Kids

子供時代

静かな秋の夕暮れ前の時間

庭の裏で洗濯物を取り込んでいると

子供たちの遊ぶ声がする。

夕飯までのこの時間をめい一杯遊ぶ子供たち

ふと、自分の子供の頃の記憶がよみがえった。

3歳から小学校3年生まで過ごした東京の社宅の記憶が。

 

今私たちの住むコンドミニウには8世帯が住んでいて

そのうち二組をのぞいてみんな子供がいる。

その上子供たちはほとんど同じシュタイナー学校に通う

子供たちだからすぐに仲良くなった。

下は4歳の幼稚園児から上は18歳くらいの大きいお兄ちゃんたち。

さすがにティーンエージャーのお兄さん達はまれにしか

見かけないが、一緒にプールに入ればジュースをくれたり

一緒に遊んでくれる。

日頃はその幼稚園の子供から小学校低学年の子供たちが

おっきい子も小さい子もみんな一緒になって

遊んでいるのだ。

コンドミニウにあるプールに飛び込んだり、はたまた芝生の広場で

枯れ木や端材で基地作り、みんな裸足で駆け回り

棒切れを剣にしたり弓矢を放ったり、王様になり海賊になり。

とにかく時間を忘れてよく遊ぶ。

敷地の中にある果樹はおやつになる。マンゴー、ジャブチカバ、

ザクロ、パッションフルーツ、アセロラなどが実ればついばむ。

気がつけばよそのうちでおやつをごちそうになる。

親の知らぬ間にどこの家でもすっかり顔なじみのようす。

 

あちらでリンゴケーキこちらでバナナケーキ、人参ケーキ。

「あら、いらっしゃい。おやつ、食べてく?」なんてうちのドアから

ひょっこり入って来る可愛いお客さんを私も招き入れる。

もじもじとやってくる子供たちが芋づる式にやってくる。

あっという間になくなるケーキがなんだか嬉しい。

危険というイメージのあるブラジルでもこの中はパラダイスだ。

コンドミニウの中は住人しか入れないし、他人がいればすぐわかるので

安心して子供たちが家から飛び出していける。

広すぎも狭すぎもしない敷地の中の全ての空間を子供たちは

存分に遊び回ることができる。

私たち大人にはもうすっかり見慣れた,限りのあるように見えるこの場所が

彼らにとっては無限の空間であり,毎日新しい発見を与えてくれる

魅力的なパラダイスなのだ。

 

私の子供の頃もそうだったなぁと思い返す。

環七沿いにあった社宅はあの頃でも既に空気は悪かっただろうに

私にとっては楽園だった。

一歩社宅の敷地に足を踏み入れれば,我が庭のように

どこでもくまなく遊び尽くしたものだった。

車は入ってこないし、知ってる人と雰囲気は異物を寄せ付けない

安心があった。

庭には枇杷、柿、ゆすら梅等がありおやつがわりにしたものだった。

木にのぼり、かけまわり、小学生から幼稚園まで一緒になって

遊んでいたのはまさに今の我が子たちと同じだ。

なじみのエリアをはじめ、ちょっと遠くの棟まで探検にでる。

大人からしてみればほんのちょっと先の場所でさえ

私たちには未知なる旅だった。遊具もいらない、おもちゃもいらなかった。

季節の植物たち,木っ端に石ころ、虫たちとよく遊んだ。

そのあとにもいろんな場所で色んな思い出があるけど

今でもなつかしく思い返すのはあの場所での思い出。

私たちの楽園。

思う存分遊ばせたもらえたかげにはきっと親たちが

作ってくれた大きな安心の囲いがあったのだろう、

私の知らないところでよそのお宅に

頭を下げたこともあったのだろうと今親になって気がつくこともある。

 

そして今、私はここブラジルで自分の子供たちがかつての

私のように果てしない冒険と魅力的な世界との出会いとを日々を

ここで繰り返していることに気がついた。

まさかそんなことがここでは起こる訳もないと思っていた

あの頃の子供時代が、異国で空間と時間を越えて繰り返されている

この不思議と驚きに包まれながら。

 

秋風の中で、翻る洗濯物のすきまから聞こえる子供たちの遊ぶ異国語を

聞きながら遠く,近く、世界を感じながら

とても幸せな気持ちになった。

あの時のあの時間が繰り返されることの幸せに。

かけがえのない子供時代の贈り物となる今をここで紡いでいる

ことに。この運命の不思議に。

 

 

 

みーくん

今年9歳になる我が家のみーくん。

先日、足の小指をぶつけたみーくん

「あ、あのすっごい痛いんだけど、指をぶつけたの。」と

言ってきた。

「へぇ、何指?ちょっと見せてみ。」というと

「え〜、このこやゆび。」

!?

こやゆび?

「こやゆびが、かくっとなってるところにが〜んとぶつかって、じんじんして。。」

!?

かくっとなってる?が〜ん?じんじん。。

おい!擬音語ばっかりじゃないかい!

