見した。

私のiPhone。

何度も探したはずの場所の物陰からひょっこり姿を現したので

ある。

初め見たときは状況を理解出来ずにiPhoneをiPhoneと認識するまでに

しばし時間がかかったほどだった。

「あ〜!!!」と私が気がついて叫ぶまでには

天使が通り過ぎるほどの間があった。

とうとう見つけたのだ。やっぱりあったのだ。やっぱり!!

この感動を早くみんなに伝えたいとうずうずしながら

気がついたのはもう明日,あさってごろには水星逆行が

終わるという事だった。

あぁやっぱり。

 

これがただの偶然ならそれでもいい。別に信じられる根拠等いらない。

ただわたしはこうして日々の暮らしに訪れる

惑星達とのつながりを楽しんでいる。

 

 

 

 

 

 

馬と男子

最近双子が始めたな習い事、乗馬。

この辺りではまだ車と一緒に馬が走っているし

近所の牧場にはカウボーイがいて馬でその辺を走ってる。

馬って以外と便利らしい。

もちろんそんなカウボーイを横目に馬に乗りたくなった

双子。近所に乗馬教室を見つけ通い始めました。

いよいよ夏に近づいてお日様照りつける赤土の道を

赤ちゃんをおぶって散歩がてら歩いていきます。

この暑さの中、水筒は必須です!

最近のお気に入りはライムの酵素ジュースです。

そんでもって歩いていくと、桑の実を発見しもちろんつまみ食い。

もしも〜し人んちの桑の木だから、あんまり引っ張らないの〜;)

そして道すがら綺麗な石探しが始まったり、面白い鳥を

見つけたり、人の家の番犬にからんだり。。。

「すみませ〜ん、遅刻しますよ」

ちなみに、近所にあるこの川には野生のカピバラが住んでいる

ので時々河原でたむろするカピバラの大群に出会う事ができます。

それは大変かわいいので遅刻の価値あり、としておきましょう=)

そんな寄り道、草道の末歩く事30分ほど

いよいよ到着。

早速馬にまたがり練習開始。

なぜかいつも馬は2頭大きいのと小さめのロバ的なのとを

用意され、二人とも大きい方のかっこいい馬に乗りたいので

ちょっとした小競り合いがありつつ、最近は交互に乗る事で

合意に至っております。

やっぱりかっこいい馬に乗りたい男子。ちっこい馬も

なかなかかわいいのにね。

ちなみにこの馬はちっこい方の馬の「ホビーニョ」。

まだ始めて一ヶ月ほどなのに、毎回1時間ほど一人でたっぷりと

馬にのせてもらい、ぐんぐん上達している模様。

そんなお兄ちゃん達を尻目に、一番下のちびくんは

牧場を駆け回る。

そしてそれを追いかけるわたし。

あぁ,男の子のお母さんって体力勝負だったんだわ。と

思い出す今日のこのごろなのであります。

 

一歳

雨戸の隙間から漏れる光が今日も朝が来た事を知らせる。

光の具合からするといつも起きる時間はとっくに過ぎている

ころだ。

いつもの週末の朝。けれどこの隙間から漏れるかすかな日差し

しかない薄暗がりの寝室が今日はひときわ懐かしい。

ユニオの誕生から丁度一年。

あの子が生まれたこの寝室,このベッドのうえで

今日もあの日のように朝を迎えた。

しばし余韻に浸るように思い出の糸をたぐるように

差し込むわずかな光を眺めるともなく眺める。

いつもの朝が何回も巡ってやってきた,特別な朝。

まだ家中が静かな中、ユニオと主人と私と三人だけの蚊帳のなかで

今はずっしりと重たい頭にむっちりと元気な四肢が育った

あかちゃんを抱きしめる。

なんとなくそんな気配に気がついたのが「んっんっ」と寝返りをうって

おっぱいを探る赤ちゃんにおっぱいをあげながら

まだまだ赤ちゃんの匂いのする我が子の頭の匂いをかぐ。

真っ赤で暖かく私の胸の上で丸まるように乗っかっていた

あの小さな赤ちゃんは今ではすっかり大きくなり、ただ

にぎりしめるばかりだった小さな手はふくふくと育ち

今では何かを掴もうと好奇心を全開にしている。

一歳。

当たり前の、いつもの毎日を繰り返して、いつもと

変わらない部屋でいつもと変わらない人たちといつものように

迎えるその日は毎年いつになっても時空を超えて特別な場所へ

私達を連れて行ってくれる。

毎日何を食べて,どんな物を見て、何を思って、何を感じて

どんなふうに過ぎていったの?