「え〜と、こやゆびじゃなくて、小指でしょ。親指じゃないでしょ。」

と冷静に質問すると

「あは。そうだった。」と笑顔で答えるみーくん。

そろそろ日本語も危うくなってきたのか、かぁさんは心配だ。

 

さっきも,昼食後に話をしていたら。

長女「私リンゴジュース飲むと気持ち悪くなるんだよね〜」

みーくん「あ。俺も!」

私「あ、そうだね。二人とも陽性体質だからね。(マクロビオティック的な会話であります;)」

みーくん「え?妖精?!」

というや否や、キラキラの笑顔で両手をぱたぱたさせている。

気分はすっかりフェアリーテイルさ!

もうその笑顔に長女と爆笑。

妖精のわけないだろ!どっちかというと君は小悪魔じゃい!

とつっこみつつ。

 

その後もみーくんの暴走は続き。

食後のアイスキャンディーを片手にリンゴも片手に持ってるみーくん。

「ねぇ、ママちょっとこのアイスキャンディー冷凍庫にしまってきて。」と

みーくん。

めんどくさかった私は

「え〜、今足がかゆいからやだ。」(どないな言い訳じゃい。。)というと。

「じゃ、あとで足掻いてあげるから冷凍庫に持っていって〜」

だと。

いやいや。

足は自分で掻けますから(笑)

親子共々わけのわからない言い訳をしつつ

 

そんなみーくんもすっかり今ではすっかりお兄さんになりまして。

とある早朝、泣いてる赤ちゃんを抱っこひもで抱っこして

寝かせてくれました。

「ママの抱っこひも俺もつかってみたい。」ってことだったので

抱っこひもを使って大満足。

「じゃ、ちょっとお願い。」と子守りを任せてると

嬉しそうにテーブルの周りを歩きながら子守唄歌ってる。

「お、なかなかいい感じじゃないの。」と思ってみてると

しばらくしてもずっとテーブルの周りを歩いてる。

お陰でどうやら赤ちゃんは寝てしまったのだけど

赤ちゃんを寝かせるや否や

「あ〜テーブル回りすぎて目が回って気持ち悪い。。」

とみーくん。

周り過ぎにご注意願いま〜す。。。

 

数々のおもしろネタを振りまいてくれる子供たち。

毎日はこんな風に過ぎてゆきます。

 

夏休みが終わる。。

毎日暑いブラジルです。

こんな暑いとみそ汁より酵素ジュースの方がおいしいなぁ。

とはいえ、やっぱりみそ汁も元気がでるなぁ

などと献立を考えながら過ごしております。

なんせ、朝,昼、晩ご飯、そのうえおやつを一日2回。

いや、下手するとおやつ3回とかもあり。

だって夏やすみなんだもん!

いやぁ、夏休みが楽しいやら恐ろしいやらというのは

ブラジルでも変わりませんなぁ。。

はじめのうちはそれも楽しいけど、数週間すると

行き詰まりますよねぇやっぱり。

 

まぁ間にお正月があったり、クリスマスもあったりで

なんとかごまかしながら過ごしましたけど。この夏はブラジルの中でも

旅行にもいかず、ひたすらコンドミニウの中で家族でみっちり過ごしたので

もう結構お腹いっぱいな感じであります;)

子供たちからも

「あぁ学校いきた〜い」って言う声もちらほら聞かれるように

なった今日この頃。

いよいよ今日で夏休みが終了します!

ひゃ〜よかったぁ〜と肩をなで下ろす気持ち半分。

早起きせねば!とふんどしを締め直す気持ち半分。

この雰囲気も日本と変わりませんね=)

夏休みって不思議だね。

はじめは楽しいけど,最後には何となく物悲しいというか

でもちょっとわくわくするような。

 

こどもたちもちょっと一回り大きくなった感じがするのも

日本と一緒。

みんなどんな顔で学校にくるのかなぁ。

真っ黒に焼けた子供たち。

まぁどこにも行かなくても焼けちゃうんだけどね。

時には家でドリルをしたり。

最近のブームといえば以外かもしれませんが、

ドラゴンボールでしょうか。(今更?でも結構面白いの

昔のものが特にね!)

日本と同じくここでもテレビはもってないし、静かな生活をしているので

時々ナイトムービーと称してドラゴンボールを鑑賞しているので〜す。

アニメ?ってシュタイナー教育ではいいの?とか

でもここに来て思うのは、ちょっと楽しいこともして

良心的なアニメなどちょっとみて、外で元気に遊んで

手の仕事をしたり、ちょっと楽器を楽しんだり

そうやってバランスよく暮らせば何でもいいなぁと思うのです。

 

食事についても日本にいる時よりもっとおおらかになりました。

といってもバランスを崩してでたらめしてるってことでなくて

もっと枠を取っ払って,自分たちの必要がわかってきたというか

変化に柔軟になったというか。

それもひとえに、ここブラジルという国にきて

当たり前の壁をぶちこわし、新しい環境で気持ちよく生きていく為に

自分たちに必要なことを、頭でなく心や感覚で

見つけることができるからだと思ってます。

 

お引っ越しをしたり、海外に住んだり、

急に生活が変わったり、仕事がかわったり。

人生にやってくる変化は人それぞれだけど

人生が変化する度に,何かを作り替え、何かを手放し

何かを壊し、何かを生み出し、

そのなかでも変わらぬ何かを見つけ出し。

そんなことをするのかなぁと思うのです。

 