繰り返す日々の中でこの一年の節目に見せる子供の姿が,

その全てを物語ってくれるかのように感じる。

「あぁおおきくなったね。」

私のおっぱいで、家族の中で,色んな音の中で

色んな人たちの中で、色んな国の狭間で、色んな味と色と風の

中で、全ての物を栄養にして全ての物を吸収してあかちゃんは

大きくなった。

こういう風にして私もまたお母さんとして一年たった。

そしてユニオの一歳の誕生は私達の新しい家族の一歳の

お祝いでもあった。

 

特別な朝を味わいながらもいつものように一日が始まる。

朝ご飯を食べ、洗濯をし、ふざける子供をたしなめ,

外でははしゃぐ声が聞こえ赤ちゃんは私のまわりを

這いずり回る。

そんななかでも「マッマッ?」「ダイダイ〜」と

言葉にならない言葉を話し始めている赤ちゃんの声を

きくたびに「あんなに小さかったのに」とその日は一日中

暮らしの風景の端々で1歳になる息子の成長の足跡を

辿るように過ごした。

けれど特別な気持ちは抱きつつも特別な事をする予定はなかった

1歳の誕生日。

唯一ユニオが初めて食べるケーキは我が家の定番

寒天ゼリーケーキのフルーツポンチに決定していたのだった。

一日遅れて家族全員が揃い、待ちにまったケーキを食べることになり

外で遊んでいた双子を家に戻るようにと呼びにでると

この素敵な天気の昼下がりに誘われるように

同じコンドミニウに住むご近所さんたちが庭に集まっていて

思いがけずみんなでユニオの誕生を祝ってもらうことになった。

近所の仲良しも集まって子供たちは大喜び。男の子の多いこの

コンドミニウの悪ガキチームにユニオが仲間入りする日も

そう遠くないのかと思うと嬉しいような恐ろしいような

複雑な気分がした。

大人達は飛び入りで楽器を持ち寄りギターやタンバリンを片手に

ブラジルの誕生日ソングを歌いだす。私はこういうブラジル人の

陽気でフレンドリーな所が大好きだ。

手拍子に歌声に笑い声に、かけ声に包まれて、沢山の子供たちと

大人とキラキラの太陽に見守られた1歳の誕生日。

いつもの休日が特別な休日に変わる瞬間。

ひとしきり歌い終わっていよいよバースデーケーキを

分かち合う。

ブラジル流のチョコレートケーキではなく、見た事も無い

ゼリーのケーキにブラジルの子供たちはしばし呆然としつつ、

誇らしげに「これうまいよ!」と自慢げに話す双子達。

密かにみんなとわけたくないくらいゼリーケーキが大好物

な長女にブラジルでは貴重な白玉をゼリーケーキよりも

楽しみにしている次女。ブラジルの子供とは対照的に

我が家の子供達は食い入るようにケーキに熱い視線を

送ってる。

白玉を見た事がない子は白玉を指差して

「そのゆで卵も食べた〜い」と言ってるし「もちって何?」と

初めて食べる白玉に興味津々のブラジルお母さん達。

ブラジルではほぼ見かける事の出来ない砂糖を使わない

デザートという事でも話は盛り上がる。こんなふうに

よその国の味、知らない料理で世界がつながるのも外国に

いて楽しいことの一つだ。

けれどそんな中自分が主役だと気がつきもせず、

わんさと集まった人の輪のまん中で物珍しそうに

ポンチの中のゼリーやイチゴをほおばるユニオ。

気がつけば私達は誰も知らない何も知らないブラジルで

こんなたくさんの人からの祝福を受ける誕生日を

迎えていた。

赤ちゃんが運んできてくれる幸せのひとつはこうした

新しい人とのつながり、世界との出会い。

この無邪気な存在がこれからも沢山の世界に出会うように

私達も彼らと共に歩みながら出会う世界を楽しみに

している。

盆生まれ

日本では夏休みまっただ中の8月ににこちらでは

新学期がはじまる。

初めてブラジルに来たときも日本では夏休みに入ったばかり

だったのにもう学校に行かねばならずあの年は

夏休みを損した気分になったのだった。

あれから一年。今年もとうとう8月になり

あっという間の冬休みが終わって新学期が始まったのに

いつもより嬉しそうにしているのはお盆生まれの次女。

次女はお盆うまれだから誕生日には来てくれる友達が

今まで殆どいなかった。というか盆に誕生日会を開こうと

思った事は殆どなくたいてい家族で慎ましく誕生を祝ってきた。

けれどようやく日本の裏側ブラジルで日の目をあびる時が来た。

「こんな日が来るなんて!」地球を半周してよかったと

いわんばかりにウキウキしてる。

新学期はじまってからは「誰を呼ぼうか?」

「誕生日ケーキはチョコがいいからね!」などなど

その話で持ち切りだった。

そんな風にして新学期始まってそろそろみんな

エンジンがかかってきましたよと言う感じの8月下旬に初めて

ブラジルで次女の誕生日パーティーを開く事になった。

吟味して吟味して仲のよい友達を何人か呼ぶ事にした。

それだってやはり女の子は一苦労。

「あの子とあの子はあんまり仲良くないんだよね〜でも

あかりはあの子好きだから呼びたいんだよね〜どうしよっか?」

などなど5年生ともなると子供世界の人間関係も複雑らしいのは

ブラジルでも同じようだ。

それでもどうにかこうにか仲良しさんに招待状を作り

私はバースデーケーキのリハーサルをさせられ、ランチの

メニューを提示しなんとか合格サインをもらった。

みんなでやるゲームはこの国の人は知らないであろう、

パン食い競走のおかしバージョンと飴食い競争に決定しており

普段めったに買ってもらえないキャンディーの色々に

既に弟達は興奮しつつ「誕生日っていいなぁ!」という

空気は家族全体に広がっていった。生真面目で入念な次女は

そんな浮き足立った弟らに喝をいれつつ、あくまで主役は私だ!