最近、長女が私のヨガの練習に参加するようになりました。

長女の「私もちょっとやってみようかな」の声に

朝マットをしいて、一緒にチャンティングをし、

練習をする。

ほんの15分程度のことだけどとても素敵な時間です。

こんな日がくるんだもんね。

まぁいつまで続くか知らないけど。

 

ちょっとずつ、変化と共に新しい扉が開く。

 

明日からまた次のステップが始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

食べること

気がつけば生まれたての坊やはもう4ヶ月になります。

最近は食事をするにも私が抱っこして

一緒のテーブルに座って私たちの食べるのを

よだれをたらして見つめてる。

時には口をもぐもぐさせて。

箸で運ばれてる食べ物を目で追いかける。

その様子の可愛いこと。真剣なこと=)

離乳食っていつから始めるんだっけ?と

今はちょっと忘れかけてる記憶を呼び起こしています。

 

こんな風にして周りにあることを吸収しながら

少しずつ興味を示しながら、生きること、食べることを

身につけていくんだなぁと赤ちゃんをみながら

改めて気がついています。

 

食べさせてもらうのなく、食べさせられるのでなく。

必要なときが来たら、時が満ちたら

それを自分でわかって、自分の手で自分の食べ物を

食べる。

そういう離乳食の進め方をしたいなぁとおもってる。

そうやって

自分の内側を感じながら

外側の世界と結びついていってほしいなぁって。

 

そんなふうに今は

赤ちゃんが食べ始めるときを待ちながら

「食べる」ということについてあらためて

思いを馳せています。

 

ともあれ、今は口に何でも入れたい坊や。

自分の手をいれたり、よだれかけをむしゃむしゃしたり。

私のTシャツはいつも坊やのよだれまみれです。

そんな訳で今はドイツの両親からいただいた

このおもちゃが大活躍。

植物の根っこがついたおしゃぶりおもちゃ。

時々熱湯に漬けて消毒して使えば清潔につかえる。

口に入れて食べちゃっても根っこだから大丈夫。

そんな自然素材のおもちゃ。

とても気に入っています。

Os meninos maluquinhos…

どこにいても毎日楽しく暮らしてる。可愛い双子。

そして困った双子;)

既にローカル並みに日焼けしてるほど毎日プールに入っては

近所の子供と遊んでる。

我が家の誇るべき、メニーノ マルキーノ(わんぱく坊や)

学校でもすっかり人気者で,今や女の子から「遊びにきて!」と

引く手あまたの双子。

しか〜し。

私は日々はらはらしているわけで。。

そんな数々のエピソードをいくつかご紹介。

 

先日髪の毛を切るということでこちらのサロンにつれていきました。

ところが日本でも髪の毛を短くきるのが好きじゃなかった双子君。

日本では短く切るとちょっとかっこう悪いって言う風潮があって

それでいやだったのね。

ここでは全然ちがうから、むしろ双子みたいにぼさぼさの髪の毛は

みっともない。みんなきれいに髪を切っているし、暑くなるし

短くしようってことで主人も行ってるサロンに連れて行きました。

私は車で赤ちゃんと待ってようっておもったら、サロンに入って5分も

しないで「日登美ちょっと。。」と主人の呼ぶ声が。

いや〜な予感。。。

中に入るとぷんぷんに起こってる翠君。

「こんなに切るって聞いてないよ!もうやだ!かえる!」

がび〜ん。。

かえるっていってもさ、既にもみあげも切りそろえられてるし

サイドはかなり短く切ってある。前髪だけ伸びたままで

そりゃないよ。前髪切ったら終わるから,切ろうよ。っていっても

「ぜ〜ったいやだやだ!」と。

一人が騒ぐと、もう一人ももれなく騒ぐ困った双子。

「おれもやだぁ、はずかしいも〜ん」と碧君。

っていうかさ、今の状況十分恥ずかしいですよ,お母さんは!!

さすがにブラジル人の床屋さん、困っております。

「前髪は切った方がいいんじゃないですか。。?」と

申し訳なさそうなおじさんを尻目に

「かえる!」の一点張りの翠。

あぁ。助けて〜

ポルトガル語であやまりつつ、日本語でしかりつつ。

まったく!困ったもんだ!ってね。

でも顔を見てみると。。ぷぷぷ。

めっちゃへんちくりんな髪型で

まるでレゴのヘルメットかぶった人形みたいなんですわ。

笑うしかないね;)

自宅に帰ってきて「どうしたその髪!」とドイツの両親に

突っ込まれたことは言うまでもない。

そして爆笑されたことも。

そして爆笑されて,双子はさらにぷんぷんだったとさ。

これも大人に成ったらいい思い出だろう。。

 

そして今日は学校の先生と面談があった。

学校での子供の様子とか家ではどうしてる?とか

なかなかポルトガル語で私もコミュニケーションできないので

英語の先生が通訳で入ってくれて話をした。

学校でどんな風にしてるかと思えば

「翠は良くふざけてますよ。」と。

え?何語でふざけてんだ?