と主張せんばかりにお菓子の類いを厳しく取り仕切り

自分はゲーム用のキャンディーを袋に詰める作業や、

ゲームのリハーサルまでやった。

前日には運動会の前夜のような緊張感に包まれ
眠れなくなるほどどきどきしながらいよいよその日を迎えた。

当日は気持ちのいい晴天。朝早くから来てケーキ作りを手伝ってくれる

友達がきてにわかに舞台裏は動き出す。

たった今冬が終わったばかりなのにどうやら今日は

真夏日になりそうだ。

お手伝いのはずの友達も主役の次女も仕込み半ばで気がつけば水着に

着替えてプールに飛び込む。準備は入念な割にその辺は適当

らしい。

そんなこんなをしているうちに続々と友達が到着する。

近所の家の子供たちもちらほら集まって来る。

こうして流れるように総勢十数名の子供たちが群がって

誕生日会は始まっていた。

春とは思えない夏の天気と次々と元気にプールに飛び込む子供たちの

姿に日本も今夏休みだったなぁと思い出した。

けれどお盆の雰囲気はここでは全く感じられない。

次女の誕生日とお盆はいつもセットだったから

お盆の無い国にいるというのはなんだか変な感じだった。

何もかもがぐるっと姿を変えてしまっているのだ

ということに改めて気がつく瞬間でもあった。

リハーサルのかいあって、ランチも好評,ゲームの

飴食い競争やパン食い競走は顔を粉まみれにした子供たちが

「もう一回もう一回!」とせがんでくるほど

ブラジルの子供たちにも大人気だった。

一通りはしゃぎきったところでバースデーケーキに行く前に

仕込んでおいたクッキー生地をもってきてみんなで型抜きして

焼いてお土産にした。こういうちょっとした手の仕事は女の子は

大好き。次々とプールから飛び出して水着姿でクッキーを作る

様子はさすが南国ブラジルという感じだった。

どの子も一杯遊んで喋って、女子達のかしましさもかわいらしく

真夏の太陽のようにきらきらした時間のなかではしゃぎ回る

次女の思い切りの笑顔がまぶしい誕生会だった。

今までと違う音、違う空気、違う光の

なかで懐かしく思い出す11年前のあの瞬間。

 日も暮れかけた頃いよいよほぼ1キロの粉で作った

特大チョコレートケーキの登場でパーティーはクライマックスを

迎える。

ブラジルの誕生日ソングを皆に歌ってもらって思い切り

ロウソクを吹き消すとまた一つ大きくなったんだってことが

ひしひしと感じられた。

「お一つどうですか?」お迎えにきた親御さん、物見に

来てくれたご近所さん、周りにいる全ての人にケーキを振る舞う

のがブラジルスタイル。まるで家の上棟式の餅まきのように

おめでたい気持ちをふりまき分かち合う。

生まれて初めての盛大な誕生日パーティーはこうして無事に幕を

閉じた。

片付けが終わって一息つく頃にはもうすっかり辺りは暗くなって

次女はハンモックであっという間に寝てしまった。