「私が何かを叱ったりしてもふざけて、「マリアーナバナーナ」とかいって

かわします。」と。

そんな高度なテクニックを!なんじゃそりゃ〜

しかもあるときはこんなことも。

毎朝その日のニュースのようなことをみんなの前で発表する時間が

あるのだけど、その日は翠が手を挙げました。お、すごいじゃんっと

思ったのもつかの間。

みんなの前で翠はこういいました。

「エウ ナンオ ゴスト プロフェッソーラ マリアーナ」と。

がび〜ん。。

「僕はマリアナ先生きらいだよ。」だってよ。。

クラス全員大爆笑だったそうな。。

先生も笑ってたけどね。

「しかも,ポルトガル語だったのよ。もうおかしくって。」と

先生笑ってくれてありがとう。。

私も聞いた時笑っちゃったけどさ、でもこんなことしてんのかぁって。

学校でもいろいろ悪さしてんだなぁって、しかもなにげに

ポルトガル語でもいろいろやろうとしてるんだぁって。

あきれるやら,感心するやら。。

そういえば!

この話をきく数日前に翠が私のポルトガル語の本をみて

ちょっと貸してっていってたなぁ。と。

「そっか、こう言うのかぁ。。」とかつぶやいてたなぁと。

さては、あの時すでにこのいたずらをしかけようと準備していたのでは!!

我が子ながらあっぱれ。

ともあれ、先生には深々と頭をさげて

「これからもよろしくおねがいします。お世話かけました。」と

いっときましたよ。

Muito Muito Obrigada…Pro. Mariana..

 

我が家のメニーノス マルキーノス

これからもどんな武勇伝を作ってくれるか楽しみな気持ち

半分、心配半分。。

 

 

 

 

 

赤ちゃん

5人目にして初めての布おむつ生活がはじまった。

ずっとやってみたかったけどそう思った時には子供は

4人で双子でおおわらわであえあく諦めてた。

あぁ念願のおむつ。

自分が布ナプキンを使っていて思ったのだけどやっぱり

プラスチックのものよりオーガニックコットンや布のものは

肌にきもちいい。そりゃあたりまえさって思うのに

なぜかおむつっていうと紙おむつにするのが当たり前って

思ってたなぁと振り返ってそう思う。

もちろん、紙おむつも場合に応じてうまく使う。でも基本は

布でいければ赤ちゃんも気持ちいいし,ゴミも少なくて

とてもいいでしょ。

 

なんでも南の国の方では赤ちゃんにパンツをはかせないでも

ママはおしっこするタイミングがわかってて

普通にトイレをさせたりするらしい。

お母さんと赤ちゃんがよくつながってるっていいなぁと思う。

 

布おむつにしたせいなのか、今朝は

今だ!と思った主人がトイレに連れて行ってくれたら

トイレでうんちをした。やれば出来るもんなんだなぁ。。

用をたしたあとは快適〜ってかんじで微笑みさえみせる

赤ちゃん。やっぱり気持ちいいんだよね。

 

赤ちゃんってよくみると体の内側を体全体で表現してる

みたいにみえる。

おなかの中がおかしいぞ。動いてるぞって時には

まるで耳かきで耳掃除をしてる人みたいな趣で

遠くを見つめながら

体の中を感じながら手足をばたばた動かしてる。

 

シュタイナー教育でオイリュトミーという踊りのようなものが

あるのだけど、そこで子音と母音がそれぞれ体の内部器官と

外部器官に働きかけるという話をきいたことがある。

音に合わせて体を動かしていく。確かに音、発音、音楽には

見えない動きがあってそれを体で表現してるのは

とても面白い。

そこには音符になるだけではない見えない動きが存在してて

それが確かに命に響いているのが感じられる。

体を形成する力。それは見えない世界から作られてるのかもしれない。

花を花の形にしているのはなんだろう?

草を草の形にしてるのはなんだろう?

 

それと同じような感覚を赤ちゃんを見ていると感じる。

見えない何かに動かされて赤ちゃんは生きてる。

動いてる。

そんな話を聞いたことがあるけど,今はそれを自分ではっきりと

感じることができる。理論ではないリアルさをもって感じることができる。

目に見える物に囲まれて目に見える形でこの世に生まれてきても

今ここで生きてる源にあるのは目に見えない何かだと

赤ちゃんを見ていると思う。

音楽も、衣服も,色も,食べ物も、見える形で存在するけど

それ以外に音楽にも見えない動きや波動があり、衣服や色にも

見えない世界への影響があり、食べ物にも栄養だけでなく

プラーナやエナジーがあり、そういうものが本当に

実は生きていく上で一番大事なんじゃないかって

改めてそう思う。

実はそういう物が命を作っているんじゃないかって。

 

赤ちゃんにささやきかける時

どんなに声を小さくしても,心の中が大きな声なら

赤ちゃんはそれを感じる。

見えない物も見える物も赤ちゃんは全てを吸い込んで

どんどん大きくなる。

全てがこの子の命の,体の,人生への

種となっていく。

赤ちゃんはそれを選べない。どんな物も全て受け入れて

大きくなる。

どんな芽を出して来るかは大きくなるまでわからない。

 

気がつけば9年ぶりの出産で5人目の赤ちゃん。

21歳の時に長女を出産してから干支が一回りして

その分わたしも年をとったせいか、孫を見るような不思議な気持ちで

改めて赤ちゃんの神秘を見つめてる。

 

その小さな手,小さな体。

おなかの中でそれが完成されたなんて奇蹟のよう。

何度生んでもそう思う。

必死におっぱいを飲む赤ちゃん。

どんな大人も,どんな悪人でも生まれたときは

こうして小さく美しく奇蹟に満ちているのに。

 

どうか世界中の子供たちが,世界中の新しい命が

守られ、善きものを吸い込んで

大きく育っていきますように。

それを支える大人たちが善きものを与えられる世の中で

あるように。。

 

出産

日本はそろそろ秋の始まりでしょうか。

ここブラジルでは春の訪れを感じる日々。

プリマヴェーラです。

気持ちの上では私も日本の秋の深まりを感じながら

ここでは萌えいずるような春の訪れ。

日本の春の様子とは違うけれど気持ちは似てる。

寒い冬はもう暫く戻ってこない。

どこの国でも春は何かを予感させてくれる。

始まりのときを連れてくる。

 

 

9月に入ってからずっと熟れた柿の実がいつか木から落ちるのを

何となく思い浮かべてた。

そのときが来るのをただぼんやり憧れていた。

いつか来る。でも私には決められない。

いつか来るはず。

 

赤ちゃんが来るのもそんなかんじ。

赤ちゃんはそのときを知ってる。

 

夜になってそのときが来たと解った。

なんだか今日だろうって予感はしてた。

忙しかった日々が頭をかけめぐってた。

 

妊娠が解った時私と主人は日本とブラジルで離れて暮らしてた。

8ヶ月の間離れて暮らしてた。

子供たちに新しい命がやってきたことを話した冬の日。

新しい家族を作る為に4人の子供たちもこの数ヶ月で

いろいろな思いを抱き、いろいろな経験をし、

心を動かし,体を動かし、私達の家族の形を少しずつ変えていった。

色んな思いが巡りながら、体のなかからやって来るあのリズムを

感じながら

私達は今本当にここにいる。日本の裏側の国に。

そして本当に命がここで生まれようとしてるんだと

夢のような不思議な気持ちがしてた。

 

強くなる波のような痛みのなか、主人と外に出て星を眺めた。

月は空にいなかった。

そういえば昼間に大根のような薄い半月をみた。

どうして夜空になかったんだろう。

空の下の方ににあったオリオン座をみて

ここはブラジルなんだって思ってた。

冬が過ぎていこうとしてるんだ。

 

静かな家の中。

真夜中に助産婦さん達がきた。

助産婦さんといえばおばあちゃんってイメージをもってたのに

実はみんな私と同世代の女性3人。

私は密かに助産婦チャーリーズエンジェルって思ってた=)

パワフルで個性のある3人組。素敵な女性達だった。

一人は同じシュタイナー学校の親でラリッサ。

彼女がここで助産婦をオーガナイズしてくれた。

ラリッサは助産婦ではないけど出産のお手伝いをして英語で通訳を

してくれていた。ヒーリングダンスを教える彼女はとてもオープンハートな

素敵な女性。出産までの過程もいろいろ助けてくれた。

本当は日本にいる間にコンタクトしていた助産婦さんがいたのだけど

なぜかここで会えるタイミングを逃してどうしようかと思ってた時に

ラリッサに出会い今回の助産婦さんたちに出会った。

言葉の解らない国でいろいろと予想外のことは起こっても

出会うべき物に出会い、必要なことはちゃんと用意されているんだと

宇宙の法則に改めて感謝した。

 

子供たちは寝ぼけ眼で起きて来ると,リビングに見知らぬお客さんがいて

あ!と気がつき始めた。

赤ちゃんが生まれてくるんだ!

そわそわしながら何度も寝室をのぞきに来る双子君達。

でもなかなか生まれない。

苦しそうにしてる私をみて心配そうにちょっと怖そうにしてる次女。

冷静にしてる長女。

 

5人目の出産だし出来るだけ家族で生みたいという希望から助産婦さん

たちはリビングで待機してくれて、私と主人で寝室にこもってその時を

待っていた。

陣痛は確かに強くなったのに,明け方子供たちが起きて来ると

早く生まなきゃ。というプレッシャーが何処かで働いた。

しかもこんな時にも子供の事を無意識に考えてしまう。

「朝ご飯何にしよ?学校はどうしよう?生んでから学校に行かせようか?」

最後に双子を出産したときが同じく半月の日で,同じ時間に

陣痛が始まり朝の5時半頃に生まれたからそのときのことも頭に浮かんでた

ものだから

「今5時だからもう生まれるはずだよね?」

そんな打算も働いてた。

しかも。思ったより痛い!