いつもは長女の下、双子の上、という微妙なポジションで

主役になれる事の少ない次女という立場。私も二番目の子供

だからなんとなく気持ちはわかる。

けれどとうとうブラジルで初めて迎えた主役の座。

輝く太陽と子供たちの笑い声に包まれた次女の日焼けし

いきいきとした笑顔を見ながらこれからもいつまでも

自分の人生の主役でいてほしいと願った。

お盆だろうと次女だろうと

こうして一人一人に燈がともる誕生日。

その光をあびた次女の顔が忘れられない一日だった。

 

 

 

 

台所の思い出

夕飯時にみそ汁を作っていると

ネギを刻む音に次女がやってきた。

「ねぇ、お母さん。どうやったらそんな風に

早く細かくネギを切れるようになるの?」

「それはね、毎日料理してたらそのうち出来るようになるんよ。」

(これ、大分弁です。私の母がこういうしゃべり方をするんです)

そう答えると,次女は嬉しそうに,おかしそうに

微笑みました。

「実はね、お母さんも子供の頃にお母さんのお母さん、

つまりあなたのおばあちゃんに同じ事を聞いた事があるんだよ。」

そういうと次女はまた嬉しそうな顔をしました。

「それでね、その時におばあちゃんは今言ったように

毎日料理したらそのうち出来るようになるんよ〜って笑いながら

答えたんだよ。」

するとますます嬉しそうに置かしそうに次女は笑いました。

「だからね、あーちゃん(次女)も大きくなってお母さんになって

子供が生まれて同じ質問をされたら、毎日料理してたらそのうち

出来るようになるんよ〜って言ってあげてね。」

と私は言いました。

すると次女は恥ずかしそうにはにかんでどっかに行ってしまいました。

 

「毎日料理してたらそのうち出来るようになるんよ。」

子供にとってはたいそうなワザに見えるネギ刻み。

とんとんと小気味よい音にリズミカルな包丁さばき。

自分ができない分,母の手元は魔法のように見えたものでした。

おなさい自分には到底無理だと半ば諦めていたその魔法が

「そのうちできるようになる」と笑いながら母がいってくれた

ことでとても嬉しくなったのを覚えています。

「わたしにもいつか出来る日がくるんだ」

その思いはもしかすると

「いつか私もお母さんになる日がくる」という思いと

同じだったかもしれません。

 

そして今、あの頃と同じ年頃に育った次女と

あの頃と同じ会話をする母になった私。

思いがけず台所の思い出が紡がれた夕暮れでした。

 

 

 

 

離乳食ふたたび。

6ヶ月になる我が家の坊やのブラジルでの離乳食が

いよいよ始まりました。

久々の赤ちゃんでどうやって離乳食を始めたかすっかり

忘れてしまっていたのですが何となく勘をたよりに

坊やの様子を感じながら進めております。

というわけで、日本ではえ?!と思うような物も

試しつつ新しい発見をしつつ頑張っておりまする。

 