「え〜こんなに痛かったっけ?死んじゃうって!」と

5人目を出産するベテランと思われているにも関わらずまるで

初産の気分で「あ〜いたい〜」っ心の中で弱音を吐く始末。

確かに赤ちゃんもでてきたそうなのにどうにも進まない。

もう学校に行く時間はとっくに過ぎて,子供は学校を休ませた。

外が明るくなって子供たちは外で遊び始めた。

私はといえば疲れて眠くなって,陣痛も遠のいてしまった。

「あ〜せっかくもうちょっととこまで痛くなったのにまた

最初からやり直し?やだ〜!」

「もしこれで生まれてくなかったら赤ちゃんはどうなる?病院に行かなきゃ?」

そんなこと今まで全く考えてなかったけど。急に不安が頭によぎった。

ここはブラジル,日本とは違うんだ。万が一何かあったら?

そんな時に主人もラリッサも

「ちょっと寝て休んだらすぐに生まれるよ。もうここまで来てる。

もう生まれるしかないから、もうすぐだから。」と励ましてくれた。

 

自力で一人で出産した人の話を聞いて,私もいざとなったら一人でブラジルで

生めるかなって思ってたけど、いやいや私は一人では生めないなぁって思った。

手をにぎって支えてくれる主人。一緒に乗り越えてくれるパートナーの存在は

私には必要なんだぁって思うと同時に一人で出産した友人ってどんだけパワフル?って

改めて尊敬した。

 

いろいろなプレッシャーを解放し、生まれてくるって信頼し

不安を希望に変えて。

「もういいよ、でておいで。みんな待ってるよ」って

赤ちゃんに話しかけた。

そしたら、そういえば今までずっとなんとか生まれないように

頑張って仕事をして日本を出発して,飛行機に乗って

ドイツに行って,ブラジルにやってきて、いろいろな手続きをして

「ちょっと待ってね。もうちょっと頑張ってね。おなかにいてね」って

あかちゃんに頑張ってもらってたことを思い出した。

きっと赤ちゃんもなんとかここにいて元気に生まれてこようとして

おなかにいることを頑張ってきたよねって。

だから心の奥で話しかけた。

「いっぱい頑張ってありがとう。もういつでも大丈夫でておいで。

一緒にがんばろう。(痛いけど;)」って。

 

この時私も赤ちゃんもいままでずっと体を閉じるようにして

ホールドするエネルギーを持ってたと思う。

それでもう体も心も解放してリラックしてダンスでもする?って

気がついたら無意識でダンスしてた。

陣痛ダンス=)

旦那さんと二人でグニャグニャダンス。

でも自然と体がこういう風に動きたかった。

体は必要なこと解ってるんだよね、きっと。

でもまさか陣痛の合間にダンスをするとはね。。

その合間にどんどん陣痛が強くなって

気がついたら30分もしないで赤ちゃんは生まれてきた。

 

子供たち四人はそれぞれベッドの周りを取り囲む。

それぞれのポジション。

一人で私のそばでしっかり一部始終を見届ける長女。

足下の方で二人で手にあせにぎってにみてる双子君。

ドアの近くで隠れながら,でも心配そうに見てる次女。

それぞれが何かを体験してる、内側で外側で。それを感じる。

日本語と英語とポルトガル語が飛び交う寝室で

この子は生まれた。

薄暗い寝室で、沢山の人に囲まれてにぎやかなはずなのに

静かに生まれてきた。

おぎゃーという驚くような赤ちゃんの鳴き声はなく、

するっと音もなく生まれて私の胸の上にのっかった。

 

すぐに子供たちが寄って来る。

みんな

「わぁちいさいね〜、赤いね〜」

「男?女?」

嬉しそうな声がする。

 

元気な男の子。

静かにみんなのもとへやってきた我が家の新しい仲間。

 

こうして日本の裏側で新しい日々が始まった。

深まる秋とは反対に萌えいずるような春のブラジルで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一日の光

ブラジルに来て,はや3週間ほど。

毎日あっという間に過ぎていく。

同じような毎日でも同じじゃない。
特に子供といるとそれを良く感じさせてくれる。

昨日の晩はまた冬に戻ったような寒い夜だった。
暖かい夕飯を食べて,小雨の降る音を聞きながら
しんみりした夕べ。
子供たちは静かに絵を描き始めた。

ブラジルには今はスーツケースに持ってきた分の洋服や
ノートや必要最低限の物しか持ってない。
でも家具はちょっとここにあるから別に暮らすには
困ってない。

ただここでは紙やノートも高いし、日本のように
100円でなんでも買うと言う感覚もない。
おやつも東京に住んでいたらオーガニックでもなんでも
簡単に手に入るがそうはいかない。
そして我が家はそんなに裕福にここで暮らしてるわけじゃないから
なんでも買ってやるわけにはいかない。
そんな暮らしぶりにまるで北の国からのじゅんとほたるのように?
(実際にはテレビで見た事無いから私は良く知らないけど)
子供たちは
「え〜おやつ買ってくれないの?ポテトチップスはないの?」
(あるけど買わないんだよ〜=)
なんていったりしてた。