例えば、庭に生えていた熟れたてのパパイヤがあまりに

美味しそうだったので一掬いスプーンですくって食べさて

みました。なかなかやぶさかではないご様子。

離乳食初期の赤ん坊にそんな陰性な!と

マクロビオティックでは叱られそうですが;)でも

ここはブラジル。

なんかよさそう〜って思う気持ちのいい物も食べさせてみたり

しています。

実際こちらでは一ヶ月違いの赤ちゃんが近くにいるのですが

離乳食はパパイヤ、洋梨、バナナなどフルーツを食べていると

言っていました。基本穀物、の日本とは随分違いますね。

郷に入っては郷に従え、ということで坊やにも生の果物も

食べさせています。

でも観察してみて思ったのは基本は

加熱した果物のほうが気持ち良さそうということでした。

リンゴのすり卸しを飲ませたときとリンゴの蒸し煮をマッシュして

食べさせるのとでは蒸し煮の方が赤ちゃんがリラックスして

食べています。口あたりが柔らかいというかんじでしょうか、

生のよさ、加熱のよさ、穫れたてのプラーナ,色んな食感との

出会いをバランスよく味わい体験してもらえるような

離乳食の進め方をしたいなぁって思ってます。

赤ちゃんにとって離乳食は栄養を摂る以上に

新しい世界との出会いの始まりなんだなぁ

とあらためて感じる5人目の離乳食。感慨深いですな。

 

そうはいっても日々のこと,準備や片付けも

うまくこなしたいところ。

そんな訳で最近の離乳食はこんな感じに

ぶつきのお米を水分少なめのおかゆにしてストック

その他カボチャと人参の蒸し煮をマッシュしてストック

リンゴの蒸し煮をストック

容器はWECKのガラス容器が冷蔵庫に納まりも良く

美しく収納出来て便利。

そしてこのステンレス計量小鍋がその都度おかゆを暖めるのに大変重宝。

でも欲を言えば、土鍋の小さいのがあるといいかなぁとか

思ってます。琺瑯でもいいかもなぁ、とかも。。

それに最近はブロッコリーを小さく房分けしたものを

茹でたのをストック。これは最近下の歯が生え始めた

坊やのお気に入り。歯固めに茎をがしがし

かじっています。花の部分は食べてるし。なかなかよいです。

人参、カボチャをスティック状にしたものもよいです。

手で持てるものと、食べさせるものと2種類用意しておくと

便利です。

 

我が家では、皆の御飯の時間に坊やも同じ食卓に座らせて

「いただきます。」をします。ここはやっぱり日本人として

外せませんな。(もちろん,ごちそうさまもしますよ=)

それから手で持てるブロッコリーや人参を目の前において

(お皿で遊んじゃうので今はまだお皿は使ってません)

まずは自分で掴んで食べる。

というか。。食材と戯れていただきます=)

噛んだり,なめたり,がしがししたり、まだうまく

使えない手先を練習するように掴んでは落としたり

どうにか口に入れようとしたり、そうして楽しく格闘

している間におかゆを小鍋で暖めます。

固め水分少なめに仕上げたおかゆは水を足してのばすことで

好みの加減にできるので便利。

特に朝食時は水分を多めにして重湯のような食感にして、

リンゴのすりおろしを加えたりします。

夕飯や昼などたっぷり食べそうだな,と思ったときは

足す水を少なめにしてもったりとした食感にし、

カボチャ等加えてたっぷりと。

野菜をマッシュするにはやっぱりこれ、すり鉢とすりこぎ。

そして、陶器でできたおろし金。

金物よりやっぱり穏やかな感じがする調理器。

繊細な雰囲気の違いは

赤ちゃんにはより大きく感じられるんだろうなぁ。

最近はそれでゆでトウモロコシをおろしておかゆに

加えたりしています。

それにあとはみそ汁の里芋をわけたり、小松菜を

しゃぶらせたり、そうやってなんとなく

皆と一緒の食卓で生まれて初めての

「食べる」を体験する毎日なのです。

 

みんなより早く食べ終わった坊やには

最後にまたまたたっぷり食材とお戯れを。

困らない程度に、ぐちゃぐちゃとやりたいように

触りたいように。

見てるこちらも楽しくなるほど熱心にたわむれる

赤ちゃんの食事。

あぁ、世界と出会ってるねぇ。

不思議な物がいっぱいだよねぇ。。

赤ちゃんを見ながら私までなんだか冒険し

発見するような気分になる。

 

味を通して感覚が

お母さんのもとから初めて開かれていく。

土と水とお日様と全てのものに出会っていく。

それを自分で掴み味わっていく。

食卓の上から赤ちゃんの人生の第一歩が始まる。

離乳食ってすごいんだなぁ。

 

とはいえ。

毎日3食ぐちゃぐちゃのてんてこまいで

こんなことよく4人もやってきたもんだなぁと

自分を褒めたくなるような気持ちもしたりして。

いつか坊やが箸をつかって、お茶碗をもって

立派に食事ができる日がくるのも楽しみなのであります。

 

 

 

 

子供時代

静かな秋の夕暮れ前の時間

庭の裏で洗濯物を取り込んでいると

子供たちの遊ぶ声がする。

夕飯までのこの時間をめい一杯遊ぶ子供たち

ふと、自分の子供の頃の記憶がよみがえった。

3歳から小学校3年生まで過ごした東京の社宅の記憶が。

 

今私たちの住むコンドミニウには8世帯が住んでいて

そのうち二組をのぞいてみんな子供がいる。

その上子供たちはほとんど同じシュタイナー学校に通う

子供たちだからすぐに仲良くなった。

下は4歳の幼稚園児から上は18歳くらいの大きいお兄ちゃんたち。

さすがにティーンエージャーのお兄さん達はまれにしか

見かけないが、一緒にプールに入ればジュースをくれたり

一緒に遊んでくれる。

日頃はその幼稚園の子供から小学校低学年の子供たちが

おっきい子も小さい子もみんな一緒になって

遊んでいるのだ。

コンドミニウにあるプールに飛び込んだり、はたまた芝生の広場で

枯れ木や端材で基地作り、みんな裸足で駆け回り

棒切れを剣にしたり弓矢を放ったり、王様になり海賊になり。

とにかく時間を忘れてよく遊ぶ。

敷地の中にある果樹はおやつになる。マンゴー、ジャブチカバ、

ザクロ、パッションフルーツ、アセロラなどが実ればついばむ。

気がつけばよそのうちでおやつをごちそうになる。

親の知らぬ間にどこの家でもすっかり顔なじみのようす。

 

あちらでリンゴケーキこちらでバナナケーキ、人参ケーキ。

「あら、いらっしゃい。おやつ、食べてく?」なんてうちのドアから

ひょっこり入って来る可愛いお客さんを私も招き入れる。

もじもじとやってくる子供たちが芋づる式にやってくる。

あっという間になくなるケーキがなんだか嬉しい。

危険というイメージのあるブラジルでもこの中はパラダイスだ。

コンドミニウの中は住人しか入れないし、他人がいればすぐわかるので

安心して子供たちが家から飛び出していける。

広すぎも狭すぎもしない敷地の中の全ての空間を子供たちは

存分に遊び回ることができる。

私たち大人にはもうすっかり見慣れた,限りのあるように見えるこの場所が

彼らにとっては無限の空間であり,毎日新しい発見を与えてくれる

魅力的なパラダイスなのだ。

 

私の子供の頃もそうだったなぁと思い返す。

環七沿いにあった社宅はあの頃でも既に空気は悪かっただろうに

私にとっては楽園だった。

一歩社宅の敷地に足を踏み入れれば,我が庭のように

どこでもくまなく遊び尽くしたものだった。

車は入ってこないし、知ってる人と雰囲気は異物を寄せ付けない

安心があった。

庭には枇杷、柿、ゆすら梅等がありおやつがわりにしたものだった。

木にのぼり、かけまわり、小学生から幼稚園まで一緒になって

遊んでいたのはまさに今の我が子たちと同じだ。

なじみのエリアをはじめ、ちょっと遠くの棟まで探検にでる。

大人からしてみればほんのちょっと先の場所でさえ

私たちには未知なる旅だった。遊具もいらない、おもちゃもいらなかった。

季節の植物たち,木っ端に石ころ、虫たちとよく遊んだ。

そのあとにもいろんな場所で色んな思い出があるけど

今でもなつかしく思い返すのはあの場所での思い出。

私たちの楽園。

思う存分遊ばせたもらえたかげにはきっと親たちが

作ってくれた大きな安心の囲いがあったのだろう、

私の知らないところでよそのお宅に

頭を下げたこともあったのだろうと今親になって気がつくこともある。

 

そして今、私はここブラジルで自分の子供たちがかつての

私のように果てしない冒険と魅力的な世界との出会いとを日々を

ここで繰り返していることに気がついた。

まさかそんなことがここでは起こる訳もないと思っていた

あの頃の子供時代が、異国で空間と時間を越えて繰り返されている

この不思議と驚きに包まれながら。

 