東京でもテレビはないからそんなに変わったところはないけど
絵を描きたくても紙を無駄に出来ないし,スケッチブックは
持ってこなかったから大事なノートしかない。
本を読みたいけど持ってる本はもう何度も読んでる。
勉強したいけど,テキストは船便がくるまで待たなくちゃいけない。
物を大事にする、ある物で工夫する、持ってる物を
楽しむ。
今の暮らしはそれが基本。

 

昨日は主人が大学から裏紙を沢山もらってきた。
それを見つけた子供たちが
「紙があるよ!ちょっと分けてくれるって!絵を描けるよ!
誰かクレヨン持ってる?色鉛筆あったっけ?」
みんなが嬉しそうにテーブルに集まる。
そして静かに一心に絵を描き始めた。
しっかりと大地に根を張った大きな樹のまわりに
家がある。空がある。太陽がある。
周りには色とりどりの服を着せた家族の絵がある。
まだ生まれてない赤ちゃんの分も入れて7人。
一緒にいる犬もいる。草がはえ、花が咲き
みんなで楽しくしてる。
あぁこんな絵を見るのはいつぶりかなぁ。
絵は好きで描いてくれてたけど、色の使い方も
描く絵もすっかり変わってる。
素敵な気分にしてくれる絵だった。

 

そしてそれだけでなく、歌が聴こえ始めた。
歌うつもりはなかったようだけど
絵を描きながら口からこぼれてたのは
聞いたことのない言葉。
そう。ポルトガル語で歌を歌いだした。
あれ?っとおもって今なんて歌ったの?ってきくと
学校で歌ってるんだといって全部歌ってくれた。
良く聞いてみると時計の歌。ポルトガル語で
ちゃんと意味のある歌を覚えてきたんだ。
私は主人をもう一度子供たちに歌ってもらった。
子供たちはただ体にしみ込み始めた音を
私達にもう一度披露してくれた。
あぁ、もうこんなに。。
私達の知らないところで。

 

そう。毎日はわずかな。一滴。
成長は目に見えないようで確かに訪れる。
体に流れる水に新しい振動がしみわたる。
ちょっとずつでも確かな変化。
それがある時に芽を出す。

 

私達はそれを見る度に,自分の命の成長についても
希望を持つ。

 

本当にこういう瞬間が幸せだと思う。

 

Boys..

ブラジルに来てほとんどの時間を家で過ごしてます。

といっても庭は広いし、ここでは道から家のある集落に

入るのにセキュリティーがあって門が閉まってる。

なのでこの門のなかにはここにある数件の家の人しか

入れないことになってるから安心なんだ〜

エリアの中には屋外プールがあって誰でも遊べるように

なってるから子供たちは好きな時に入りにいって帰ってきては

ひなたぼっこして、犬と遊んで。という毎日。

学校行ってるんだけど昼ご飯前に帰って来るから(下の3人は)

帰ってきてからとにかく毎日よく遊ぶよく遊ぶ。

言葉がわからなくても,知ってる人がいなくてもなんのその。

あぁたくましい子供たち。。

しかもいろいろ笑わせてくれるのです。

 

 

近所に仲良くしてくれる子供がいて、あおとみどりより小さい

6歳と5歳の男の子なのだけど言葉が通じないながらなにやら

良く一緒に遊んでうちを行ったり来たりしてる。

でも仲良く遊んでたかと思えば,いきなりぷんぷんに怒って帰って来る。

どうしたんだ?って思うと

「ちょっと聞いてよ!マテオスとサンチアゴが意地悪するんだよ!

もう絶対あいつら遊んでやらない!」とのこと。

何したの?ときくと

「変な瓶に泥水入れて飲ませようとする」

それってただふざけてるだけじゃん〜まだ相手は小さいんだからさ

多めに見てあげなよ〜

なんて軽く行ってもまだまだ譲れない年齢の二人。。

そうだった。。そういえば4歳になる姪っ子の女の子の発言も

真に受けてよく喧嘩になってたっけ。。

そうかと思えば、「マテオス達いないのかぁ。遊びたいなぁ。。」とか

言ってる。

あれ?昨日もう絶対遊んでやらないんじゃなかった?

でもちょっと誘われちゃうと、しょうがねぇなぁってな

顔つきで鼻の穴膨らませて嬉しそうに家を飛び出していく二人。。

まだまだかわいいなぁ。

でもやっぱりちょっと言葉のコミュニケーションとれた方が安全に

遊べるから「やめて、はPareだよ」とかちょっと教えておいたんだけど

またしばらくすると喧嘩して帰ってきたり。楽しそうに帰ったり。

その繰り返しの日々で。

ある日翠がぷんぷんで夕飯時に帰ってきて

「俺、絶対ポルトガル語覚える!」って言い出した。

「いいね。でもどうしたの?」ってきくと

「俺、ポルトガル語しゃべれるようになったら、サンチアゴのお父さんと

お母さんに二人がすごい悪いことしてるの全部言いつけてやる!」だって=)

そんな理由かぁ..