秋風の中で、翻る洗濯物のすきまから聞こえる子供たちの遊ぶ異国語を

聞きながら遠く,近く、世界を感じながら

とても幸せな気持ちになった。

あの時のあの時間が繰り返されることの幸せに。

かけがえのない子供時代の贈り物となる今をここで紡いでいる

ことに。この運命の不思議に。

 

 

 

みーくん

今年9歳になる我が家のみーくん。

先日、足の小指をぶつけたみーくん

「あ、あのすっごい痛いんだけど、指をぶつけたの。」と

言ってきた。

「へぇ、何指?ちょっと見せてみ。」というと

「え〜、このこやゆび。」

!?

こやゆび?

「こやゆびが、かくっとなってるところにが〜んとぶつかって、じんじんして。。」

!?

かくっとなってる?が〜ん?じんじん。。

おい!擬音語ばっかりじゃないかい!

「え〜と、こやゆびじゃなくて、小指でしょ。親指じゃないでしょ。」

と冷静に質問すると

「あは。そうだった。」と笑顔で答えるみーくん。

そろそろ日本語も危うくなってきたのか、かぁさんは心配だ。

 

さっきも,昼食後に話をしていたら。

長女「私リンゴジュース飲むと気持ち悪くなるんだよね〜」

みーくん「あ。俺も!」

私「あ、そうだね。二人とも陽性体質だからね。(マクロビオティック的な会話であります;)」

みーくん「え?妖精?!」

というや否や、キラキラの笑顔で両手をぱたぱたさせている。

気分はすっかりフェアリーテイルさ!

もうその笑顔に長女と爆笑。

妖精のわけないだろ!どっちかというと君は小悪魔じゃい!

とつっこみつつ。

 

その後もみーくんの暴走は続き。

食後のアイスキャンディーを片手にリンゴも片手に持ってるみーくん。

「ねぇ、ママちょっとこのアイスキャンディー冷凍庫にしまってきて。」と

みーくん。

めんどくさかった私は

「え〜、今足がかゆいからやだ。」(どないな言い訳じゃい。。)というと。

「じゃ、あとで足掻いてあげるから冷凍庫に持っていって〜」

だと。

いやいや。

足は自分で掻けますから(笑)

親子共々わけのわからない言い訳をしつつ

 

そんなみーくんもすっかり今ではすっかりお兄さんになりまして。

とある早朝、泣いてる赤ちゃんを抱っこひもで抱っこして

寝かせてくれました。

「ママの抱っこひも俺もつかってみたい。」ってことだったので

抱っこひもを使って大満足。

「じゃ、ちょっとお願い。」と子守りを任せてると

嬉しそうにテーブルの周りを歩きながら子守唄歌ってる。

「お、なかなかいい感じじゃないの。」と思ってみてると

しばらくしてもずっとテーブルの周りを歩いてる。

お陰でどうやら赤ちゃんは寝てしまったのだけど

赤ちゃんを寝かせるや否や

「あ〜テーブル回りすぎて目が回って気持ち悪い。。」

とみーくん。

周り過ぎにご注意願いま〜す。。。

 

数々のおもしろネタを振りまいてくれる子供たち。

毎日はこんな風に過ぎてゆきます。

 

夏休みが終わる。。

毎日暑いブラジルです。

こんな暑いとみそ汁より酵素ジュースの方がおいしいなぁ。

とはいえ、やっぱりみそ汁も元気がでるなぁ

などと献立を考えながら過ごしております。

なんせ、朝,昼、晩ご飯、そのうえおやつを一日2回。

いや、下手するとおやつ3回とかもあり。

だって夏やすみなんだもん!

いやぁ、夏休みが楽しいやら恐ろしいやらというのは

ブラジルでも変わりませんなぁ。。

はじめのうちはそれも楽しいけど、数週間すると

行き詰まりますよねぇやっぱり。

 

まぁ間にお正月があったり、クリスマスもあったりで

なんとかごまかしながら過ごしましたけど。この夏はブラジルの中でも

旅行にもいかず、ひたすらコンドミニウの中で家族でみっちり過ごしたので

もう結構お腹いっぱいな感じであります;)

子供たちからも

「あぁ学校いきた〜い」って言う声もちらほら聞かれるように

なった今日この頃。

いよいよ今日で夏休みが終了します!