「あいつらちびのくせにちょ〜悪いんだ。pareって言っても聞かないし

石投げて来るし!お母さんに言いつけてやるぅ」だって。

まぁなんでもいいからポルトガル語しゃべれるようになりたいならいいか=)

とにかく勉強したいきっかけが言いつけたい!ってのが

めっちゃ笑ってしまった。。

こんなきっかけで子供は言葉を覚えるようになるのだろうか。。

 

 

そしてある日には、学校の行きの車のなか。

外の風景を眺める子供たちが

「あ、あのおじさん女物のバッグもってるよ!」だって。

「?」

「それさ、おじさんに見える女の人じゃなかった?」

「ううん、男のおじさんだよ、なんで女のバッグ持ってるのかなぁ。。」

しばし悩みにふける碧君にさらっと翠の一言。

「あ、じゃそれ泥棒だね。」

。。。。

確かにね、男が女のバッグもってたらちょっとあやしいよね。

しかもブラジルは盗難も多いって聞かされてたらね。

でもさ、朝っぱらから泥棒が通学路で女の鞄もたないよねぇ〜って

しかも碧君

「そっか。」って

やだ。納得してるし!

そんなコントみたいな二人はブラジルでも健在。

まぁどこでも楽しくしてられるんなら別にいいけどさ。

 

さて,今日もこの時間。

愉快な二人は木の上の基地で遊んでるんだろう。

日課にしてる日記をツリーハウスの木の上で書いてる二人。

あのぉ、、ひらがなばっかなんですけど。。

あぁ母は心配だ。

 

 

お誕生日

昨日は長女の12歳の誕生日でした。

今の彼女にぴったりの薄紫色のスイトピーを飾り、

幼い頃から誕生日に使ってる毛糸の王冠を用意して。

あれから、12年かぁ。。

あの頃21歳だったわたし。なにも解らなくて毎日ドキドキしてたなぁ。

生まれてすぐは、夜な夜な無く赤ちゃんに相当プレッシャーをうけて

御飯が食べれなくなった事もあったなぁ。

あのころ「次に巳年が来たらこの子も12歳かぁ大きくなってるよね、

その頃私は33歳かぁ、想像できない〜」なんて言ってた事が

昨日のように思い起こされ、気がつけば12年経っていたんですね。

 

 

一番上の子供って母となった自分にとって、今でも全て初めての

新しい世界を共にする存在。

12歳まではどうやって子供が育つって、この子と一緒に歩ませてもらって

失敗したり悩んだりしながらも、二人目三人目、四人目と余裕をもって

子供をみてこれたけど。それもこれも、この子のおかげなんだよね。

これから思春期を迎えるこの子と、また新しい道を見つけながら一緒に

私も育って行くんだなぁ。

 

子育て、なんて言うけど、本当に、子供に自分が育ててもらってるよね。

私は私の知りうる知識と、持ちうる感覚をもって子供たちを導こうと

頑張っているけど、自然と子供たちが生まれながらに持つ本当の智恵で

私達が導かれていることもあるのは命の不思議。

親と子は不思議なカルマでつながっているけど、その人の個性や自我は

全く別のものらしい。受け継ぐのは物質としての肉体と生命体だと。

子供たちの本当の魂が輝きだすのを、親という立場でこの世で出会い、関わり、

側で見せてもらえるのはありがたい。

 

誕生日を迎えるたびに、毎日生まれ変わって、生まれ変わって、今ここに

いる子供を1年という節目で見れる事は言葉にできない喜びですね。

生まれて来たあの日の寒さを、風の匂いを今でも鮮明に思い出しながら

目の前の大きく育った子供たちに、そしてその周りにいるたくさんの人に

感謝の気持ちで一杯な一日でした。おめでとう。ありがとう。

 

昨日はちょっと具合が悪くって、全力で食事を作れなかったのが

残念なんだけどクリームシチューにごぼうの炊き込み御飯、キャベツの

コールスローにバゲットも用意して、ケーキはもちろん、

粉物嫌いのこの子には寒天のゼリーケーキを用意しました。

リクエストしてもらえるのは嬉しい事ですね。

「ママ、ゼリーのケーキにしてね。イチゴも入れてね!」だって。

嬉しいですよ。あっという間になくなった。。。双子君もおかわり!だしね;)

 

そして、毛糸で出来た冠をかぶって誕生日の歌を歌うのが

我が家の恒例なのですが、今年は「え〜やだ〜。」とかいいながら

でも妹達に冠をかぶせられ、なんとか今年も。

たんじょうびおめでとう 君の未来に

一杯の幸せ ありますように。。。

みんなで歌ってお祝いしました。

 

と、「こんな冠、俺たちかぶんないよな〜」なんて言った双子君。

その数秒後に、うちにあるゲームの王子様が冠をかぶって剣をもっている

挿絵をみつけるやいなや。

「俺がやる!」と奪い合い。

そして、あげくには。

「かっこいいだろう〜」って=)

自慢の手作りの弓矢を弾いて、かっこつけてました。

しまいにはシルクの布でマントまで付けてたし=)

きっと、次の誕生日は王冠取り合いですな。。一個しかないんだもん;)

 

みんなみんな、それぞれ大きくなってる。

反抗期だったり、いたずらばかりだったり、宿題さぼったり

いろいろだけど、生きてるだけでいいんじゃない。

元気でおっきくなって、未来に向かって羽ばたいていっておくれ。

そうおもった誕生日の一日でした。