ひゃ〜よかったぁ〜と肩をなで下ろす気持ち半分。

早起きせねば!とふんどしを締め直す気持ち半分。

この雰囲気も日本と変わりませんね=)

夏休みって不思議だね。

はじめは楽しいけど,最後には何となく物悲しいというか

でもちょっとわくわくするような。

 

こどもたちもちょっと一回り大きくなった感じがするのも

日本と一緒。

みんなどんな顔で学校にくるのかなぁ。

真っ黒に焼けた子供たち。

まぁどこにも行かなくても焼けちゃうんだけどね。

時には家でドリルをしたり。

最近のブームといえば以外かもしれませんが、

ドラゴンボールでしょうか。(今更?でも結構面白いの

昔のものが特にね!)

日本と同じくここでもテレビはもってないし、静かな生活をしているので

時々ナイトムービーと称してドラゴンボールを鑑賞しているので〜す。

アニメ?ってシュタイナー教育ではいいの?とか

でもここに来て思うのは、ちょっと楽しいこともして

良心的なアニメなどちょっとみて、外で元気に遊んで

手の仕事をしたり、ちょっと楽器を楽しんだり

そうやってバランスよく暮らせば何でもいいなぁと思うのです。

 

食事についても日本にいる時よりもっとおおらかになりました。

といってもバランスを崩してでたらめしてるってことでなくて

もっと枠を取っ払って,自分たちの必要がわかってきたというか

変化に柔軟になったというか。

それもひとえに、ここブラジルという国にきて

当たり前の壁をぶちこわし、新しい環境で気持ちよく生きていく為に

自分たちに必要なことを、頭でなく心や感覚で

見つけることができるからだと思ってます。

 

お引っ越しをしたり、海外に住んだり、

急に生活が変わったり、仕事がかわったり。

人生にやってくる変化は人それぞれだけど

人生が変化する度に,何かを作り替え、何かを手放し

何かを壊し、何かを生み出し、

そのなかでも変わらぬ何かを見つけ出し。

そんなことをするのかなぁと思うのです。

 

最近、長女が私のヨガの練習に参加するようになりました。

長女の「私もちょっとやってみようかな」の声に

朝マットをしいて、一緒にチャンティングをし、

練習をする。

ほんの15分程度のことだけどとても素敵な時間です。

こんな日がくるんだもんね。

まぁいつまで続くか知らないけど。

 

ちょっとずつ、変化と共に新しい扉が開く。

 

明日からまた次のステップが始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

食べること

気がつけば生まれたての坊やはもう4ヶ月になります。

最近は食事をするにも私が抱っこして

一緒のテーブルに座って私たちの食べるのを

よだれをたらして見つめてる。

時には口をもぐもぐさせて。

箸で運ばれてる食べ物を目で追いかける。

その様子の可愛いこと。真剣なこと=)

離乳食っていつから始めるんだっけ?と

今はちょっと忘れかけてる記憶を呼び起こしています。

 

こんな風にして周りにあることを吸収しながら

少しずつ興味を示しながら、生きること、食べることを

身につけていくんだなぁと赤ちゃんをみながら

改めて気がついています。

 

食べさせてもらうのなく、食べさせられるのでなく。

必要なときが来たら、時が満ちたら

それを自分でわかって、自分の手で自分の食べ物を

食べる。

そういう離乳食の進め方をしたいなぁとおもってる。

そうやって

自分の内側を感じながら

外側の世界と結びついていってほしいなぁって。

 

そんなふうに今は

赤ちゃんが食べ始めるときを待ちながら

「食べる」ということについてあらためて

思いを馳せています。

 

ともあれ、今は口に何でも入れたい坊や。

自分の手をいれたり、よだれかけをむしゃむしゃしたり。

私のTシャツはいつも坊やのよだれまみれです。

そんな訳で今はドイツの両親からいただいた

このおもちゃが大活躍。

植物の根っこがついたおしゃぶりおもちゃ。

時々熱湯に漬けて消毒して使えば清潔につかえる。

口に入れて食べちゃっても根っこだから大丈夫。

そんな自然素材のおもちゃ。

とても気に入っています。